心と体

2009年10月30日 (金)

幽霊は足跡を残す

Sa3 「幽霊は足跡を残す」と言うと、ちょっと大げさであるが、どう考えても幽霊が足跡を残すはずがない。添付の写真に示しているように筆者が調査している長野県M村の林道で撮影した幽霊クリウが林道の林の中に消えていった場所(左の写真)をそっと覗いたところ、驚くなかれ!そこに水仙のひとかたまりが小さな花園を作っていた(右の写真)。
これまでいろいろ調べてきたが、奇跡の森の界隈には水仙が咲いている場所は他にどこにも無かった。水仙というものは球根から芽を出し花を咲かせるものであるので、自然にこの場所に咲いているのはあり得ないことである。
そして、このひとかたまりの水仙は間違いなく誰かの手で植えたものだろうと結論付けた。水仙の花が咲いている場所を奇跡の森から更に離れてM村全体で調べてみると、1Kmほど下流にある菩提寺の回りに桜の季節になるとたくさんの水仙が咲いている。この場所の水仙が一番近い。と、言うことは、奇跡の森の林道で幽霊クリウが姿を消した場所に咲いているのは、この菩提寺から持ってきて誰かが植えたのではないかと推測している。
要するに、筆者が幽霊クリウと遭遇した同じ場所でM村の誰かが幽霊クリウを目撃したので、この場所にわざわざ水仙を植えたのではないか?と推測できる。
この水仙の花はここのブログでも過去に「不思議な花園」として紹介したことがあるが、これは間違いなく幽霊クリウが同じ場所に現れた証である。
これこそが「幽霊の足跡」と間違いなく言えるものかも知れない。

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2009年10月24日 (土)

霊魂のぬくもり

A091024 今日のNHKのアーカイブスという番組で「ある夫婦のホスピス絵日記」というものを紹介していた。
この番組を見た感想としては、どちらかというと「死生学」というものが中心にあったと思った。近年、よく「こころの時代」という言葉がよく使われ出しているが、すべてが生命の「死」というものを受容しようという考え方が根底にあるような気がしている。
この日のNHKの番組では41歳の若さで亡くなられたご主人の最後を看取った奥さんの生き様が絵日記という形で忠実に紹介されていて大変感銘を受けた。
この番組のなかで、この奥さんがご主人が亡くなられた数日後に自宅で一人でいるときに不思議な体験があったことをお話されていた。
それは、亡くなったご主人のことを部屋の中で考えているとき、自分の顔の辺りを風もないのに生暖かい空気が通り過ぎていったのを、あれは今に思えばご主人の霊だったのではないかと付け加えられていたことが筆者の脳裏に強く残った。
この奥さんの体験は、筆者が調査している奇跡の森の林道の入り口でも時々体験することがある。不思議な現象である、確かに周囲に風もないのに生暖かい空気の塊が身体を通り過ぎていくことが何度かあった。心霊研究では五感で感じることも、よく調査することが必要だ。
霊魂には生物と同じような「ぬくもり」が間違いなくあるのではないだろうか。写真は10月24日に放映されたNHKのものである。

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2009年10月18日 (日)

古文字と心霊研究

Bonji003 「古代遺跡と霊」について筆者が制作したビデオをもとに映写と説明を先月実施したが、心霊研究を行ううえで先ず壁によくぶち当たるのが石塔や仏画などに刻まれている古文字ではないかと思う。
奇跡の森にある「百番供養塔」に刻まれている古文字は僅かな文字だったが解明に三年ほどかかった。これは石に刻んである文字が光の加減で見えたり見えなかったりするからだ。
南米の遺跡調査では研究者は夜に出かけていって懐中電灯で文字を照らし出して解読しているようである。これほど古文字を解読するのは難しく容易ではない。
先に紹介した佐久観音霊場にあった石碑の文字も同じであった。本当に古文字は何が書いてあるのか専門家でないから直ぐに閃いてこないから大変だ。
週末、近くの図書館へ出かけて「梵字」に関する書籍を読み漁ってきた。「梵字」というのはお墓の塔婆などによく描かれている不思議な文字というか絵模様のような文字だ。
最初、この石碑に書かれているのは七人の神々だろうと考えていたが添付の写真に説明している通り、オン・アロリキャ・ソワカ(聖観音真言)のことだとようやく判明した。
このように石塔や石仏、遺跡などに書かれている古文字が何を語っているのかが分れば、心霊研究にも大いに役立つものと考えている。民俗学や古代史、考古学の若干の知識も必要である。

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2009年10月11日 (日)

心霊研究のあり方

Bonji002 現代の心霊研究というものは交霊体験など霊魂そのものの研究が主体となっているようであるが、古の石塔や遺跡、古文書などから先人の行った霊魂供養の実体を調べ精査していくことも大事だと考えている。
今、筆者は長野県のM村とK村の霊魂調査を行っているが、やはり先人たちは当時、霊魂に対して何を考え、どう対応していたかを調べていくことも大切だと考えている。
そのひとつが庚申講である。この庚申講は巷で説明されているようにたんなる民俗信仰の行事だったとは少なくともこの二つの村からは感じ取れなかった。
要するにこのM村とK村の庚申講は少なくとも不吉な出来事が起こったころに行われ、目的は村の戒律(見ザル、言わザル、聞かザル)と霊魂供養が混在しているようである。
日本の民俗学研究で著名な折口信夫先生や柳田邦夫先生などの古代史研究などは現代の心霊研究には欠くことのできない貴重な財産であると筆者は考え併せて研究している。
 写真は長野県K村にある霊場に建立されている石塔であるが、現在の筆者にはとても難解な文字でまだ解読できていない。
この石塔に刻まれている文字は遠くインドの梵字(ぼんじ)らしいというところまで辿りついたが、これまでの調査で庚申講とのつながりも少し見え隠れしている。
このように、これからの心霊研究を進めるうえでは古代史や民俗学なども取り入れた研究が間違いなく必須条件で、これらの中から新しい発見が生まれるものと信じている。

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2009年9月 5日 (土)

「古代遺跡と霊」の映写会

奇跡の森の調査内容を取りまとめた「古代遺跡と霊」の映写が下記の通り実施される。
特に古墳や遺跡に興味ある方のご参加をお待ちしています。尚、会場は15名程度しか入場できませんのでご注意ください。

日 時:平成21年9月26日(土)PM13:00~15:00

場 所:ルノアールニュー秋葉原店
    http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/japanese/monthly/index.html

主 催:日本超心理学会
                                   以 上

Sisya001

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2009年8月13日 (木)

古墳と古代ロマン

Kofun013 先に古墳のミステリーという記事を書いたが、長野県M村で発見した前方後円墳について写真を添付して専門家に検証してもらった。
結果は思っていた通り写真だけでは判断が難しいということだった。そして、筆者が前方後円墳と判断した小規模の古墳は国内で発見されていないということである。
話は変わって奇跡の森から8Kmほどの下流域で発見されている7000~8000年前の縄文遺跡から出土した土器の一部に他に類を見ない土器があり、この土器には仮称R式土器という固有の名称がつけられている。
挿絵に筆者が調査中の前方後円墳の平面図をイラストにしてみたが、このような古墳は国内ではまだ発見されていない形式のものではないかと思う。縄文土器の特殊性や筆者が発見した前方後円墳から考察してみると、この長野県M村の住民のご先祖は一体全体何ものだろうか。恐らく渡来人ではないか。
今日はお盆の入りだ。このような古墳を調査していると長野県M村のご先祖様はその昔、古代高句麗から遠く海を渡ってこの日本に移り住んだ民族だったのではないかと、ちょっとした古代のロマンを思い浮かべている。
恐らく考古学者たちは遺跡や古墳を発掘しているときは、筆者と同じようにその時代の人類の姿や景色に古代のロマンを追い求めているに違いないだろう。

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2009年8月 6日 (木)

不愉快な懐疑論者

Small01 超常現象やUFOなどの懐疑論者で知られるW大学の物理学者であるO教授が自らの最近のブログで読者から送られてきた不思議な写真を見て、<カメラレンズの二重反射>だと仮説を出して答えている。
O教授は超常現象やUFOなどの民放テレビのバラエティ番組によく出演されているから、自らのブログも人気が高くて筆者も時々参考までに見ることがあるが、この不思議な写真を見て仮説を出すプロセスが物理学者とは思われないと感じている。
筆者も不思議な写真をよく分析しているが、一般的な大学の教授という人はたった一枚の写真から仮説を出す人間はほとんど稀だということである。
一般的な大学の教授であれば「たった一枚の写真からだと判断が難しい」と答えるのではないだろうか。
O教授がその不思議な写真に<カメラレンズの二重反射>と仮説的な結論を出しているが、さてさて誠にもって何を根拠にその仮説を導き出したのか物理学者としての真価が問われるのではないだろうか。
筆者であれば、先ずその不思議な写真が写った場所の写真をもう一度撮ってもらう、次にどうしてその場所の写真を撮ったのか理由を聞く、三番目にその写真が恐らくデジカメで撮ったものだろうから、その写真の画像情報を調べる。
この3点は最低でも調べてから仮説を出すだろう。添付の不思議な写真は筆者が森の中で偶然撮影したものであるが、これは犯人がくもの糸だった。要するにデジカメの近くのくもの糸がカメラのフラッシュに反応して光ったものだった。その写真の画像情報の中にフラッシュがONになっていたのが分ったので、同じ条件で写真を撮ったら再現したから間違いなかった。
よく心霊現象やら超常現象の懐疑論者がO教授のように自分の名声だけを背景にして世の中の不思議な現象を一蹴される人たちが見受けられるが、そのような懐疑論者はたんにバラエティ番組の役者という存在だけであって実に不愉快な存在にしかわれわれの目に写ってこない。

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2009年7月24日 (金)

古墳のミステリー

Otsuka002 筆者が名づけた長野県M村の「奇跡の森」で幽霊クリウと出会ってから、今年で七年の歳月が流れている。
そこで幽霊クリウが何故筆者の前に姿を現したのか調べ続けているが、とに角、このM村全体が歴史的な謎を多く秘めている。
特に古代である。隣村には7000年~8000年前の縄文遺跡が発見されているから、この辺りは多分日本人のルーツのひとつとなるご先祖が暮らしていたのは間違いない。
しかしながら、この場所は千曲川の上流にあって千曲川周辺ではたくさんの積石塚古墳が発見されているから、奇跡の森の古代の住民も同じ縄文人と呼ばれるような民族が暮らしていたのだろうと考えていたが、どうも千曲川界隈で発見されている積石塚古墳と格好がちょっと違っていることに最近気づいた。
写真に紹介しているように、「奇跡の森」に点在している古墳らしいものはインターネットで調べてみたら中国の集安市にある西大塚の前方後円墳に規模は小さいが姿かたちがよく似ていることが分った。
さてさて、困ったものだ。千曲川界隈の積石塚古墳はというと円墳と呼ばれるものが大勢であるように思う。しからば、長野県M村の「奇跡の森」に見られる古墳群から察するとM村のルーツは中国系の渡来人説が出てくることになる。
この「奇跡の森」の積石塚古墳らしいものは、まとめてみると山中に目立たないように作られていることだ。高さは大きいもので1m程度、一般的なものは大人のひざの高さぐらいしかない。春から秋までは緑に覆われて山中では殆ど山の斜面と見分けが出来なくなる。要するにM村の先祖は、この場所でひっそりと暮らしていただろうと考えることが出来る。
M村の関係者にときどき「奇跡の森」の古墳発掘予定について問い合わせることがあるが、なかなか前向きな返事が返ってこない。これも「奇跡の森」で起こる不思議な出来事の数々を懸念してのことだろうと考えている。霊魂の調査もこのようになかなか思うように進まないのが現状である。
(参照HP:古代への旅:積石塚をたずねて)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/tumiisituka.mht

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2009年7月18日 (土)

MJの幽霊を検証する

Mj001 最近、インターネット上でマイケル・ジャクソンの幽霊ではないかと話題になっている映像がある。
CNNの撮影したユーチューブの映像では人影のようなものが部屋の奥を横切っているように見える。
この映像を筆者なりに分析してみると、この映像はCNNの「やらせ」としか判断できない。
これまでの筆者の霊魂に関する調査では、彼らはある場所に出現するのにはそれなりの理由があってたんにふらついてなどはいないと言うことである。
よく無人カメラに幽霊が写ったと騒がれることがあるが、彼らは理由も無く無人カメラの前に姿を現すことは無い。
筆者も奇跡の森で幽霊クリウがこの林道を時々理由も無くふらついているのではないかと考えて五年ほどカメラを定点方式で設置して調査したが、クリウは姿を再び筆者の前に現すことは無かった。

要するに幽霊や霊魂のはっきりした定義が現在の世の中には無いために、人々はそれなりの不確かな判断で幽霊や霊魂たちを創造しているに過ぎない。
このユーチューブの映像を見て否定して言えるのは、「幽霊は影を残さない」ということである。
尚、幽霊の定義については筆者のHPでも細かく定義しているから参考にして頂きたい。
http://homepage2.nifty.com/deadoc/km4/reserch01.html

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2009年6月28日 (日)

「天地人」と真田一族

Kousin002 今週のNHK大河ドラマ「天地人」もなかなか見どころがあって面白かった。このドラマは今の新潟(越後)が舞台となったものであるが、ところどころに信濃の国が登場している。
このドラマのなかで南信濃の真田一族がよく出てくるが、この真田一族はこのドラマでも取り上げられるように、上杉との盟約を一方的に反故にして豊臣秀吉に寝返ったことが裏切り者として紹介されていた。
この真田一族の生き方は、当時、武田家の家臣として同じく活躍した相木一族と比べてみると同じ南信濃の当時の領主の生き様としてよく分るような気がする。相木一族は武田家滅亡後徳川家に滅ぼされたが、寝返り上手な真田一族は又、生き残った。
昔から長野県は「信濃の国」と呼ばれていたが、今の山梨県(甲州)と同様に周囲が他国である。しかも甲州と違って周囲は十州(上州、武州、甲州、駿州、遠州、三州、濃州、飛騨、越中、越後)に囲まれていたから大変である。真田一族の生き様は、歴史的に見れば当時の生き残り策として正しかったのかもしれない。
筆者が幽霊と遭遇した場所も同じ南信濃である。この地方では以前紹介したように「庚申講」が今でも色濃く残っている。
信濃の国(長野県)は周囲が十州という他国に囲まれていたからこそ、真田一族に見られるような七色変化や忍び衆と呼ばれる生き様が必要だったといえる。
写真は筆者が調査しているM村の民家の前にある庚申塔である。どうしてこのように民家の軒先にあるのかはよく分からないが、なにかいわくがあるのは確かである。庚申信仰、「見ザル、言わザル、聞かザル」こそ真田一族が一大戒律としたものなのかもしれない。

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2009年6月16日 (火)

古代遺跡と霊

Iseki001 筆者のこれまでの七年間に及ぶ長野県M村の調査内容を「古代遺跡と霊」というタイトルにしてドキュメンタリー映像にまとめている最中である。いろいろな人に霊魂の存在を説明するには映像化がなによりであると思う。
とくに隣村で見た縄文遺跡には大変驚かされた。なにしろ今を遡ること7000年~8000年前の遺跡である。昭和四十七年に地元の大学が調査してから初めて縄文時代の遺跡だと確認された遺跡である。そして、そこから十二体の人骨も出土していた。
その縄文遺跡の前には写真にあるように百番塔と庚申供養塔が建立されていた。これは、これまでに筆者がM村の奇跡の森で調べていた光景と同じである。どうして昔の人が7000年も8000年も前の遺跡がそこにあると分ったのだろうか。これは霊魂がそこに宿っているから昔の人々が何かを感じて石塔を建てたとしか説明ができない。
写真に紹介しているように筆者が写した写真の中に不思議なものが一枚あった。これが即、霊魂だとは決め付けられないが、その場所の写真を何枚か撮影しているのに一枚だけこのようなものが写ること自体がおかしい。
古代遺跡にはまちがいなく霊が宿っていると考えた方がよいのではないか。

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2009年6月 7日 (日)

幽霊とひとだまの謎を解く

Psi002 以前、ここのブログで「幽霊とひとだまの役割」という記事を書いたが、その後の考察から訂正が必要となった。
何故、世の中にひとだまと幽霊の二種類の霊魂が存在するのか、これまでに学術的な議論はされていないようである。霊魂の研究を行うものにとってはこの二つの霊魂の存在は死後存続の研究においては謎を解くのに大変重要である。
当初の筆者の考えでは「ひとだま」は屍の近くに出没し、「幽霊」は遠方まで移動し出没すると考えていたが、それではこれまでの目撃談や筆者の体験からも説明ができないものが多いのである。
確かに、筆者の前に現れた「幽霊」と「ひとだま」は同じ日、同じ時間に同時に姿を現していない。
従って、筆者の新しい考え方としては図に示すとおり、死後のわれわれの霊魂の姿が「ひとだま」であって、幽霊は、その霊魂が生前の姿を形に表わしているものだということが出来る。
要するに、以前紹介した「ヤノマミのことば」のように地上に生息するあらゆる生物は死後、その姿を霊魂に変えるということが出来る。あらゆる霊魂の形は「ひとだま」であって、われわれの前に生前の姿を伝えようとする時に、「幽霊」となって姿を見せるのである。
「幽霊とひとだまの役割」・・・これは南米アマゾンに暮らすヤノマミたちのことばの中からヒントを得られたものである。

「ヤノマミのことば」

ジャガー ワニ バク サル
天は精霊の家だ
人間も死ねば天に昇り精霊になる
地上の死は死ではない
魂は死なず精霊になる
精霊もやがて死ぬ
最後に男はハエやアリとなり地上に戻る
女は最後にノミやダニとなる
地上で生き 天で生き 虫となって消える
ナプ(お前たち)も知らねばならない
誰もが同じ定めを生きることを

  NHKスペシャル「ヤノマミ(人間)」から

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2009年5月14日 (木)

幽かな蜘蛛の花

Kumo001 長野県M村に入るには国道141号からだと二通りの入り方がある。ひとつはM村から千曲川に注ぎ込んでくる川に添った村道から入る方法と、もうひとつは千曲川から峠道を越える方法だ。
その峠道を超える道を進んでいくと、不思議なことにその峠道の両側に白い綿のような花が一面に咲いている(写真参照)。今頃綿の花が咲くわけはないし、不思議に思って近づいて確認してみると、それは綿ではなく小さな蜘蛛たちがたくさん巣を張っている光景だった。
本当に不思議だ。蜘蛛の花はこの峠道だけに集中して咲いていた。長野県M村を訪ねて初めて見た幽かな景色のひとつだった。本当に不思議な国へもぐりこんだような錯覚を覚えるひとときだった。

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2009年5月 5日 (火)

庚申信仰の謎

Kousin013 長野県M村を七年ほど訪ねて感じているのは不思議なほどの庚申塔の多さである。民家の軒先やらちょっとした峠で見かける。その庚申塔の側には必ずと言ってよいほど馬頭観音(馬頭尊)がある。隣のK村の庚申塔には<供養>という文字が刻まれている。
筆者の住んでいる町の近くにも、この庚申塔はいくつかあってお年寄りの多くは<庚申様>と愛着を込めて呼んでいるが、これらの<庚申信仰>とはちょっと趣きが違うようだ。
写真に掲載しているのは、このM村のちょっとした峠に建立されている<二十三夜塔>である。最初は何のための塔だろうと考えていたが、調べてみると結局これも<庚申信仰>のひとつだと分った。
この様に長野県M村にはちょっとした石塔に眼をやれば<庚申信仰>の影が見えてくるのである。長野県M村で見られる不思議な<庚申信仰>、ひとつひとつ調べていけば必ず過去にそこで起こった不思議な出来事が蘇ってくると感じている。
以下は東京庚申堂HPに掲載されている<庚申講>にかんする記事である。
【庚申講は平安時代に中国から伝わり、江戸時代に各地で隆盛を極めた民俗信仰で、庚申待ち、守庚申とも言う。一晩中起きていて何をするのかは、特に決まっておらず、各地の伝統に従って行われていたようだ。ただ、今でも全国いたるところに「庚申塔」、「庚申塚」と呼ばれる石塔や社(やしろ)が残っており、かつての人々がこの周辺に集って飲み食いし、語り明かしたのだろうと推察される。】(東京庚申堂HPより)

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2009年4月29日 (水)

「天領の地」川上村を訪ねて

Iseki002 長野県M村の和尚さんから同じ南信濃にある大深山(おおみやま)遺跡を訪ねてみたらどうかと提案があったので、先日の調査の帰り道川上村にある大深山遺跡を訪ねてみることにした。
川上村というところは、その昔から「天領の地」と呼ばれていた村であるので、ちょっとは気になっていた村である。佐久の方から国道141号線を車で野辺山方面へ走っていくと、やがて川上村の案内が見えてくる。
しかしながら、この川上村は地形が複雑な海岸線のように入り組んでいて、なかなか目的地にたどり着けない。筆者はどちらかといえば方向音痴だから西東の検討が全くつかないから大変だ。国道141号線には「川上村」の案内板が出ているが、ちょっと村道に入り込んでいくと案内板の数がめっきりと減ってくるから心細くなってくる。
そうこうしているうちに、やっと川上村役場方面という案内板が見えてきたので一安心した。村の中心は千曲川添いにあるので野辺山辺りから入ってくると、一気に200~300mほど下るような感じである。
川上村に入って、暫く走っていると目的地の「大深山遺跡」という案内板が見えてくる。遺跡の名前の通り、そこには大深山(標高1466m)という山があり麓は大深山地域と呼ばれている。村道からゴルフ場入り口と同じ場所なので迷うことはなかった。車をそこから走らせて5分程度で遺跡にたどり着く。
遺跡には縄文時代の竪穴式住居が二棟再現されていて入場制限の柵も余りないので親しみやすい遺跡である。(写真参照)
この遺跡は昭和28年頃に発見され村の観光協会で発掘を担当したと記されている。この遺跡は東京大学、アメリカのスミソニアン博物館などが調査に訪れているらしいから考古学的には貴重な遺跡なのだと思う。
この地に今から遡ること1156年、京の都で「保元の乱」という天皇家の争いがあって、その時、この地に重仁親王という方が都落ちしてひっそりと暮らしていたという伝説が今も語り継がれている。「大深山遺跡」が発見されたのがきっかけかどうか分らないが、この遺跡に皇族が過去に訪れているのは確かである。
「天領の地」川上村、万葉の歌が響いてくるような美しい山々、天皇家と深い縁のある村なのである。

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2009年4月26日 (日)

霊魂調査の点と線

Aikimap002 これまで人類は長い間霊魂の存在論争を続けているが、霊魂が存在するという科学的な物証は筆者が調査している長野県のM村に間違いなくある。
これまでに筆者が調査した場所はひとつひとつから判断すると点であって総合的な判断が難しい。しかしながら、これらの調査場所を線で結んでいくと間違いなく霊魂というものの存在を確信するに至る。
先のブログで紹介したM村の隣のK村の縄文遺跡からは12体の人骨が発掘されているのである。この遺跡は発掘された品々からK村の教育委員会の説明によれば少なくとも江戸時代まで祭事に使われていたと説明されていた。
奇跡の森の百番供養塔、K村の縄文遺跡の前に建立されている百番塔、この二つを結び合わせるのは霊魂が存在するという唯一つの物証なのである。
挿絵は現在調査中の長野県M村とK村サイトマップである。詳細は下記にて紹介している。
(調査記録のHP)
http://homepage2.nifty.com/deadoc/km3/taikendan01.html

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2009年4月24日 (金)

大型古墳?の発見か

Kofun015 長野県M村にある奇跡の森を調べ始めて、もう7年の歳月が流れている。このM村というところは過去の歴史を調べれば調べるほど不思議な出来事が見え隠れする村である。
となり村のK村とは昔はひとつの村であったのだが、戦国時代に二つに分立して現在に至っている。
となりのK村では遺跡発掘には博物館まで建てて村あげて発掘の支援をしているのに、このM村では発掘のはの字も聞かない。
先日、M村のお寺を訪ねてご住職と話をしてきたのだけれども、ここのご住職もまた遺跡の発掘には消極的だと感じられた。どうしてか今でも不思議だ。
確かに遺跡発掘というのは金もかかるし土地の所有権の問題もあるから面倒といえば面倒かもしれない。
筆者は遺跡や古墳には本当にド素人なのであるが、M村の奇跡の森で霊体験という不思議な体験をした張本人なのだから、こつこつとこれからも超心理学という目線で調べていこうと思っている。
写真に掲載しているのは、奇跡の森にある大型古墳と思われるものである。高さはだいたい5~6mはあり周囲は20m~30mある。
こうしてみると、ここの古墳は長野県松代にある「大室古墳群」に様相が大変似ていると思う。その「大室古墳群」にも「将軍塚」という大きな古墳があって周囲に大小さまざまな古墳が山中に点在している。
今回の調査では奇跡の森界隈には間違いなく古代の人間たちが暮らしていた住居跡があったとの情報を得たので、奇跡の森は縄文か弥生時代の古墳群に間違いないと思っている。

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2009年4月21日 (火)

遺跡の持つ不思議な力

Iseki001 筆者が名づけた長野県M村にある「奇跡の森」から4~5Kmほど離れた下流のK村でS大学が遺跡の調査を実施している場所がある。そのS大学の教授と何度かメールのやり取りをやっていたので、先日現地調査の折、その場所に出向いてきた。
あいにくS大学の調査は今年はまだ始まっていなかったのだが、その遺跡は縄文時代のもので現在、国の史跡に登録されている。
K村の遺跡は、村に入ってから4~500mくらい進んだ村道のすぐ脇にあった。ちょっとした岩山にある洞穴のような場所で昭和になって縄文時代の遺跡として発見されたと案内板に記されていた。
その遺跡を訪ねたとき、どう表現すればよいのか分らないがある種の衝撃が走った感じであった。それは調度昔のアメリカ映画「猿の惑星」の衝撃的なラストシーンに似ていた。
その映画では主人公がある時地球を飛び立って、たどり着いた惑星で猿の文明圏に出会いそこで生活をしていたのであるが、その映画のラストシーンで主人公が目の当たりにしたのは朽ち果てた自由の女神の上半身が傾いた姿で地上に露出していたという衝撃的なシーンであった。要するにその主人公は地球から遠く離れた惑星にたどり着いたと思っていたのであるが、その惑星は「未来の地球」だったのである。
筆者がこの話を持ち出したのは、やはりこの「猿の惑星」のラストシーンが今も脳裏に焼きついているからに違いない。
K村の遺跡に行ってみて先ず驚かされたのは、その遺跡の前に「百番塔」と「庚申塔」があったことである。そして、ここにある「百番塔」は建立されたのは「寛政二年」と刻まれていたのである。
前にも述べたとおりK村のここの遺跡は昭和に入ってから発見されたものであって、寛政の時代には当時の村民はここに縄文時代の遺跡があるとは想像もしていなかったのではないかと思う。その遺跡の前に「百番塔」と「庚申塔」が建立されているのだから大変驚かされた。
「奇跡の森」にある「百番供養塔」とK村の縄文時代の遺跡の前に建立されている「百番塔」、これはたんなる偶然の出来事ではなく、なにか遺跡には不思議な力のようなものがあるのではないか。筆者が先ず驚かされた衝撃的な偶然の光景であった。
写真はK村の縄文時代の遺跡の前に建立されている「百番塔」と「庚申塔」である。古い遺跡にはなにか不思議な力があるのは間違いない。

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2009年4月14日 (火)

ヤノマミの話す精霊たち

Kofun012 先日、4月12日(日)にNHKのスペシャル番組でアマゾン奥地に住む部族が紹介され大変感銘を受けた。
彼らは自分たちを「ヤノマミ」と呼んでいた。すなわちヤノマミとは彼らの言葉で人間という意味を持っているのだという。
NHKの説明によれば彼らは一万年もの間、今と変わらない姿で狩猟生活を続けている。
しかしながら、我々人類はこの1万年という気の遠くなる時間を費やして、ようやく現在の文明を築いてきたのであるが、では、どうしてヤノマミたちは1万年もの間、進化してこなかったのだろうと素朴な疑問が生まれてくる。
話は変わって、筆者が調査している「軌跡の森」の話に戻してみよう。ここは、云わば今から5千年から1万年前の縄文時代と呼ばれた頃の古墳群が存在する場所だと考えている。
2002年にそこに、ひょっこりと筆者が迷い込んで、そこにいる霊に取り憑かれてしまった。彼らは間違いなく迷い込んだ人間に取り憑いてきた。これは真実の話である。
写真は奇跡の森のすぐそばで発見された遺跡に建てられた製材所である。その裏山にたくさんの積石塚古墳があり、今もそこに縄文時代の精霊たちが眠っているのである。
ヤノマミのシャーマンが話していた言葉、「人間も死ねば天に昇り精霊になる」何となくその意味が分るような気がしてくる。

ヤノマミのシャーマンのことば

ジャガー ワニ バク サル
天は精霊の家だ
人間も死ねば天に昇り精霊になる
地上の死は死ではない
魂は死なず精霊になる
精霊もやがて死ぬ
最後に男はハエやアリとなり地上に戻る
女は最後にノミやダニとなる
地上で生き 天で生き 虫となって消える
ナプ(お前たち)も知らねばならない
誰もが同じ定めを生きることを

  NHKスペシャル「ヤノマミ(人間)」から

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2009年4月 5日 (日)

「あばら家の石」と幽霊騒動

Abaraya01 「あばらやの石」、以前ここのブログで大理石が「あばらやの石」とよばれる所以を紹介したのであるが、確かに奇跡の森に眠っている大理石はM村が太鼓判を押しているように質のいい大理石のようである。
写真に紹介しているのは平成元年にM村で行われた大理石祭りで、奇跡の森から切り出した大理石を使って加工されたモニュメントである。今回の調査でこのモニュメントを見てきたが確かに質のいい大理石だと感じられた。
こんなに質のいい大理石が奇跡の森に眠っているにも関わらず、その後、鉱山は見る影もなくすべて片付けられてしまっている。地元の人は余りここの大理石のことを筆者には話してくれないが、平成元年に「幽霊騒動」が奇跡の森で起こったことは間違いない事実である。

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2009年3月29日 (日)

二つの百番供養塔

Hyakuban0903 筆者が名づけた奇跡の森は長野県M村のK地区という場所にあるが、地区という呼び方は最近の呼び方で、昔は<部落>という呼び方が一般的だった。これは日本各地の村や町の成り立ちを調べてみればすぐに分るだろう。
M村にあるこのK部落の先祖は、これまでの筆者の調査から群馬県にあるようだ。何故ならK部落の名前の由来となる地区と神社が群馬県にあるからだ。
従ってこのK部落はM村の中でもちょっと変わった存在だと思う。先日の調査でこのK部落に入るところに百番供養塔が建立されているのが分った。この百番供養塔は奇跡の森のものと比べるとやや小さいが享和三年(1803年)に建立したと刻んであった。
奇跡の森に建立されている百番供養塔は嘉永元年(1848年)だから、それより45年も前に建立されていたことになる。
そしてK部落の入り口に建立されている百番供養塔の建立時期の背景をインターネットで調べてみると享和という年号は辛酉(しんゆう)革命に当たるため改元されたと説明されている。この前の年号は<寛政>であり、その最期の年<寛政13年>は干支では<庚申>であった。
従ってM村もさながらK部落の二つの百番供養塔に共通して見えてくるのが干支の<申(さる)>となってくる。K部落の入り口にある百番供養塔、奇跡の森にある百番供養塔、この二つの百番供養塔は何か不思議な因縁があるのではないかと筆者は感じている。
写真に掲載しているのはK部落の入り口に建立されている百番供養塔である。

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2009年3月25日 (水)

怨霊の滝の調査

Orb0904 先日、今年初めて長野県M村にある奇跡の森の調査に出向いてきた。しかしながら天気予報は大荒れの予報だったので、日程をずらそうとは思ったが強行軍で出かけてきた。
M村に着いたのは午前6時くらいであった。気温は4℃くらい、暖冬の影響のせいか辺りには雪もなく去年の3月に比べてみれば暖かいと感じた。
案の定、現地は強風と小雨交じりだったので調査予定を少し変えてM村の心霊スポットを訪ねてきた。この心霊スポットは先のブログでも紹介したが、その昔、嫁いできた嫁を姑がいびって、挙句の果てに近くの滝に嫁を突き落としたといういわくつきの場所である。
その滝はM村の村道からすぐ30~40m下った渓流のところにある。前回訪ねたときはちょっと怖さもあって滝に突き落とされた女性を供養して建立された神社に参拝してきたのであるが、今回はちょっと勇気を奮い立たせてその滝つぼまで、いわば心霊スポットの探検である。
まず、その滝までの道のりは大変である。何しろ村道からいっきに30~40mくらい手すりのついた下り坂を下っていかねばならない。お年寄りや女性、子供ではとてもとても歩いては行けそうもないところである。滝つぼが見えるところまで降りていくと、そこから滝つぼを正面から眺められるよう洞窟が掘ってある。
この洞窟も薄暗くて一人じゃとても怖くて入れそうにもない。本当に何か化け物でも出そうで背筋がぞくっとしてくる。そんな中、その滝つぼを写真に撮ってみると案の定、複数のオーブが写っていた。
オーブと霊魂を故意に結びつける気はもうとうないが、オーブが霊魂の仕業なのかどうか調査中なのは事実だ。
女性が突き落とされた滝つぼに浮びでるオーブたち、ここはその名の通り突き落とされた女性の怨霊が棲む滝つぼなのである。掲載の写真はその滝つぼで現れたオーブたちである。
みなさんはオーブが霊魂の仕業だと思いになりますか?

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2009年3月20日 (金)

霊魂とオーブ

Orb0903 最近、近くの水汲み場に出かけて定点撮影というやり方で写真撮影を続けているが、不思議なほどにオーブが写らなくなった。2~3年前まではその場所に行けば必ずと言ってよいほどオーブが写っていたのであるが、本当に不思議なほどにオーブ自体が写らなくなってきた。
先日、ある超心理学の会合でやはりオーブがよく写りこむという女性の方の相談に乗ってきたのであるが、彼女も最近不思議な出来事が身の回りで起こっているのだという。筆者のこれまでの調査ではオーブの犯人は小さな羽根の生えた昆虫たちがカメラのレンズの前を飛び去っていくときに、シャッターの音やフラッシュの光に驚いて放尿していく結果、カメラのレンズにアンモニアの水滴が付着してすぐに蒸発する現象なのだと突き止めたのであるが、最近、不思議に思っているのは筆者が写した写真に全くオーブが写りこんでこないということである。
掲載の写真にあるように、この場所では筆者が名づけたオーブ(ジョナサン)が以前は毎回のように写っていたのに今では全く写真に写らなくなったという事実である。
まだ科学的な裏づけは取れていないが、もし筆者の説が正しかったとしたら、霊魂というものは昆虫や植物などの生き物たちの神経を操作できるのではないかという仮説である。
そのような仮説をたてないと目の前で起こるポルターガイストなどの不思議な現象をうまく説明できない。

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2009年2月26日 (木)

映画評「おくりびと」

Okuri01 今年は日本映画「おくりびと」がアメリカのアカデミー賞外国語映画賞というすばらしい賞を受賞して大きな話題となっている。その他にも天童荒太さんの小説「悼む人」がベストセラーとなるなど、要するにこれまで日本人がタブーとしてきた人間の死を真正面から見つめるような小説やら映画が何故か脚光を浴びているように感じている。
先のブログで紹介したNHKのテレビドラマ「ガラス色の恋人」もしかり、これらはいろいろな大学やら生命の研究部門などで取り上げられている「死生学」というものが時代の流れに乗ってスポットライトを浴びてきている証なのではないだろうか。
筆者も何度か「おくりびと」で取り上げられている「納棺師(夫)」の方が死者に旅装束を身に着けるところに立ち会ったことがあるが、その手際のよさには何度も感心させられている。
そもそも最近では死者が出た家の遺族たちは、死者にどのような旅装束を着せればいいかなど分っている人はほとんどいないので「納棺師(夫)」の方のやり方を見習いながら旅装束を着せていくのである。
NHKのテレビドラマ「ガラス色の恋人」、日本映画「おくりびと」、小説「悼む人」などを見ていると死というものを現実的に永遠の別れとして受け入れようとする考え方が現実的にあるのではないかと感じるが、これからは「死から再生へ」という考え方をもった「死生学」の考えが必要なのではないかと思っている。
それは実際にポルターガイストと呼ばれる不思議な霊の引き起こす摩訶不思議な世界に遭遇してみれば霊魂の存在が理解できるようになり、「死から再生へ」ということが自ずと理解できるようになると思う。
それから筆者はいろいろな人に霊体験を説明するときにロルカの書いた詩をよく引き合いに出す。彼の詩こそ「死から再生へ」という筆者の考えにマッチしたものはないと思うのである。写真は「おくりびと」のHPから。

あらゆる国で死は終わりを意味します
死が訪れるとカーテンは閉ざされる
スペインは違います
スペインではカーテンが開かれるのです

       フェデリコ・ガルシーア・ロルカ
         (訳 つづみ 直)

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2009年2月22日 (日)

ドラマ評「ガラス色の恋人」

Garasu01 先日、2月21日(土)のNHKで「ガラス色の恋人」というドラマが放映された。霊魂の調査を行っている筆者にとってはなかなか良いドラマだったと感じている。
このドラマは臓器提供を題材にしたもので、人間の臓器を提供され病状が回復した若者が偶然にもその臓器提供を行って亡くなった人間の恋人の前に姿を現すというもので、その若者は臓器を提供した人間の人格を持っているというストーリだった。
臓器提供によって臓器を移植された人間に臓器を提供した人間の人格が乗り移るというケースは世界各地で実例が報告されている。超心理学の世界でも、この人格が乗り移るという不思議な現象を研究されている研究者がいるのも事実である。
「ガラス色の恋人」というドラマは単なるフィックションかもしれないが、臓器提供によって人格が乗り移るというものがドラマ化されたことには「臓器提供」という世界では倫理上の問題として大きな意義があると思う。やはり肉体には魂というものが間違いなく介在しているからこそ、このような不思議な事例が世界各地でも報告されているのではないかと思う。写真はNHKドラマ「ガラス色の恋人」で紹介されている主演の吹石一恵さんである。

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2009年2月21日 (土)

書評「生命とは何か」

Ss500 最近、近くの書店でエルヴィン・シュレーディンガーの「生命とは何か」という本が眼に留まったので買い求めて読んでいるが、ちょっと筆者には難しい本だ。
そして、シュレディンガーという人が物理というか科学の世界ではノーベル賞受賞の科学者として有名であるということも恥ずかしながら最近知ったのである。
この本が筆者の眼に留まったのは物理学者が「生命」という世界に科学のメスを入れられているらしいと分ったからであったのだが、何しろ「物理」にとんと縁のない筆者には、この本に書かれている内容はすこぶる難しい。
しかしながら死後存続の研究調査を行っている人間にとっても、この本の中にとても現代の人類に対して何かすばらしいことが述べられているらしいことが少しだけ理解はできる。
「霊魂は間違いなく存在する」、この本に出会って筆者としても一段と自分の調査研究が間違ったものでないものと確信が増している。この摩訶不思議な世界のことを世の中の人たちに理解してもらうには現代人の生と死に対する考え方を抜本的に変えていかなければならないと思う。そう云う科学者の登場が必要だとシュレーディンガーも力説しているように思えるのである。
彼のこの本のまえがきに記されている文章から確かにそう判断できるのである。

「しかし、過ぐる100年余の間に、学問の多種多様の分岐は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、我々は奇妙な矛盾に直面するに至りました。~(中略)この矛盾を切り抜けるには、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手をつけるより道がないと思います。たとえその事実や理論の若干については、又聞きで不完全にしか知らなくとも、また物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです」

どこかの大学の物理の先生方は「唯物論」などを引き合いにして霊魂の存在論を一蹴される人もいらっしゃるが、それではいつまでたっても科学は健全に発展しないと考える。
物理学者シュレーディンガーが今から65年も前に唱えた「総合的な研究」ができる人材の育成こそ、これからの時代には必要なのである。

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2009年2月15日 (日)

「天地人」とM村の不思議な関係

Bodai01 今年のNHKの大河ドラマ「天地人」も高視聴率のようでなかなか面白い。
さて、筆者が霊魂の調査をしているM村は信濃の山奥でありながら昔から上杉謙信とのつながりは特に深い。M村で調査を始めた頃は、そんなに感じてはいなかったが調査が進むにつれ強く感じるようになった。
そのM村がどうして上杉謙信と深いつながりがあるかというと、M村を訪ねてお年寄りに隣のN村のことを質問してみればすぐに分る。
M村は、すでにここのブログでも説明したが、隣村のN村とその昔は同じ村だったのである。しかし、今から460年ほど前の戦国時代にM村とN村に分かれてしまった。その分裂した理由は今の筆者にはよく分からない。M村を訪ねて隣村のN村のことを聞くと、おおよそのお年よりはN村のことを「関東の人間」という呼び方をしている。
その「関東の人間」という呼び方を紐解いていくと、そこに戦国時代の上杉謙信の「関東管領」という役が浮んでくるのである。
その昔、どうしてひとつの村がM村とN村に分断してしまったのか、はっきりとしたところにたどり着いていないが、要するにN村は今の新潟や群馬から移り住んできた人々が祖先なのではないかと考えている。
戦国時代に村がふたつに分断した後、当時の城主がいかにふたつの村を苦労してうまく統治していたのかが現在のふたつの村を調べてみるとよく分かる。
それは写真にあるように、M村には当時の城主が建立した亡き父の菩提寺があり、そして片方のN村には本拠となる城を築城したのである。この城は今は面影は残っていないが、「城山」という山が今でもN村に存在している。
「天地人」の舞台、新潟。M村とN村には戦国時代の甲州と上州、越後の歴史的な因縁の影が色濃く残っている場所なのである。ひとつの村がどうしてふたつに分裂したのかも、現在の調査の大きな難問なのである。

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2009年2月 3日 (火)

浅間山噴火と共時性

Chikuma01 昨日の夕方、近くのガソリンスタンドに給油に立ち寄ったとき洗車待ちの車が並んでいたのでなんだろうと不思議に思ったが、それは浅間山の噴火によって火山灰が関東地方に降り注いでいたから、そのための洗車待ちだったのであった。
火山の噴火とは大したものである。四百キロも五百キロも周囲に灰を振りまくのだから自然のなす力に圧倒される。
考えてみれば、今年の元旦のブログで浅間山の噴火にかんする寒念仏鉦叩像の記事を書いたのであるが、これも偶然の出来事なのだろうか、暫くして浅間山が偶然にも噴火したのだから驚かされる。超心理学の世界では、これはシンクロニシティ(共時性)と呼ばれる出来事なのではないかと一人勝手に考えている。
話は変わるが筆者が調べているM村の近くに小海町という小さな町がある。この町の名前も、どうしてこのような山奥の場所に<海>と名のつく場所があるのだろうと不思議に思ったことがあったが、その後の調査でその昔、この場所に大きな湖があったのが町の名前の起源だということが分った。
小海町のHPによると、その大きな湖は仁和3年(西暦887年)に八ヶ岳(天狗岳)の水蒸気爆発によって千曲川上流が堰き止められてできたものだと紹介されている。
このように南信濃という地帯は昔から大きな火山の被害にあっていたのがよく分かる。昨年暮れ、たまたまM村を訪ねて寒念仏鉦叩像に出会って寛政という時代に浅間山が大噴火し、その時代が大飢饉に見舞われたのを知った。何となく現代の世の中の姿を映し出しているような気がしてくる。
写真は今の千曲川上流の風景である。その昔、この辺りは大きな湖が広がっていたので地名に海の口や小海の名前が残っているのである。

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2009年1月31日 (土)

天領の地

Tenryou01 現在、長野県M村の筆者が「奇跡の森」と名づけた界隈を歴史的な事件や事故をもとにスポット的に調べているが、ちょっと視野を広げて近隣の村々の出来事も併せて調べている。
このM村は長野県でも南信濃と呼ばれる地帯に属しており、この地は昔から天皇家とのつながりがあって、その昔から「天領」と呼ばれていたところなのである。
これまで30回ほど奇跡の森を訪ねて霊魂に関する調査を続けているが、このような山奥の地が何故「天領」と呼ばれていたのかが不思議でならない。藤森栄一さんの「古道」を読んでみてもこの辺りは現在は高原野菜などで生計を立てているが、昔からとても貧しいところで田畑には向かず、きこりや狩猟で生業をたてていたものが多かったそうである。
今でもこの場所が何故「天領」と呼ばれていたのか不思議であるが、その昔、天皇家の一族は京の都が本拠地だったのだから京から信濃の山奥までどうやってこの地にたどり着いたのだろうかと考え巡らす。
写真はその昔「天領」と呼ばれていた場所の山並みである。そういわれてみると周囲の山々が天を指しているように先がとがって見えてくる。

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2009年1月18日 (日)

怨霊のこと

Suwa001 怨霊(おんりょう)という言葉を聴くと一般の人は余りいいイメージを持つ人はいないが、筆者が調査している長野県M村では確かに「怨霊」たる痕跡が村のところどころで見受けられる。
先に紹介した「七人塚」もそうである。その昔、間違いなく供養塔が置かれている場所で悲惨な事件や事故があったのは確実である。村人は忌まわしい事件や事故が起こった場所に祟りを恐れて供養塔を建立したのである。
そのM村には、その昔、一人の女性が嫁いできて姑からきつい仕打ちを受けて、挙句の果て近くの滝から突き落とされて死に絶えたという伝説の滝がある。現在、その滝の傍には小さな神社が建立されているが表向きは一般的な神社として崇められている。
しかしながら、やはり一人の女性が怨念によって滝つぼに突き落とされた場所の近くに神社が祀られているのだから、それは誰も口にしないが滝つぼに突き落とされた女性の怨霊を供養するための神社であるということができる。
人間というものは恨みを抱いて死んだら、その後に「怨霊」がさまよい歩くものなのではないか、M村にある女性がその昔滝つぼに突き落とされた怨念の地を訪ねてみると、そのような実感が湧いてくる。
はてなキーワードでも「怨霊」について次のように述べられている。
【怨霊】生前に何らかの理由で、極度の恨みを他者に抱いた状態で死んだ人の怨念が、実体を伴って現世に出現した状態を指す。古来から「たたる」として恐れられている存在であり、それを鎮めるために神社が作られ対象が祀られた例は数多くある。
写真はM村に建立されている神社である。この神社のすぐ近くには突き落とされた女性の名前のついた滝つぼがある。まさに現実に起こった怨霊の世界のできごとなのである。

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2009年1月 9日 (金)

八人の手を持つ七人塚

7nintuka M村の百番供養塔はG寺の山号となっている標高1600mほどのT山のふもとにある。M村の昔話を調べても、この百番供養塔にまつわる不思議な怪談、奇談は何も残ってない。
しかしながら百番供養塔がある山あいのちょうど反対側に「七人塚」が建立されており、近くでよそ者を殺害したという昔話が残っている。この「七人塚」のいわれは、その昔、M村を訪ねた七人の行者が宿泊した宿のもてなしが悪いといって部屋をめちゃめちゃにして引き上げたのに腹を立てた宿の主人が、この行者たちを追いかけて殺したもので、祟りを恐れた村人がその供養のために建立したものと村の昔話で伝えられている。
この「七人塚」というものはインターネットで調べてみれば分るように、全国的にはその昔、平家の落人たちが逃れた山あいの地でそこの村人たちによって惨殺されたりして悲惨な最期を遂げた場所に供養のために「七人塚」が建立されているケースが多い。そして「七人塚」に刻まれている七人は塚のいわれから「複数名の御霊」と判断したほうがよい。
M村の「七人塚」には建立した年代は刻まれていなかったが、恐らく「七人塚」が全国的に広まった平安、鎌倉~戦国時代のものであるということができると思う。そして、M村で殺されたのは行者ではなくどこかの落ち武者たちだったに違いない。ましてや修行を行っているものが伝説のような悪さをするはずがない。殺された人数も七人塚のいわれを考えると葬られている御霊は複数名だと考えてもよいだろう。
とに角、筆者が不思議な体験をしたM村のT山のちょうど反対側に「七人塚」が建立されているのは事実である。現在、奇跡の森との因果関係があるかどうかを調べているところである。写真はその「七人塚」であるが、その仏像には手が八つある。恐らく七つは殺された落ち武者の御霊、残るひとつがお釈迦様ではないかと思うのである。

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2009年1月 5日 (月)

謎深まる百番供養塔

Hyakuban012 それではM村の石碑の謎について、次は奇跡の森に建立されている「百番供養塔」である。この供養塔はここのブログで何度か紹介しているが、一般的に知れ渡っている「百番供養塔」ではなく実在する御霊を供養するためのものと思われる。
この供養塔はNHK大河ドラマ「篤姫」の時代、すなわち嘉永元年(1848年)に建立されている。これは、この供養塔に刻まれている(嘉永元年申年:かえいがんねんさるどし)から判明したものである。
要するにわざわざそこに(申年)と刻んであることが謎だと思うのである。なぜ、わざわざ(申年)と刻んだのだろうか。一般的には(○年○月吉日)と刻むはずだと考える。それで、先に述べた「庚申塔」がすぐ脳裏に浮んでくる。これは百番供養塔を建立した年が申年だったので年号の下に刻まれたものだと思うのであるが、これは偶然ではなく庚申塔のように「申:見ザル、言わザル、聞かザル」という村の戒律が背景にあるのではないかと思うのである。
まだ奇跡の森で過去に起こった災いのような事件、事故に関する確固たる証拠はつかめていないが、何かこの場所で過去に忌まわしい事件や事故が起こったのは間違いないと思っている。
これまでの調査で分っているのは、少なくとも平成元年(1989年)のころの村人たちには奇跡の森で不可解な災いが起こるということが分っていなかったのである。そのために奇跡の森に広がっている大理石を平成元年のころ切り出そうとして何人かの村人が筆者と同じように不思議な体験をしているようなのである。そのころ造られた砕石場は現在、加工場なども含めてものの見事に跡形もなく片付けられ、そこにはきれいに補修された百番供養塔だけが静かに残ってているだけである。
その痕跡は百番供養塔の後ろに無残に残されている切り出そうとした大理石や、吊り上げに使ったワイヤーロープなどが放置されているあわただしさから見て分る。村の役人やら教育委員会の方々に詳細を聞こうとしても含みのあることは聞こえてくるが、誰も真実のことはしゃべってはくれない。
写真は奇跡の森に建立されている最近撮影した冬景色の「百番供養塔」である。やはり刻まれている(申年)は「よそ者に絶対他言無用!」と村の戒律を投げかけているのかもしれない。

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2009年1月 3日 (土)

村の厳しい戒律【庚申塔】

Kousintou01 長野県のM村にある筆者が名づけた「奇跡の森」を調べ始めて、もう6年の歳月が流れていった。
このM村というところは実に歴史上の出来事を調べていけばいくほど奥が深く、その昔の「ムラ(村)」とはどういうものだったのかということを、そこにある石塔などが現代の我々によく語りかけてくれる場所ではないかと思う。
先に述べた【寒念仏鉦叩像】もしかりである。その当時、村は大飢饉に見舞われ、その苦境を村民が一丸となって乗り越えるために地元の僧侶が寒念仏という荒行をやりこなして建立されたものだった。
まさに時代の苦境に対して村民が一丸となったことを【寒念仏鉦叩像】は今の我々に語りかけているのである。
そのM村であるが、村の入り口に【おさる庚申塔】というものが建立されている。ウィキペディアによれば【庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。
庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習である】と説明されている。
これまでにいろいろとM村の歴史上の出来事を調べているが、この庚申塔は奇跡の森の百番供養塔と同様に何か深いいわくがある塔なのではないかと考えている。何しろM村は過去に悲惨な事件や事故、天災に何度か見舞われている。
中でも戦国時代に時のM村の武将たちは遠征した場所で篭城した村人を皆殺しにした事実がある。このような歴史上の悲惨な事実を見つめていると庚申塔に刻まれている三匹の猿(見ザル、言わザル、聞かザル)が村の厳しい戒律を物語っているように思う。
確かに筆者もM村に出かけては奇跡の森にまつわる話や過去に起こった歴史上のことを村民から聞き出そうとしているが、なかなか村人の口は堅く詳しいことは話してくれない。
M村の入り口にある庚申塔・・・これこそが「村民よ、よそ者に堅く口を閉ざせ!」という村の厳しい戒律たる存在なのではないかと考えている。写真はその庚申塔である。誠にもってM村の庚申塔はただの記念塔とは思われない。

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2009年1月 1日 (木)

寒念仏鉦叩像に学ぶ

Tatakizou01 謹賀新年。今年も不思議な世界の謎解きに挑戦していきますので、来訪された皆様、宜しくお願いします。
さて、昨年は米国発のサブプライム問題が日本というか世界各地に広がって大変な年になりました。今年はそう簡単には景気は回復しそうにありませんが、先人の知恵というものをこのような苦境のときこそ我々は学ぶ必要があるように思います。
昨年の暮れ、筆者がM村を訪問したときに【寒念仏鉦叩像(かんねんぶつかねたたきぞう)】というものが村の入り口付近で目に留まった。
「寒念仏(かんねんぶつ)」というのは、ある文献によると【小寒から節分までの30日間、鉦を叩き念仏を唱えて回るもので、一年で一番寒い時期に行われる苦行の一種です】このような説明がなされている。
インターネットで調べてみると、この寒念仏像というものは大体が鬼の格好をしているものが多いようだ。しかしながらM村の寒念仏像は鬼ではなく純粋な僧の姿である。建立した時期が横の石塔に寛政10年10月と刻まれていた。歴史を紐解いていくと、この時期に大飢饉などがあって寛政の改革というのが断行されている。
その寛政の改革の時期にM村からそう遠くはない浅間山の大噴火があって、その影響による大飢饉が関東、東北地方で記録されているのである。その時期にM村の僧侶が寒念仏の荒修行をやって、M村はこの苦境を乗り切ったのである。そして、その記念に村の入り口に寒念仏像を建立したものであった。
今年もまだ平成大不況の嵐は収まろうとはしないが先人の知恵に習って、今の政府は大改革を断行し地方自治体や個人は自分たちでできる不況対策を講じるべきではないだろうか。写真はM村にある寒念仏鉦叩像である。まことにもって先人の知恵はすばらしいと思う。

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2008年12月31日 (水)

08年ローレライのうた

Lorerai08 2008年もいよいよ師走である。今年も振り返ってみるといろいろな事件や事故がたくさんあったように思う。景気も悪くなって毎日失業者問題がニュースで取り上げられない日はない。
筆者は経済問題には詳しくはないが、世の中にあるお金というものは、その総額は大体同じなのに不況というものが到来するのだから不思議でしょうがない。恐らく世の中の金持ちと呼ばれる富裕層たちが手持ちの巾着のひもを締めているから、この大不況というものが到来しているのだと素人ながら考える。
さて、話題を霊魂調査に戻って進めよう。先日、久しぶりに長野県M村を訪ねてきた。韮崎から国道141号をひたすら野辺山を目指して車を走らせていくのだが、清里辺りまでは太平洋側の天候なのだが、野辺山に差し掛かると天候が日本海側の天候に一変してしまうから大変だ。何しろ野辺山辺りで吹雪に見舞われたら大変である。
東京暮らしの永い人間にとっては雪国の怖さを知らないから、吹雪の中の車の走行は下手すれば命取りとなる。そんな心配をして出かけていったが、まだ野辺山高原の道路は路肩に残雪が見られる程度で大丈夫であった。やれやれ一安心だ。これも地球温暖化のせいなのだろうか、他人事みたいだけれど、ちょっと心配だ。
筆者が呼んでいるM村の「奇跡の森」についたのは朝7時半頃だった。気温は3℃でそう大して寒くはなかった。辺りは残雪があってうっすらと雪化粧をしている。もうかれこれ30回ほど「奇跡の森」の調査を続けているが幽霊クリウは筆者の前には姿を現すことはない。これは霊魂が人間に憑依する大きな特徴である。遭遇した最初の時だけ姿を現して、その後はその人間の前に大きく姿を現すことはないという性質を持っているようである。
午前10時、「奇跡の森」にさわやかなローレライのメロディが流れてくる。目を閉じて聞く。すがすがしいひとときだ。このメロディはM村の防災無線から流される時報の音なのだけれども、なんとなくメルヘンティックな瞬間である。「奇跡の森」で腰を下ろしてこの曲に耳を澄ましていると何となくいにしえの世界に引き込まれそうになる。筆者がこのブログのタイトルを「ローレライのうた」としたのも、この雰囲気があったからである。
写真は最近の「奇跡の森」の姿である。雪化粧の中にいるとあちこちに積石塚古墳と思われる古墳状の小さな墳墓の姿が見えてくる。辺りが緑に覆われ出すと彼らの姿を見ることは出来なくなる。来年は国内の研究機関と合同で調査を始める予定なので、少しは死後の世界の科学的なデータが得られるだろうと期待している。

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2008年12月27日 (土)

飯島 愛さんの死と霊魂研究

Aiiijima2 年末、クリスマス・イブの日から元タレントの飯島 愛(本名・大久保松恵)さんの訃報が全国的に駆け巡っている。景気もよくないし毎日、悪いニュースばかり流れているから、またまた気がめいってしまう。
飯島 愛さんの絶命するまでの足取りというか精神の病という過程がテレビのニュースなどで流されているので、死亡原因は公式的には不明と報道されているが自殺とみて間違いないだろう。
彼女は生前、病院の診察や警察に出向いていろいろ相談していたらしいが、やっぱり最期は自分で自分のいのちを絶つという道を選んだとしかいいようがない。
やはり、ノイローゼという精神の病気は普通の病院では治せないということを彼女が身をもって証明してくれたのかもしれない。
最近、いろいろな大学や研究機関で「死生学の研究」というものが進められているが、現在はバラバラな研究なので全国的な規模で統一した組織に発展させる必要があるのではないかと考える。
それから筆者のこれまでの霊魂研究から言えるのは自殺のあった場所で霊魂を強く感じるようになったと説明しているが、自殺によって世に言うところの浮かばれない「浮遊霊」がそこにいるからではないかと思うことがある。自殺による死の選択はその人の死後に大変な事態が待ち受けているのかもしれない。
自殺と霊魂の調査を無理やり結び付けようとは思わないが、精神の病というものはそもそも生きた霊魂の世界の問題なのではないかと思っているからである。
そして朗報としては国内のある研究機関から筆者が調査している「奇跡の森」を来年調査したいと申し入れが来ているので、第三者の目線で死後の霊魂の科学的な調査が進められることを期待している。
先ずは36歳の若さで自らの命を絶った飯島 愛さんの御霊に黙祷。

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2008年12月23日 (火)

幽霊が電車を止めた!?

Psi012 線路内に人?朝のJR中央線ダイヤ乱れる (読売新聞)、このような衝撃的なニュースが12月15日に流されていた。
詳細は15日午前7時50分頃、東京都国分寺市本町2のJR中央線国分寺駅構内で、高尾発東京行きの上り快速電車(10両編成)の運転士が、線路内で人を発見したとして緊急停車した。駅員が確認作業にあたったが、人の姿はなかったという。JR東日本八王子支社によると、上下線で特急を含む計16本が最大16分遅れ、約2万1000人に影響した。という内容だった。
さて、このニュースの真相はその後明らかにされていないが電車の運転手の単なる錯覚だったんだろうか、参考までに駅構内の写真を撮ってみたが、確かに駅構内ではたくさんの乗客がホームにいるのだから線路内に人がいたとしたら彼らも同じものを目撃していても不思議ではない。
現実的に見れば、この事件は電車の運転手の眼の錯覚として処理されるに違いないが、筆者は単純に目の錯覚として処理すべきではないと考える。
2002年に筆者が名づけた奇跡の森で霊体験をしてから、何かしらないが霊魂が存在する場所が分るようになってきた。まだ科学的な調査は行っていないが電車がその一つのよい例である。往来する電車を見ることによって霊を強く感じる電車と感じない電車があるのである。要するに人が飛び込み自殺をした電車は霊が強く感じられ、飛び込み自殺にあっていない電車は霊を感じないということなのである。
若し人間の霊能力を科学的に証明しようというのであれば、電車の往来いの多い鉄道の駅構内で霊能者に立ち会ってもらい霊を感じる電車と感じない電車を見分けてもらえば良いデータが取れるのではないかと思う。
写真は駅構内で駅員が目撃したとされる幽霊のイメージ写真である。確かにホームにたくさんの人がいるので、線路内に人影があればたくさんの目撃談があっても不思議ではない。

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2008年12月 7日 (日)

幽霊とひとだまの役割(2)

Ghost001 以前、ここのブログでも「幽霊とひとだまの役割」というテーマで記事を書いたが、そのテーマをちょっと掘り下げて説明したい。
いろいろな方が死後の世界の存在について肯定、否定という立場で意見を出されているが、多くの方の場合、その殆どの方が幽霊やひとだまというものを見た、或いは遭遇したという経験がないままに意見を述べられているということは科学立国日本の嘆かわしい現状を見ている思いがする。
確かに霊体験というものは、どういうものか筆者としても説明が難しいが「悪魔を見分ける四つの鍵」で紹介しているように次の三つの事象を参考にすればよいのではないかと考える。

◎筆者の考え方
 ・身体(特に肩)に異変が生じる
 ・夢でうなされるようになる
 ・身の回りで不思議な現象が起こりだす
特に三番目の身の回りで不思議な現象が起こりだすときには写真にその不思議な光景が写り出すからよく分かる。
とに角、不思議な体験をしないで死後の世界を論じるのは「愚のこっちょ」であると思う。
さて、筆者の体験から見た場合、確かに筆者が体験した不思議現象の数々が死後の世界を物語っているという確証は得られていないが、筆者が確信している項目に

◎筆者の体験から死後の世界を確証するもの
 ・彼らには質量があるから移動することができる
 ・人間のようにコミュニケーションが可能で意識を感じることが
    できる
以上の二点があげられる。とに角、不思議な体験をしないで死後世界の存在の有無を論じるのはもってのほかということである。
では、「幽霊とひとだまの役割」とはなんぞや?である。筆者のこれまでの体験や調査から挿絵に示すとおり

①ひとだま:屍(土葬の時代のお墓も含む)の近くで墓守のような役割  をしている。
      地上2m付近を飛び回ることができる。
②幽霊:ひとだまより活動範囲が広く、無色透明で人間に憑依
    したりガスやホコリなどを集めて人間のような姿かた
    ちを表わすことができる。
このような形に纏めることができる。従って、ひとだまの目撃談があった場所の付近には必ず人間の屍があると思って間違いないから、行方不明者などの捜査に活用できると思う。

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2008年11月30日 (日)

篤姫と百番供養塔

Hyakuban011 NHKの大河ドラマ「篤姫」もいよいよ大詰めである。いろいろな年配の方々からもドラマに引き込まれるように見入ったと感想が出されているから、よい大河ドラマだったと思う。
この番組を見ていて筆者も幽霊やひとだまの調査をしている長野県M村のT山麓にある百番供養塔が「篤姫」の時代(嘉永元年)に建立されたものだと気づいたときは大変感動したことを思い出す。
百番供養塔というのを筆者は初めてこのM村で知ったのであるが、そもそも百番供養塔は西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所を巡礼してきた人達が年寄りや病人たちが地元で巡礼できるようにと記念に建立したもので、江戸時代末期に全国的に広まったものといろいろな文献に示されている。
しかしながら、筆者が調べている長野県M村の百番供養塔は調査の結果、建立の真意はそうではなかった。少なくとも江戸時代のころからこの場所では筆者が遭遇したひとだまや幽霊などが目撃されていたようである。
要するに、長野県M村の百番供養塔は病人やお年寄りのためではなく純粋に霊魂を供養するための「供養塔」なのである。「篤姫」の時代は少なくとも関東甲信越で2回の大地震に見舞われて多数の犠牲者が出ているし、政治も幕末動乱で治安もよくなかったことを歴史が証明している。
従って、江戸時代末期に全国規模で広まったとされる「百番供養塔」の建立の真意は、大地震や幕末動乱などが続いていたので何か大きな災いの前触れではないかと国民が危惧したために全国的に広まって建立されたのではないかと筆者は考える。
写真はM村に建立されている百番供養塔である。供養塔の後ろに広がっているのが質のいい大理石の鉱山跡である。昔から、この大理石を採掘しようと村民が試みていたが、いろいろな災いが続き計画は断念されている。少なくとも平成元年にこの場所で大理石の採掘をM村が行おうとしたが、やはり不吉なことが周囲で立て続けに起こり計画は中断されている。今では村人は祟りのようなものが起こることを怖れて余りこの場所には近づいてこない。現実に存在する幽霊やひとだまが現れる心霊スポットなのである。

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2008年11月24日 (月)

日本超心理学会第41回年次大会

Peaple01s 日本超心理学会の第41回年次大会が平成20年12月7日(日)明治大学リバティタワー(御茶ノ水)で開催されるようである。
超心理学という世界は最近NHKのドラマ「七瀬ふたたび」で、ガンツフェルト実験などその手法が紹介され注目をあびている。
今回の研究発表テーマは「サイ素量子対のテレポートによるマクロPK発生のメカニズムについて」など最新の研究テーマが発表される予定である。
感心がある方は是非会場まで足を運んでいただきたい。
当日の演題は下記に案内が出ている。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/japanese/event/program/41program.html

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2008年11月16日 (日)

超能力バトル

Psi11 今、大槻教授(否定派)と内田教授(肯定派)の超能力バトルというのがインターネットの世界で話題になっているようである。内田教授というのは超心理学の世界では余り名の知れた方ではないようであるが、肩書きは神戸女学院大学の教授である。
このようなバトルは、まあ言ってみればテレビのバラエティ番組に群がるギャラリーの暇つぶしのためにあるようなもので、筆者としては、と言うよりは超心理学を研究されている方々にはすこぶる不愉快なバトルとしか写ってこないだろう。
ここのブログでも何度か超常現象の存在論争を取り上げているが、要は筆者本人としては、我々が生きているこの科学が発展した時代に、要するに21世紀中にこの「存在論争」に終止符を打って後世に引き継ぐことが、21世紀を生きている人類の務めなのではないかと考えている。
挿絵にあげているのは明治大学の石川教授のHPから借用したものであるが、この挿絵は特異現象を頂点にした人間の超能力、死後存続などを体系的に分類したものであるが、要するに我々の周囲で発生する不思議な現象は、この「特異現象」に集約されるということなのである。
筆者はこの「特異現象」は「霊魂」がなんらかの形で関与しているために起こるのではないかと考えているひとりである。
大槻教授と内田教授の「超能力バトル」を面白おかしく見つめられている方々も多いと思うが、世界をリードする「科学立国日本」として他の諸国に恥をかくことがないよう、正しい目線で見つめることが必要である。そして、21世紀に生きている私たち人類に課せられた課題、それが「特異現象」の解明なのではないだろうか。

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2008年11月 9日 (日)

悪魔を見分ける四つの鍵

Vatican01_2 バチカン・エクソシストという本があるので一部を紹介したい。
筆者は何度か霊魂と遭遇し憑依を受けた経験があるので、現代の宗教で実際に悪魔祓いという儀式が実際に行われているという事実に多少興味があった。
この本を書いたのはトレイシー・ウイルキンソンというLAタイムズのローマ支局長である。実際にこのような世界をジャーナリズムの視点から見つめてまとめられているから大変有意義だと思う。
この本の中で人間に憑りついた悪魔を見分ける四つの鍵というのが紹介されている項目を筆者の体験から得られた内容と比較して説明したい。

【悪魔を見分ける四つの鍵】

◎バチカンの考え方
 ・人間の能力をはるかに超えた力を発揮する。
 ・本人が持っている本来の声とはまったく違った声で話す。
  もしくは被術者が知るはずのない言語を話す。
 ・遠い場所で起きていることや、被術者には知りえない事実を
  知っている。
 ・聖なるシンボルに対して冒とく的な怒りや嫌悪を感じる。

以上の四点であるが、これは長いカトリックの歴史のうえで培われた項目なので確かなものであるだろう。
しかしながら、筆者の相手は悪魔ではないが霊魂の憑依については以前このブログでも紹介したが、次の三点を判断基準にしたらよいと考えている。

◎筆者の考え方
 ・身体(特に肩)に異変が生じる
 ・夢でうなされるようになる
 ・身の回りで不思議な現象が起こりだす

以上の三点である。欧米などと日本では文化の違いがあるので、【悪魔】という考え方にはギャップがある。日本ではあくまでも人間に憑依する相手は元は生きた人間や動物たちなのである。

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2008年11月 4日 (火)

大槻教授の素朴な疑問点

Soul01_2  早稲田大学の名誉教授である大槻義彦先生といえば日本国内や世界に知れ渡った反オカルト派の旗手として有名である。
その大槻先生がご自分のブログで霊魂存在についての三つの疑問をあげられている。確かに大槻先生の仰ることは的を得ていると思う。それは霊魂の存在を信奉されている多くの方々が、それらの根拠が「かも知れない」という伝説やら噂話のようなものを引き合いにして話をされているからなのだろう。
筆者は霊魂と何度か対峙したことがあるから、ごく普通に霊魂の存在を「理解」している。一般論は霊魂の存在を信じるか信じないかという論戦で、大体が平行線で終わってしまう。
このような、筆者にしてみれば「くだらない」論戦は止めて肯定派、否定派で相伴って幽霊が出没する場所で現地調査をしてみればいいのではないかと考える。
しかしながら、筆者が奇跡の森と呼んでいる最初に幽霊と遭遇した場所は、筆者本人も先ずは現地入りする人の身の安全が保障できない。地元の人たちも平成元年の幽霊騒動から、奇跡の森には足を運んでいないようだ。要するに奇跡の森に見知らぬ人が分け入って入ったとしたら祟りが起こるということなのである。
これはたんなる脅しではなく現実の話なのである。筆者はこれまでいろいろな人に現地調査の写真を見せて説明してきたが、この祟りについては科学的にはどうしても説明しようがない。
大槻教授の霊魂に関する素朴な質問は次の三つである。

1.「いったい、霊はどこにあるのか?あるなら見せてくれ。霊が情報の類なら、それは存在する。第一、DNAの情報は人が死んだ後も後世に受け継がれていくではないか。その人が死んだ後も、何物かは残る。それは、思い出・写真・文章など、その人が生きたという情報だ。」

2.「しかし死んだ後、肉体的復活も、生まれ変わりもない。」

3.「人の心や魂も脳という物質の活動であり、今や超伝導量子干渉計などで計測が可能になりつつある。」

この三点の疑問点を科学的に説明することが、霊魂存在信奉者の務めなのではないかと考えている。

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2008年10月25日 (土)

自殺の分析に関する提言

Map011 以前、ここのブログでキューブラ・ロスの「死ぬ瞬間」についての記事を書いたことがあったが、彼女が臨死患者に対する精神医療活動を行っていたのは1970年から2000年代である。その頃の活動について彼女はこう述懐している。
「それまでの数年間、私は(死とその過程についてのセミナー)を教育課程の履修案内にも載せず、ほとんど目立たない形で行っていた」
要するに、ここのブログのテーマの中心は「死」と「死後の世界」なのであるが、彼女の言うように世の中の人々は「死」というものを真正面から見ようとしない。キューブラ・ロスが纏め上げた臨死患者の体験や臨死患者に対する医療のあり方についての考え方は現代の医療界ではバイブル的存在なのではないかと考える。
それから筆者の超心理学としてのサバイバル(死後存続)の調査活動はキューブラ・ロスの活動の足下にも及ばないが、「死」というものには生物学的に考えられない超常現象が何か介在しているのではないかと考えている。
挿絵に示しているのは、ある地域で数年間で起こった自殺や事故死を地図上で点にしたものであるが、僅か数年間に自殺や事故死が集中して発生したことがあった。中心となったのはT電機会社だったが余りに特定な地域に自殺や事故死が集中したので、周囲の関係者が神社にお祓いを受けに行ったのである。
例えば富士山麓で集中する自殺者、JR中央線での集中的な飛び込み自殺など特定な場所に一極集中するのには何か霊魂のようなものが関与しているのではないかと考えてもよいのではないかと考える。
心理学者の多くは自殺者の心理を経済的、心理的などに分けて分析しているが、確かにその分析の仕方は間違ってはいないが原因はそれだけではないと思う。今後は現地の状況なども調べて超心理学的な見方も取り入れて研究する必要があるのではないだろうか。

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2008年10月19日 (日)

超能力最前線 公開ESP実験

Yoti01_2 日本超心理学会(JSPP)で平成18年11月から行われていた公開ESP実験が来月で終了するようである。
この公開実験はJSPPの月例会で毎回行われているもので、毎回封筒に入れられた数十枚の写真の中から2枚を無作為に取り出して、その写真の内容を遠隔地から当てるという嗜好で行われている。
参加者は自由にインターネットから参加でき締切日までに透視した写真の内容をメールにて事務局に送信するというものだった。
このような実験は筆者も初めての体験だったが、これまで行われた12回の実験の中で見事に透視が的中して優秀賞を取られた方が1名いたのは事実である。
この実験現場に筆者も立ち会っていたが、写真の光景と透視された内容の文章が見事に一致しているのには大変驚かされた。
超能力の実験現場にこれまでに10回以上立ち会ってきたが、確かにわれわれが信じることができないような超能力を持った人物が存在するのは間違いない。
写真はJSPPによるESPの公開実験風景である。来月でこの公開実験は終了するので、感心がある方は下記URLで募集しているので参加していただきたい。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/japanese/exp/exp.html

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2008年10月13日 (月)

霊魂の存在に関する研究に期待する

Gakujyutu01 ちょっと話は変わって霊魂の存在に関する学術的な研究というと、ちょっとおこがましいがアメリカではトップレベルの大学で研究が続けられているのは確かである。
日本ではどうかというと、ちょっと公式的な場所での研究は皆無に近いと思う。やはりこれは日本とアメリカの文化の違いから来ているのではないかと思う。
日本の医療関係の先生方にお話を聞いても、公式的に霊魂の存在をお話される先生にはまだお会いしたことがない。ちょっと小耳にはさんだ内容では現状の医学界では大声で霊魂の話はできないというところが本音らしい。
日本の超心理学の世界でもESPやPKといった分野にはたくさんの研究者がいらっしゃるが、死後の世界(サバイバル)を心理学や宗教以外の視点から研究されている方は皆無に近いと思う。
確かに死後の世界を精神世界の一部として研究されている方はいらっしゃるようであるが、あくまでも想像論が大勢のように感じられる。
先週、日本人4人の方のノーベル賞受賞のニュースが日本国内を駆け巡ったが、是非、サバイバルの世界でも日本の科学の底力を発揮して研究を進めて欲しいと考えている。
筆者のように霊魂と接触した経験者は間違いなく霊魂の存在は科学的に実証できると信じている。
霊魂の存在に関する学術的研究の記事は下記のWIRED VISIONニュースアーカイブに詳細が書かれている。

http://wiredvision.jp/archives/200510/2005101402.html

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2008年10月 5日 (日)

憑依霊

Dead05 憑依霊という言葉は殆ど使われていないが第7の力の存在によって、おおよそ地球上の生物には死ぬ直前まで身近なものに吸い付こうとする力がある訳である。
死ぬ瞬間にこの第7の力が「たましい」となって死者の身近な物体に憑依するのではないかと推測する。
よく交通事故で死者が出た場合などに道路の片隅に花が飾られていることからも、地球上の人類は死者が絶命したその場所に死者の霊がさ迷っていると信じてきたのだと思う。
これは筆者が発見した「第7の力」を引き合いにすれば、死者の霊が絶命した場所に存在するという理屈にあう話になるのではないだろうか。その証拠が医療関係者の間で不思議な体験をしたケースが多く報告されている点である。そのひとつが日本国内にある国際生命情報科学会(ISLIS)の存在である。ISLISとは医療関係者でつくる人体の不思議を研究する団体なのだ。
最近では病院で人間の最期を看取るケースが多く、第7の力の存在が正しければ死者の霊が病院内部に存在していると考えてよいのではないだろうか。ISLIS関係者の間でも不思議な体験をされた方々が多いのも事実なのである。
関心がある方はISLISのHPを参考にしていただきたい。URLは下記。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/islis/sjis/islis.htm

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2008年9月29日 (月)

「憑依」を科学する

Hyoui02 筆者が「第7の力」に拘っているのは、この「第7の力」が生物そのものに備わっている力で、他の生物や物体に吸い付こうとする力だからである。
挿絵の通り昔から「憑依」と呼ばれている心霊現象は、この「第7の力」をもとに考えれば科学的に説明できるのではないかと思う。
挿絵の下には幽霊クリウの写真を添付しているが、幽霊クリウには、この「第7の力」が間違いなく備わっているから粉塵のようなものを本体に吸いつけているように見える。
従って「憑依」というものは、霊魂にある「生命エレルギー」が塊となって人間に吸い付いてきているとも言える。
昔から「憑依」というものは間違いなく伝承されているものだから、科学的に検証していくことも科学という見識を持たれている方々に必要なのではないかと考える。

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2008年9月23日 (火)

オーラと第7の力の存在

Middle111 話題を生命の不思議な営みに戻してみよう。先に述べたとおりダウジングの実験で地球上の人類を含めておおよその生物には古来から信じられてきた「オーラ」のようなものが間違いなく存在しているようである。
これまで、ダウジングの実験から、振子やL型ロッドが自然に動き出すのはニュートンの万有引力が原因しているのではないかと考えていたが、どうもこの説ではダウジング現象が充分説明できないことが分ってきた。
L型ロッドで物体に近づけてみると、手にしたL型ロッドが自然にその物体に近づこうとするのである。要するに人間が持ったL型ロッドが近くにおいた物体に吸着するように動き出すのである。
これは確かにニュートンの万有引力では説明ができない。従って筆者はこの吸着しようとする動く力は人類が発見した第4までの力、それから最近発見された第5、第6の力につぐ第7の力ではないかと考えている。この第7の力は「地球上の生物には蛭のように他の生物や物体に吸着する力が体からオーラのように出ている」ということである。これは理屈ではなく自然の法則である。
この第7の力を研究していくと、恐らくこの力が生命誕生の起爆剤になったことが証明されるのではないだろうか。
挿絵は人間から出ている「第7の力」をイメージしたものである。

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2008年9月21日 (日)

感動のドラマ「七瀬ふたたび」

Nanase02 この秋、孤独なエスパーたちの感動のドラマ「七瀬ふたたび」がNHKで放映されるそうである。
この「七瀬ふたたび」というのはここのブログでも既に紹介しているが他人のこころが読めるという不思議な能力を持った女性の物語である。
放映は2008年10月9日より全10回、毎週木曜20:00~20:43分
原作:筒井康隆、キャスト:蓮佛美沙子、塩谷瞬、水野美紀、柳原加奈子、他 科学監修:石川幹人(明治大学教授、超心理学者)他。
このドラマをきっかけにして、日本国内でも超能力やら超常現象に興味を持つ人が増えるのではないだろうか。先ずは、このTVドラマを超心理学研究者として推奨したい。
写真はNHKのPR写真から。

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2008年9月19日 (金)

生命誕生のシナリオ

Packman01 ダウジング実験を通して、既にこのブログで何度も述べているが、筆者が考えている生命誕生のシナリオは挿絵に示す通りである。
①地球に海ができた後、例えば海中で岩石についた気泡Aに太陽光線によりエネルギーが溜まる。気泡Aは近くに漂ってきた気泡Bに対し心臓の鼓動のような動きを始める。
②やがて気泡Aは自らの力で岩石から離れ、気泡Bに向かっていく。③気泡Aは気泡Bに辿りつき気泡Bと合体する。④気泡Bを飲み込んだ気泡Aは大きさとエネルギーを増し、その力で他のエネルギーを持った気泡へと向かう。
このように気泡Aは同じようなエネルギーを持った気泡を次々に取り込んでいって、大きなエネルギーを持った気泡に成長していく。このような営みを繰り返していくうちに気泡Aは生命体のような物体に変化していったのではないかと考えられる。
なお、気泡Aがどうして自らの力で動き出したのかは、ダウジングに秘密が隠されていた。要するに、生命体には最初から他の物体や生命体に吸着しようとするエネルギーが備わっているのである。
生命誕生のシナリオが分ってくると、そのうち、死後存続のシナリオも分ってくるのではないかと思う。

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2008年9月15日 (月)

生と死を謎とくもの

Energy01 筆者がダウジングの調査からニュートンの万有引力に出会って、これは生命誕生の起源となったものだと感じたのは当たり前のことだと思う。
そして、生と死を考えるとき、同じように何か万有引力にあい通じるものがあるのではないかと考えている。挿絵は万有引力の基本的な原理を示したものであるが、エネルギー体と物質が万有引力によって反応する姿をイラストにしたものである。
イラストの下には筆者が奇跡の森で写した幽霊クリウの写真を掲載しているが、考えてみれば幽霊クリウはちりやホコリのようなものを周囲から集めて姿を形成しているように見える。
このことから万有引力を引き合いにして考えられるのは、幽霊クリウはエネルギー体であるということになる。生命に備わっている「万有引力」、これこそ生と死を謎とく大きなカギであることは間違いない。

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2008年9月13日 (土)

超能力の世界

Eye02 明治大学リバティアカデミーの秋講座で「超能力の世界」5回シリーズ(10/31、11/7・14・21・28金曜夜19:00-20:30)が開催されるそうである。
講師は日本の超心理学の大御所、石川先生、本間先生、小久保先生、蛭川先生と有名人が名を連ねているからなかなか面白そうである。
この講座は今年上半期にも実施された超心理学に関するものの一環で、今回は超能力にテーマが絞られている。問合せ先03-3296-4423。
詳細は下記参照。
https://academy.meiji.jp/shop/commodity_param/ctc/60/shc/0/cmc/08260023/

尚、筆者が先に説明したダウジングの研究発表は下記の日程で行われる。

1.日時:H20年9月20日(土)
     PM1時半~5時
2.会場:明治大学駿河台校舎
     研究棟4F第5会議室
     (JR御茶ノ水駅下車 徒歩5分)
3.主催:日本超心理学会
4.発表内容
     ダウジング実験の事例と検討

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2008年9月 6日 (土)

生命誕生の秘密

Newton1689 ニュートンの万有引力に出会ってから、生命誕生の秘密はこの万有引力にあるのではないかと考えている。
今から約350年前にニュートンが考えた「万有引力」とはたいしたものだ。どうして我々人類はニュートン力学を理解しているにも関わらず、この当たり前の現象を深く考えてこなかったのだろうか。
確かに地球上ではニュートン力学は当たり前に考えられているが、生命の起源との関係があることには未だたどり着いていない。どうして人類はこのニュートン力学の神秘な点を見逃していたのか不思議でならない。
今月9月20日(土)日本超心理学会の月例会で生命誕生の秘密がニュートン力学に隠されていることを実験で証明する予定である。関心のある方は是非、会場に足を運んでいただきたい。
会場の詳細は別途このブログで案内する予定である。写真はウィキペディアに掲載されているニュートンの肖像画である。誠にもってニュートンという人物は人類に大きな財産を残したのではないかと考える。

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2008年8月30日 (土)

ダウジングとニュートン力学

Century_dowser 先日、ミステリースポットで起こる不思議なダウジング現象のことを紹介したが、これが確かに立証できることが分った。このダウジングの真犯人は驚くなかれニュートンの万有引力であることが判明したのである。
要するに我々人間の身体にはニュートン力学の万有引力が間違いなく存在しているのである。この特殊な能力は誰にもあり、その力は人によって大きさも変わってくる。これは超能力者と呼ばれる人の中に金属の鍋などを身体にくっつける人がいるので分る。
この調査内容は近々超心理学の会合で発表する予定であるが、現在、日程は調整中である。これまでいろいろ人間の超能力や超自然現象など不思議な現象が報告されているが、このダウジング実験で多くの謎が解明されるのではないかと期待している。
写真はウィキペディアに掲載されている中世のダウジング風景である。このように中世のオカルティズムで取り扱われた不思議な現象に眼を向けると、現代科学は新しい発展をするのではないだろうか。

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2008年8月28日 (木)

ひとだまと勾玉

Hitodama03 日本や朝鮮半島の縄文時代の遺跡や古墳から多くの勾玉(まがたま)が出土しているが、最近、その勾玉がひとだまの形をしているように思えてならない。
日本にある積石塚古墳は縄文時代が起源で、そのルーツが現在の北朝鮮だということも考古学界の調査で明らかになっているから、縄文時代というのは日本と朝鮮半島はひとつの民族圏だったのだろう。
その縄文時代から作られた勾玉をよく見ると筆者が奇跡の森で出合ったひとだまと姿かたちがよく似ていると思う。
縄文人たちは、この勾玉を恐らくお守りのような感じで身に着けていたのではないか。要するに、その当時からひとだまというものは目撃されていて、人々はそのひとだまをモチーフにして勾玉というものを一種のお守りとして考案したのではないだろうか。

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2008年8月18日 (月)

心霊スポットで起こる不思議な現象(3)

Dowging02 先日TBSの世界・不思議発見という番組でダウジングを紹介していたので、筆者が幽霊ぼんぼりと遭遇した場所でL型ロッドによる反応実験を行ってみた。
このダウジングについては筆者は半信半疑だったのであるが、専修大学の早瀬先生が詳しいと聞いていたので、先日、早瀬先生から材料や実験方法のアドバイスを事前にもらった。
このL型ロッドについては早瀬先生のアドバイスでは、金属であれば何でもよいということだったが、筆者が用いたのは鉄製で直径4mm、表面がメッキ加工されたものだ。(写真参照)これを1本ずつ両手のこぶしに差し込んで、実験場所で歩行中、停止中とに分けて反応を見る方法である。
実験結果としては、確かに幽霊ぼんぼりと霊体験した場所ではL型ロッドは魔法のように動いたのは事実である。この動き方は両こぶしにさしたL型ロッドは同じ時間に外回りに動きだすのが特徴である。調度、水道関係者3名が近くを通られたので、この実験に協力してもらったのだが、この3名の方にも同じようにロッドは動き出し反応した。
この水道関係者のお話では、ダウジングは水道管に反応するということだったが、筆者のこれまでの実験では違うように感じる。
それは自宅近くで実験してみたが反応は全くしなかったし、水に反応すると思って近くの河原に出向いて実験したが、同じように反応しなかった。それから自宅近くの神社に出向いて実験したところ、神社の本殿の周囲で反応があった。まだよく理解できていないが、ダウジングは間違いなく起こる現象で、ミステリースポットのような場所で大きな反応があるようである。
現在では不思議な現象と位置づけられているが、誰でも再現しやすいものだから近いうちに原因は判明すると思う。超心理学でいうところの超常現象から通常現象へということだろう。

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2008年8月17日 (日)

死後の霊魂の姿と形

Psy002 以前、こころ(霊魂)の形という記事をここのブログで書いたことがあるが、それでは実際に死後の世界の霊魂というものはどんな姿かたちをしているんだろうということになる。
何度もここのブログで述べているのだけれど、この霊魂というものは我々の肉眼では直接見ることができないものだ。重力のようなもので姿かたちはないが、物体を移動させるような質量があるということである。
この質量というものは筆者は物理学の専門家ではないので、難しいことは言えないがアメリカの「エンティティ」というオカルト映画の中で霊魂には質量があると説明がつけられていたので、その言葉を間違いないものと信じて引用している。
その見えない霊魂というものは一体どういうものだろうか、筆者が夢の中で体験したものを引き合いにすれば、大きさはパチンコ玉くらいで、本体は気体で体温のような温かみが備わっている。そして彼らは普段は石ころの隙間や藪の中、古い民家の玄関の暗がりなどに潜んでいる。
私たちが夢の中で金縛りにあったりするのは、このパチンコ玉ほどの霊魂が自然界で人間の身体に何らかの理由で取り憑いたときに起こるのではないかと考えている。死後の霊魂を科学的に説明しようとするとき、その大きさや形がどんなものか必要になるのではないかと思う。

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2008年8月16日 (土)

霊魂の考え方の違い

Budda01 ちょっと仏教と医療の世界の霊魂の考え方の違いについて触れてみよう。
私はこれまで自分が体験した不思議な出来事を3人の和尚さんに話してきたが、和尚さんというものは霊魂の存在は個人的には理解されているようであるが、公式な見解では全く肯定する反応を示されない。
一方、お医者さんや看護士さんなどの医療関係者の間では霊魂の存在を間違いないものと考えている方が多い。国際生命情報科学会(ISLIS)などの団体もその一例である。
これは医療界では臨死体験が数多く報告されたり、病院などで不思議な体験をされた方々が多いためである。それで霊魂の研究をされる方が多いのではないかと考える。
では、どうして仏教界では霊魂の存在を公式に肯定できないのか調べてみると、どうも霊魂の存在をブッダが認めなかったのが第一の理由のようである。(ブッダとそのダンマ 79頁 ブッダが反対したこと 光文社新書)
しかし、このような教義は21世紀の科学の発展には足かせになってしまうのではないか、そんな感じがする。死後の世界の研究にはどうしても宗教関係者の協力は欠かせないからだ。
このブログを仏教関係者の方がご覧になったとしたら、是非、21世紀の宗教改革として霊魂否定の考え方を見直すような活動の推進をお願いしたい。和尚さんの多くは間違いなく私と同じように不思議な体験をされた方々が多いのも事実であるからだ。死後の世界の存在が間違いないものと判明すれば、21世紀の果たす役割というものが大きく変わってくるであろう。

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2008年8月10日 (日)

心霊スポットで起きる不思議な現象(2)

Deji01 毎日うだるような暑さが全国的に続いて大変である。それに中国で開催中のオリンピックに国内では高校野球とテレビ観戦も大変だ。
いつものように今日も近くの水汲み場に出かけてみたものの、涼を求めてくるレジャー組の多さにうんざりさせられる。この時期は仕方ないとあきらめている。
ところで、以前にもここのブログで心霊スポットで起きる不思議な現象というのを紹介したことがあったが、これはテレビプロデューサの小林信正さんという方がお話されたもので、心霊番組の取材で心霊スポットに出向いたときに機材の不具合が起こりやすいということだった。
そのことが筆者の頭の中にもあって、ちょっと気になってはいた。添付の写真は定点撮影で05年8月に撮影したものと本日撮影したものを比較のために紹介するものであるが、幽霊ぼんぼりや超常現象、オーブがよく写ったころは添付写真のように写真全体が暗く写っているものが多いのに気がついた。もちろん肉眼では明るい場所なのである。
最近、これまで撮影した写真を調べてみたが、不思議な現象などが起こっている時期は6割程度がとても暗いことが判明した。下の写真は本日撮影したものであるが、空が重く立ち込めた雨雲にもかかわらず肉眼と同じように明るく写っているのである。
これまで400枚近くこの水汲み場付近で撮影しているが、最近の写真はみな明るいものばかりだ。要するに霊魂が近くにいた場合、写真は全体的に暗く写るのではないかというのが、これまでの写真分析から言えるのではないかと考えている。

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2008年8月 3日 (日)

心霊研究から超心理学へ

Gl001 三浦清宏(ミウラ キヨヒロ)さんという方が「近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ」(講談社)という本を出版されているというメールが知人から届いた。
超心理学の世界でも三浦清宏さんという方は余り知られた方ではないが、専門家の間では名前が通った方のようである。筆者も超心理学の世界に足を踏み入れて今年で3年目を迎えているが、まだまだ研究者たちの存在の多くは未知の世界である。
恐らく心霊研究やら超心理学の研究や興味をもって活動されているのは、日本国内では300~1000名程度いらっしゃるのではないかと考えている。
この「心霊研究から超心理学」というタイトルは筆者も好んで使用しているが、やはり現在の日本の心霊研究はどちらかといえば宗教色が濃く、霊魂の存在を科学的に証明するのは難しいのではないかと考えている。日本の超心理学という分野では霊魂の存在を科学的に研究されている方は殆ど皆無の状況であるので、筆者は霊体験者の一人として超心理学の会合に時々出向いては霊魂の存在に理解を示してくれる専門家を探しているが、まだ、出会ってはいない。
これだけ科学技術が発達しているのだから、超心理学の世界でも「霊魂」の世界に早く科学の目を向ける人が現れるてもいいのではないかと考える。
写真は「近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ」(講談社)の表紙である。心霊研究がオカルティズムからパラサイコロジー(超心理学)に早くシフトするように筆者は願っている一人である。
内容も下記の通り歴史的にまとめられているので、これから超心理学の世界に足を踏み入れらようとしている人には参考になるものと思う。

第1章 ハイズヴィル事件とその波紋
第2章 ハイズヴィルに至る道のり
第3章 心霊研究の黄金時代1—霊能者の活躍
第4章 心霊研究の黄金時代2—霊能者たちVS.研究者たち
第5章 心霊研究後期—英国以外の研究者たちとその成果
第6章 スピリチュアリズムの発展と挫折
第7章 超心理学の時代
第8章 日本の事情

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2008年7月27日 (日)

霊魂と幽霊

Bonbori02 筆者が幽霊ぼんぼりと初めて遭遇したのは2004年8月だった。いつもの水汲み場に出かけて新調したデジカメで周辺を撮影したとき、幽霊ぼんぼりが写真に姿を現したのだ。
あれから4年の歳月が流れたのだが、最近では幽霊ぼんぼりの反応はまったく感じられなくなった。どうしてだろうか。
これまでの調査から、霊魂というものが集塵のような力を発揮してガスや塵のようなものを集めて人間の姿を形成して見せるのが、俗に言うところの「幽霊」なのではと考えている。
すなわち、その「幽霊」なるものを捕獲しても、そこには何も残っていないから「幽霊」というものを科学的に説明するのが難しいのではないかと考える。
「幽霊」の大もとは「霊魂」であって、その「霊魂」をいかに捕獲するか検討することが科学的に大事なことではないだろうか。
写真は最近の水汲み場の風景であるが、最近のアウトドアー流行のせいかキャンプをする人たちやハイカーが増えてきて、なかなか現地ではじっくりと調査することがままならなくなってきている。幽霊ぼんぼりも静かなときが来るのを待っているのかもしれない。

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2008年7月20日 (日)

「霊魂」の定義とは

Jspp002 昨日、日本超心理学会(JSPP)の月例会に出向いてきたが、座談会形式で議事が進められなかなかの盛況ぶりであった。
座談会のテーマは「霊と科学から意識と生命を考える座談会」だったが、「霊」という定義づけをどうするかという話題がでて、それぞれの意見が出されて大変面白かった。
若い人も4人ほどいらっしゃって、ご自身の考えを述べられていた。座談会で出された意見としては、①霊は固体ではない②量として考えるべき③生物だけに存在しないのでは、などの意見が出されていた。
よくよく考えてみれば、世界中で霊魂(PSY)の研究は古くから行われているが、その定義がはっきりと決まっていないのが現状のようである。従って、現在の「霊魂」に関する定義は、それぞれの研究家によって考え方も違っているようだ。
今回は座談会形式なので各自の意見を出し合うだけの会合だったのだが、それでもJSPPのサークル内では、ある程度「霊魂」の定義に対する認識が芽生えてきたのではないかと思う。
写真はJSPPの月例会風景である。関心のある方は一度足を運んでいただきたい。次回は9月の予定。

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2008年7月13日 (日)

神秘なオーブの再考

Orb002 オーブというものを再考していくとき、とても気がかりなのが筆者が<ジョナサン>と呼んでいるオーブである。
これは我が家の近くの水汲み場で撮影しているものであるが、オーブが単なる小さな昆虫のオシッコだとしても、自然科学的には内部に渦を巻いたような紋様がごく自然なかたちであるからだ。
この紋様はレンズの表面に付着している微小な塵が水滴の中にとけ込んでいるためなのであるが、図に示しているオーブは内部に円と長方形のような紋様がくっきりと見える。
これらのオーブは1mmくらいの小さな昆虫たちがカメラの前を通過するときに、偶然、シャッターが押されて、そのフラッシュの光に驚いて放尿した水滴がレンズに付着して写真に写りこむ仕組みなのである。
オーブが白っぽいのはフラッシュの光によるものである。ここまでは、ごく普通に自然科学に基づいて説明できるのだが、この図に示している<ジョナサン>については頭を傾けるしかない。どうして表面張力の自然科学に反して内部に不思議な紋様があるのだろうか。
それから、これまで頻繁に写真に写っていたオーブが何故、写らなくなったのかも再考する必要があると考えている。

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2008年7月 8日 (火)

オーブは霊魂の仕業なのだろうか

Orb04 テレビのバラエティ番組などでよく取り上げられるオーブというものを、ここのブログで「聖なるオーブ」と紹介して、その実体を調査して日本超心理学会の月例会で報告したことがある。
その時最初の頃は、これは間違いなく霊魂の仕業だろうと考えてフィールド調査を行っていたが、そのオーブと呼ばれるものは実は小さな羽の生えた昆虫たちがレンズの前を通過するときにカメラのフラッシュに驚いて放尿したときの小さな水滴が犯人だということだった。
このようにフィールド調査を行って原因をつかめたというのは筆者にとってとても大切なことであった。要するに世間で騒がれている超自然現象というものをひとつ解き明かしたという気概があった。
その後、オーブが単なる小さな昆虫たちの仕業だということで、オーブに対する恐怖心は次第に薄れていったのだが最近、同じ場所で定点撮影を行っているにもかかわらずオーブが全く写真に写らなくなってきた。
カメラは従来のデジタルカメラを使っているし、現場もまったく同じ場所なのだから不思議というほかはない。写真に写らなくなったのは去年の7月ころからである。現場で撮影した写真も最近は全て明るいものばかりで暗いものは殆どない。
あれだけ毎回のように写真に写っていたオーブが写らなくなってきたのだから、ちょっと気味が悪いが巷で言われているようにオーブはやはり霊魂の仕業で彼らが小さな昆虫に何らかの作用を行って写真に写っているのかも知れない。
このことから、写真にオーブがよく写る人は恐怖心を排除して定点撮影という手法でオーブの写った個数をデータとしてまとめるのも、霊魂というものの調査には必要なのではないだろうか。
データは筆者が幽霊ボンボリの調査中に記録したオーブのデータである。お気づきのようにオーブが集中して写り出すときは、身近で不吉なことが起こりやすいのではないか、筆者の場合、このころに友人の訃報が舞い込んできたのは事実である。

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2008年7月 4日 (金)

霊と科学に関する座談会

Liberty01 「霊と科学から意識と生命を考える座談会」というのが7月19日(土)日本超心理学会主催で開催される。
2008年7月19日(土曜) 2時半~6時(2時開場、1時間遅い開催です)
場所 明治大学駿河台校舎研究棟2階第8会議室(リバティタワー(写真)の裏手)
地図 http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
人間の霊に関心がある方は是非ご参加ください。前回の体外離脱に関する議論にはたくさんの方々が参加して頂き盛況でした。
現代のオカルティズム、超心理学、みなさんが一度は体験したでしょう不思議な霊体験について、参加者の話を聞くいい機会だと思います。是非、友人、知人などお誘いあわせの上ご参加ください。

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2008年6月28日 (土)

ひとだまは何故飛べるか

Hitodama003 さて、ひとだまという不思議なものが世の中に存在しているのは誰もが理解しているものだと思う。
そのひとだまを“火の玉”と呼ぶ言い方もあるが、ここでは火の玉説は別のものとして考えることにする。
わたしが奇跡の森で遭遇したひとだまは間違いなくリンなどが燃えて飛んでいるものではなかったのは事実である。生き物のように体をくねらせながらわたしに向かって飛んできた。
白い雲のような色をしていて伝説のひとだまそのものだった。要するに表面の光沢はなかったが白っぽいシャボン玉のようなものがひとだまの形をして飛んできたと理解すればよい。
これまでの体験や写真などの分析から筆者が遭遇したひとだまは図のように表面は白っぽい膜で覆われていると思われる。内部は薄いガズが充満して、その中に濃いガス状の骨格のようなものが調度、ひとでのように手足を伸ばしていて身体を動かす原動力になっているようである。骨格には中心となる核があり、そこで身体を上下左右に自由に動かしている。ひとだまが宙に浮いているのは空気より軽いか同じくらいの重量だからと思う。
それから、ひとだまは図のように頭でっかちなので身体を上下に動かすことによって、その頭でっかちの重量移動で前方に移動することができるのだと思われる。

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2008年6月24日 (火)

幽霊とひとだまの役割

Soul03 昔から日本で語り継がれている怪談には必ずといってよいほど幽霊とひとだまがセットになって登場している。それからわたし達の周りでも幽霊やらひとだまの目撃談はたくさんある。
要するに霊魂というものは幽霊とひとだまの二つの顔を持っているということになる。筆者も幽霊クリウ、幽霊ボンボリ、幽霊ニジョウと対峙したとき同じようなものを目撃したり写真やビデオの撮影に成功している。
これらの不思議な体験の特徴は先ず最初に幽霊らしいものが現れて、その後日に同じ場所でひとだまが現れるというパターンであった。
昔からの日本の怪談では幽霊とひとだまは同じ場面で姿を現しているが、筆者の実体験では幽霊とひとだまは同じ場面で姿を現してはいなかった。
従って、幽霊とひとだまというものは別々の役割があってわたし達の目の前に姿を現しているというのが筆者の結論である。
ただ、現段階ではその役割をはっきりと言えるわけではないが、わたし達に敵意とか好意のようなものを伝える役割をしているのではないかと考えている。
写真は幽霊ボンボリと同じ場所で撮影したひとだまらしいものである。

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2008年6月22日 (日)

期待される死生学の研究

Lite002 最近の日本国内においては秋葉原の通り魔事件に代表されるように、忌まわしい事件が後をたたなくなってきている。
これらの事件の背景は誰しもが分ってはいるように社会全体のひずみに問題があるのだと思う。昔と違ってインターネットの威力はすごいものだ。
確かにインターネットでブログや掲示板に書き込むのは、文字やイラストだけだから現実の世界からかけ離れたことも自由奔放にかけるからすごい。
このような忌まわしい事件が続発しているせいか「死生学」という学問が最近脚光をあびているようである。
しかしながら、この「死生学」という学問の多くは臨床やら精神医学などの世界で研究されているもので、死後の世界が実在するようなことには触れられていないようだ。
確かに死後の世界が実在するとなると科学やら宗教、法曹界などは大騒ぎになることは間違いない。
しかしながら、筆者が体験した不思議な出来事は現実のことなのだから、「死生学」を研究される方々には死後存続というテーマを含めて是非、研究を行って欲しい。
そうすることによって、「死生学」の見方も大乗的に大きく変わってくると思う。

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2008年6月18日 (水)

霊魂と四次元の世界

Heart001 霊魂の存在の現実性についていろいろな人に話をしているが、やはり自分自身でもどうしても説得がうまくいかないことが多い。
いかないというより、非現実的な話なので誰も聞く耳をもたないのではないのかと思う。
最近、自宅近くの場所で霊魂の調査を行っているが、もう私の前に彼らは姿を現さなくなった。理由が分らない、誠に不思議である。
霊魂に関する書物を近くの図書館にいって探してはみるが、大体は怪談系の書物が多いのが現状なので、なかなか他人に霊魂の存在を科学的に説得することは難しい。
最近になって「四次元の世界」というのが頭から離れないでいる。例えばUFOもそうであるが、現実というか三次元の世界で物事を考えると確かに非現実というしか言葉が浮かんでこない。
その三次元の限られた世界でUFOのことを考えるから、全てが非現実なのではないかと考える。
四次元という世界はいろいろな人が三次元の世界のほかにあるのではないかと考えているように、若し四次元という世界があると仮定したらUFOや霊魂などの話も現実化するのではないかと思う。
例えばわたし達には将来間違いなく「死」というものは訪れてくるものなのだけれども、その「死」というものが生命自体が三次元から四次元の世界に移るものだと仮定すると、確かに時間が止まって、距離も関係なくなる。生きた時代のたましいは死によって時間が止まり、三次元から離れた場所に存在していると仮説がとなえられる。
わたし達の宇宙が四次元の世界の一部だとしたら、宇宙の天文学的な距離を越えてUFOが地球に飛来することも頷けるものだ。写真は四次元をイメージしたものである。

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2008年6月11日 (水)

写真を意識する幽霊たち

Rts01 心霊写真というテレビの特集番組が時々放映されることがある。これらの番組は視聴率というものを稼ぐためにわたし達の恐怖心をあおるように作られることが多い。
確かに、多くの心霊写真というものを見てみると加工されたり偽造されたりしている。以前、超心理学の例会で心霊写真を何点か持ち込んだ人がいたが、専門家の目はごまかせなかった。
しかしながら、これまでの筆者の調査では、霊魂というものは写真というものを理解していると言わざるを得ない部分があるのである。それは幽霊クリウや幽霊ボンボリの姿を見ればすぐに理解できる。
幽霊クリウは筆者が森の写真を撮っているとき目の前を横切っているし、幽霊ボンボリはデジカメのレンズにへばりつくように姿を現しているからである。
要するに、彼らは写真に撮られることを意識してわたし達の目の前に姿を現しているのである。テレビのバラエティ番組などでよく公開されている心霊写真は全てがまがい物と呼ぶわけにはいかないが、何点かは間違いなく正真正銘の心霊写真だと思われる。
わたし達はカメラを意識して姿を現す幽霊たちのメッセージが何であるのか、それを調べるのが先決だと思うのである。
添付の写真は偽造された心霊写真の一例であるが、偽造もはなはだしい。カメラを意識する幽霊たちはこのような場所には決して姿を現さないと断言して言える。

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2008年6月 5日 (木)

デッド・ポイントとESP

Dp001 私たちの日常生活の中で、例えば交通事故や自殺などで肉親が亡くなったりした場合に、その場所に花束を手向ける習慣がある。これは、まさしく、その場所に死者のたましいがさまよっていると昔から信じられていたからではないだろうか。
このような場所を筆者はデッド・ポイント(DP:死のポイント)と呼んでいる。要するに、このようなDPをわれわれ一般の人間が通過するときに、霊魂からESPのような霊反応を受けるのである。
通常、わたしたちはこのような霊魂の反応というものを気にすることはないが、DPを通過する時点で霊魂からのESPを瞬間的に脳の中に感じていると思う。
一般の人間は街中を歩いていても、だいたいが行き先の仕事の商談とか家族のことなどを考えているから、霊魂のESPを受けていてもそのサインを見逃しているのではないかと思う。
掲載の写真は最近飛び降り自殺があったマンションであるが、筆者が何も知らずにここを通りかかったときに<飛び降り自殺>という強いイメージが頭に浮かんできたのは事実である。
筆者はこのような霊反応を過去に2回ほど同じように経験しており、恐らくDPを中心にして50m前後の範囲に人間が進入したときにわれわれの脳がESP反応すると思われる。

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2008年6月 3日 (火)

ESPと霊反応

Man006 超心理学の世界ではESP(Extra-Sensory Perception:超感覚的知覚)やPK(Psychokinesis:念力)を研究されている方が実に多い。これらは研究者たちが実際に超能力者たちの超能力現場に立ち会って、それらの特異な現象を確認されているからである。
もちろん、これらの現場では手品のような行為が行われていないか十分な検証もされている。従って、ESPやらPKについては懐疑者たちも、その存在を考えているのは事実である。
一方、サバイバル(死後存続)の世界では何度も述べているが、これらの研究者は世界中でもまれな存在なので具体的な研究は進んでいないと思う。
筆者はこれまでの霊魂調査から、確かに私たち人間の脳は霊魂からESPのような知覚というか刺激のようなものを受けていると思っている。それは世間では正夢やら金縛りや体外離脱などと呼ばれているもので、我々の脳が実際に霊魂に反応している現れなのではないだろうか。これらのESPは、まだ存在が実証されてはいないが、作用しているものは電磁波以外のものではないかという専門家の意見もある。

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2008年5月29日 (木)

たましいの記録

Kiseki0803 これまで6年ほど長野県のM村で霊魂の調査をしてきたが、私が奇跡の森と呼んでいる場所には間違いなく霊魂は存在していると思う。
幽霊クリウと遭遇してから、ひとだまの飛来、身の回りで起こる不思議な出来事、体外離脱のような夢など霊魂の存在なしでは語ることのできないことばかりが4年ほど続いた。
これらは恐らく世間では霊魂による憑依と呼ばれているものなのではないかと考えられる。これまでの年月の中で超心理学で分類されている死後存続(サバイバル)について世界中でニューサイエンスを提唱している科学者たちが研究しているのも分った。
しかしながら、今のところ霊魂に関する確固たる研究成果は見られない。それは、霊魂というものが重力のように見えないもの、触れることができないしろものだからではないだろうか。
私の霊体験から話をしてみると、確かに霊魂というものは目に見えないものであるが質量があって、我々の意識や無意識の世界にESPのような特殊な作用を及ぼすことができ、時には彼ら自信の力で周囲のガスや粉塵を集めて人間らしい格好を形成することができると言える。
これから少しずつ私が体験した中から霊魂に関するものを具体的にまとめていきたいと思っている。
写真は最近の奇跡の森の入り口付近である。まさにこの界隈には大きな霊魂の力がみなぎっていると思われる。

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2008年5月25日 (日)

恐怖心と科学

Jspp001 先日、5月24日に私が体験した体外離脱体験を日本超心理学会の月例会で発表してきた。
これは、まだまだ内容的には学術的な発表とまではいかないが全国からたくさんの方々が会場に来場されていたので関心が高いと感じた。
これまで何度もいろいろな方に私の体験談を説明してきたのであるが、何しろ霊魂というものを科学の立場で研究されている方には、まだ一度もお会いしたことがない。
確かに、現代の常識論からみれば、死後の世界などあるはずはないと考えるのが常道である。
テレビのバラエティ番組などでは、よく恐怖を煽り立てるようにドラマチックに放映されたりしているが、そろそろ科学的な特集が組まれてもいいのではないかと思う。
それから、これまでの体験から、もし死後の世界を科学的に研究しようという人がいらっしゃるとしたら、先ずは、怖い、恐ろしいという恐怖心から抜け出さなければならないだろう。この恐怖心こそが霊魂研究の足かせになってきたのではないかと思う。
私も奇跡の森の調査を始めた頃は1年近く、この恐怖心から抜け出せなかったことをよく覚えている。
写真は先日行われた日本超心理学会(略称JSPP)の月例会の発表風景である。最近、超心理学に関心をよせる人が増えてきたのではないだろうか。関心のある方は一度JSPPの門を叩いて欲しい。

日本超心理学会のURLは

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/

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2008年5月18日 (日)

蛇の道は蛇

Kofun012 私が奇跡の森と呼んでいるM村のとなり村で昨年からS大学の遺跡調査が行われていると聞いて、さっそくS大学のY教授と連絡をとった。Y教授とは面識がなかったが、私がこれまで調査した内容を文章にまとめて書類報告したものであるが、私の古墳群説にも多少の理解を示していただき少し安堵した。
いつものことなのだけれど、考古学などの世界に霊魂の話を持っていくのはとてもやっかいである。みなさん、考古学の世界にどうして変な話をもってくるんだなどと怪訝な顔をされる方が多いからだ。
Y教授は今のところ筆者の考え方も多少なり理解され、今年の現地調査で現場を確認していただく予定となった。先ずは蛇の道は蛇である、考古学につながるものは何かしらあい通じるものがある。
もし、筆者が発見した古墳群らしいものが間違いないものと証明されたら、霊魂の存在説もにわかに信憑性がでてくるだろう。この夏予定されているS大学の遺跡発掘調査に期待しているところである。
写真は奇跡の森に点在する古墳らしいものの写真であるが、確かに、これが古墳ですといわれないと分らないような大きさなのである。

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2008年5月14日 (水)

体外離脱研究発表

体外離脱体験に関する研究発表が下記の通り予定されている。
関心のある方はどうぞご自由に参加してください。

日時:平成20年5月24日(土)
   PM1時30分~5時
場所:明治大学駿河台校舎
   研究棟4階第5会議室
   (JR御茶ノ水駅下車徒歩5分)
費用:初参加の方は初回に限り無料です。
   
詳細HP
http://www.kisc.meiji.ac.jp/%7Emetapsi/jspp/MM0805.htm

Jspp001

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2008年5月10日 (土)

かもしかみち

Kamo01 先日、近くの図書館で「かもしかみち」という古い書物を目にした。著者は藤森栄一という方である。
民俗学やら考古学というのは、とに角、その筆者の方々のご苦労が、その本の中によく書き表してあるから、よく足を使う学問なのだなあと思う。
筆者は長い間、サラリーマンという世界にいたのだが、このサラリーマンという世界でもよく三現主義といって、問題が起こると「先ず足を使え!」と叱咤されることがよくあった。
要するに自分の足で現地にいってみないと、現場の状況は分らないという訳で、よく問題が起こるとすぐに現地に飛んでいったことを思い出す。
この藤森栄一氏の「かもしかみち」についても、表題だけで頷けるところが大いにある。確かに長年、山中で調査を続けていると森の中のところどころにあるけもの道がよく分かるようになってきた。鹿や熊、イノシシやきつねなどのけもの道の類である。
要するに藤森栄一氏も長年、考古学のためにご自分の足を使って日本国内を歩き回って調査研究されているから、考古学という道のことは誰よりもよく分かっていらっしゃったと思っている。
そのご苦労のお陰で、現代の日本の考古学が発展したといっても過言ではないと思う。この考古学の大きな研究テーマのひとつが「日本人はどこからきて、どこにいくのか」ではないだろうか。
現在も、このテーマの解明にたくさんの考古学者や民俗学者の方々が汗水を流されて活躍されているのだと思う。とに角、「かもしかみち」・・・多くの考古学研究者たちが一目置いている先人の偉業である。
この藤森栄一氏が「かもしかみち」の著書の中で古代史というものについてこう述べられている。
「古代史は姿を見せないで幽霊を彩って見せている」
このことばは何となく奇跡の森の不思議な出来事を言い表しているような気がする。確かに古墳群のようなものが辺りに点在して、そこに幽霊らしいものが姿を現した、偶然の一致だろうか。

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2008年5月 4日 (日)

井上円了と妖怪学

Enryo1 幽霊の調査を進めているところに、井上円了(いのうええんりょう)という妖怪学を究めた人物がその昔いたということが最近分った。(ちょっと幽霊調査をやっている人間としては、この人物を知らないで今日までやっていたのだから、ちょっと恥ずかしい気もする。)
まだ、井上円了なる人物がよく理解できていないが、妖怪学なる本は一冊10cmくらいの厚さがあって、内容はさながら、これを六巻もまとめているのだからたいしたものである。
いわば現代版の水木しげるのようなお方である。この井上円了なる人物は余り現代人に広く知られていないが、東洋大学の創設者でもある。日本の妖怪伝説を全国行脚して克明に記録して後世に残したというのは彼の大きな功績でもあると思う。彼の後の体系的な妖怪研究は、江馬務、柳田國男の登場を待つこととなるようである。
そういえば、現在の東洋大学の名誉教授である恩田先生のことが頭に浮かんでくる。恩田先生は現在、日本超心理学会の顧問をされていて死後存続のことなどを、よく面白く話してくだされたりする気さくな先生である。現代の超心理学の世界では草分け的存在であるのがよく頷ける。さすがに東洋大学というところには、今も脈々と井上円了の精神が受け継がれていると感心する。
写真は井上円了の写真である。(東洋大学HPから)

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2008年4月29日 (火)

秩父事件に思う

Kyumin01 明治に入ってから奇跡の森の近くの村で農民の武装蜂起が記録されている。いわゆる秩父事件と呼ばれるものである。
この事件は1884(明治17)年10月31日から11月9日にかけて、埼玉・群馬・長野などの民衆数千人が負債の延納、雑税の減少などを求めて困民党というものを結成して武装蜂起したものであったが、すぐに明治政府によって鎮圧されている。
このとき、M村の住民は歴史書などを調べてみたが、この武装蜂起には一切加担しなかったようである。やはりM村は信州人気質というものが昔からあったようで、隣村のことを関東方と呼んでいるのでよく分かる。すなわち、この秩父事件というものは関東、要するに戦国時代は風林火山でおなじみの上杉謙信が関東管領として治めていた地域の村人が武装蜂起したのである。
この武装蜂起は明治政府の圧倒的な軍事力によってすぐに鎮圧されてしまったのだが、この奇跡の森の近くを当時の困民党の兵士たちが泣きながら敗走していったのだと思うと、何となく歴史というものの悲しい情景を肌で感じることができる。
写真はM村の現在の村道であるが、その昔、官軍に追われた困民党の兵士たちがこの道を敗走し野辺山付近で力つきて壊滅したと歴史は刻んでいる。

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2008年4月25日 (金)

あばらやの石

Stone01 ちょっと“大理石”について話してみよう。ひょんなことから奇跡の森で大理石の鉱山跡を発見してから、ちょっと鉱石について感心がでて図書館でいろんな専門書を調べてみた。大理石というのは石灰石が長年の間にたい積してできたものだそうなのだが、名前の由来は中国の大理という地名である。この場所では良質な石が産出されることから、石の名前に採用されたようである。この大理石は古くは世界各国で「絵入りの石」として珍重され、イタリアのフィレンチェ近くから出る廃墟図入りの大理石「あばらやの石」と呼ばれるものが有名である。確かに大理石には不思議な紋様が浮き出ているので「絵入りの石」という表現にも納得できるものがある。
この他にイギリスのカタムという場所から産出される大理石は風景画が浮き出ているともいわれ、いわば自然が作った芸術品として珍重されてきたのである。
一方、奇跡の森があるM村では、この場所に埋蔵されている大量の大理石については大変良質といわれ太鼓判が押されているので、平成元年から村の特産品として村外に販売しようという試みがあったようである。しかしながら、この試みは奇跡の森で起こる不思議な出来事の数々が何かの祟りではないかとの噂話があるせいだと思うが、現在はこの場所から大理石が切り出されている姿はどこにも見られない。確かに村の関係者に奇跡の森について話を聞こうとすると話がはぐらかされることが多い。
「あばらやの石」、奇跡の森に眠る大理石鉱山との不思議な共通点は、“廃墟”という姿である。
写真は奇跡の森の石材加工場跡に放置されている大理石のすがたである。これだけの良質な大理石が眠る鉱山に手をつけられなくなったM村の事情を察することができる。

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2008年4月20日 (日)

ミステリーストーン

Mistery013 先月末、奇跡の森から帰ってきてから暫くの間、体調がとてもすぐれなかった。後頭部に何か違和感があって朝、ベットから起き上がると、とてもつらかった。最初は単なる風邪だろうと考えていたが風邪薬を飲んでもいっこうに回復しなかった。
今日このごろは、後頭部に感じていた違和感は不思議なほどなくなっている、どうしてだろう。先に「憑依」という記事でも書いたのだが、うつになったような同じような症状である。やはり、奇跡の森というところは昔から地元の人が気味が悪いといっている場所なのだから、何かあるのではないかと思う。
筆者は、奇跡の森には広大な大理石が埋もれているのだから、何か石に関する因縁のようなものがあるのではないかと思っているところである。奇跡の森を調査する際、当初は富士山麓の樹海のように地磁気が狂うような場所ではないかと考えて方位磁石を使って調べてみたが、特に異常は見られなかった。
日本では石にかんする伝説、奇談というものは余り目にしたことがないが、海外では結構「ミステリーストーン」として怪談や奇談のなかにあるようである。
石にかんする専門書を近くの図書館で調べてみたものの、最近の日本国内においては鉱物にかんする研究や調査は少なくなっているようで、「ミステリーストーン」と呼ばれるものは図書館でも余り目にすることができなかった。
しかし、一部の専門書には石自体から放射線を出すものが自然界に存在すると説明が添えられているので、このような説明が正しければ奇跡の森に存在する大理石には何らかの不思議なパワーがあるのではないかと考えられる。
写真は先月撮影してきた大理石鉱山の前に放置された機械の残骸である。切り出した大理石を小さく砕いて何かを採取していたのだろうと考えられる。

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2008年4月18日 (金)

篤姫の時代の大震災

Sensita01 NHKの大河ドラマ「篤姫」を見ていて、長野県の千曲川上流にあるM村林道の奇跡の森(筆者が名づけたもの)に建立されている百番供養塔が嘉永元年(西暦1848年)に建立されたものだと閃いて、先般、ここのブログで「篤姫からの贈り物」という記事を書いて紹介した。
時代考証がしっかりしたドラマなどは、その時代の流れなどを筆者のような歴史に疎いものにもちょっとしたヒントを与えてくれて大変ありがたい。その「篤姫」の時代であるが、時代は幕末動乱の臭いが色濃く現れている。それは天保(西暦1830年)から大政奉還(西暦1867年)の僅か37年の間に和暦が8回も変わっているので、その時代がいかに目まぐるしく変動していたかがよく分かる。
現在の和暦はその時代の天皇即位にちなんで命名されているが、篤姫の時代などは社会的に不穏な動きがあったり重大な災害などがあると、和暦を変えて厄払いのひとつとしたようである。
さて、奇跡の森に話を戻してみると嘉永元年に百番供養塔が建立されているのが分ったが、その建立した理由がよく分かっていなかった。百番供養塔というのは江戸時代後期に全国に広まったとされ、お年寄りや病人が地元で巡礼ができるようにと建立されたものである。
しかしながら、奇跡の森の百番供養塔は標高1200mの山奥深い林道の中に建立されているのである。ひと目にもつきにくいし、老人や病人が巡礼するにはいささか不自然としか思われない。そんな疑問も重なって調べを進めていたら、その「篤姫」の時代、嘉永元年の前に何かが起こったのではないかと考えていたら、案の定、嘉永元年の前の年、すなわち弘化4年に「弘化の大地震」というものが起こっていたということが分った。
この大地震を調べてみると、1847年3月24日に信濃、越後方面でM7.4の大地震があって1万6千人の人が犠牲になったと記録が残っている。そして、この大地震によって信濃、越後界隈では各地で土石流による被害も報告されている。
この大地震の記録によってこれまで抱えていたもうひとつの謎が解けた。それは写真にあるように奇跡の森に続く小さな橋の存在だ。この橋については以前にもここのブログでも紹介したが、この橋の名前は泉下橋(せんしたばし)と刻んであって、現在のものは昭和35年に竣工されている。
筆者はこの橋の名前から周囲に泉のようなものがあるだろうと思って、橋の上流を何度か調べてみたが、そのような泉は確認できなかった。要するに「弘化の大地震」によってこの泉下橋の上流にあったと思われる泉が決壊したのではないかと考えられるのである。
そして、その土石流によって下流の村が被害にあって犠牲者がでた。これは何かの祟りだろうと考えた村人が大地震の翌年、嘉永元年に奇跡の森に百番供養塔を建立したのではないかと考えられる。これは村人の話から奇跡の森の周辺で昔から不吉なことが起こっているという証言があるからである。
祟りというものは日本全国に怪談などの伝説の中に記録されているが、長野県M村の祟り伝説に奇跡の森の奇妙な出来事が記録されていないのは、今でも不思議でならない。

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2008年4月13日 (日)

石こづみという風習

Kofun06 積石塚古墳の由来について民俗学者、折口信夫はこう語っている。
<石こづみの風習、これは、石の中にたま(魂)が這いいる、と考えられることから生じた、ひとつの風習と考えられるが、石の中に人をつみ込む風習が、古く日本にあったようだ。~彼ら(山伏)の仲間では死んだものがあると、谷に落として、石をふりかける。悪いことをしたものは、石こづみにする。こづむとは、積み上げることである。これが後に石こづめと言われるようになって、奈良の猿澤の池の石こづめ塚のような伝説もできたのであるが、元は、山伏の仲間の風習であった。~これが刑罰としてではなく、復活の儀式として行われた時代があったに相違ない。前に述べた、衣類や蒲団にくるまって、たましいが完全に、体にくっつく時期を待った、と同じ信仰のもので、石の中には、這いいることができないために、石を積んだのである。そうすると生まれ変わると信じたのである。:中公文庫 折口信夫全集第三巻から>
筆者は古墳の専門家ではないが、石を積んで死者を弔ったというのはこの折口信夫のいうように死者の復活を古代の人々は考えていたのである。
そうすると奇跡の森で出会った幽霊クリウは、復活した生命なのだろうか、とても不思議である。
写真は筆者が奇跡の森で撮影した<6号>と呼んでいる古墳らしいものの写真である。この界隈ではいくぶん大きく、高さは1mほど、幅は5mほどで上から見ると楕円状の形をしている。

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2008年4月10日 (木)

篤姫からの贈り物

Hyakuban013 今週6日(日)に放映されたNHK大河ドラマ「篤姫」をみて閃光のようなものが体内をとおり抜けていくのを感じた。感じたというより、どう表現していいか分らないがインスピレーションのように閃いた。
そうである。筆者が5年ほど調べている奇跡の森に建立してある百番供養塔に刻んである文字のことである。とっさに建立された年代が嘉永元年のことだと閃いたのである。挿絵に示すとおり百番供養塔の向かって右手に刻まれている文字がこれまでひとつの謎だったのだが、篤姫に描かれている時代が「嘉永」という年号に気づいたのである。
しかしながら、その下に刻んである「申」という文字と「手」のような文字は誰かが「申し出た」と刻まれていると考えていたので、建立した年代だとは考えられなかったのである。
そのような中で嘉永元年の干支を調べた結果、その年の干支は「申(さる)」であった。従って奇跡の森に建立してある百番供養塔は「嘉永元年申年」に建立されたと読むことができる。
お~!筆者は古代文字の専門家ではないが、素人が古代文字の謎をひとつ紐解いたと考えるととても嬉しい。これはNHK大河ドラマ「篤姫」からのすばらしい贈り物だったと思われてならない。
そうすると「嘉永元年」は西暦1848年なので奇跡の森にある百番供養塔は今から160年前に建立されたということになる。恐らく奇跡の森で祟りのようなものが起こって、鎮魂のために最初に建てられた供養碑だったのではないかと筆者は考えている。

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2008年4月 9日 (水)

古墳の不思議

Kofun011 縄文時代あたりからの古墳を専門書などで調べてみると、これらの特徴のひとつがひと目でそれが古墳だと分るように大きく作られていることである。
古墳調査の専門家の方々のHPを見ても、そのようなことが述べられている。従って、筆者としても奇跡の森に存在する古墳らしいものを大きな声で古墳だと主張するには、その規模の違いからいささか自信も湧いてこないところである。
確かに奇跡の森の古墳らしいものは挿絵を見ても分るように、その大きさは縄文時代の積石塚古墳などと照らし合わせても規模が小さすぎるから地元でもこれまで古墳発見に至らなかったのではないかと思う。
3月30日の調査で筆者自身で百番供養塔の界隈に30基ほどの古墳らしいものを確認してきたが、いくら偶然といっても山中にこのようにこんもりと小石で積み上げたものが作られているのだから、何か理由があってのことだろうと思う。
奇跡の森がある場所は長野県の千曲川上流であるが、地名考証から考えれば群馬県から流れを受けているものと考えられるので、恐らく先祖たちは千曲川界隈に暮らしていた住民と争いを避けるためにひっそりと暮らしていたのではないかと思う。
従って、死者が出ても目立たないようにT山の山中に小さくお墓をつくったのではないかというのが、現在の筆者の考え方である。

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2008年4月 6日 (日)

古代のロマンとミステリー

Map003 さて、先月30日に今年初めて奇跡の森の調査を行ってきたが古墳群らしいものは挿絵にも示すとおり奇跡の森の周辺でA~E地区の5ケ所に分散して30基ほど確認できた。
これらの古墳群らしいものは近くに大理石の岩盤がむき出しとなって見られるので、その昔、死者を弔うとき、近くにある大理石を小さく砕いて積み上げて墳墓としたのではないかと考えられる。
挿絵にも示しているとおり、デッド・ポイントとは筆者が幽霊クリウやひとだまと遭遇した地点である。まさにこの場所には広大な古墳群が眠っているのは間違いないだろう。
それから、これだけの大理石の岩山があるのだから、どこかに大きな鍾乳洞のようなものがきっと眠っていると思う。鍾乳洞が発見されればM村の観光産業に大きく寄与するのは間違いない。まさに奇跡の森には古代のロマンとミステリーが眠っているのである。
今後、調査を進めていけば奇跡の森の周辺で古墳群らしいものは他にも出てくると考えている。

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2008年4月 4日 (金)

失われた文明から

Lostw 先日、今年になって初めて長野県にある奇跡の森(筆者がつけた森の名称)に足を運んできた。
今回は主に百番供養塔の周辺の古墳らしいものの位置と数の調査である。早朝、午前6時の気温は氷点下5度、とても肌寒かった。
雪は殆ど解けてはいたが、まだ、ところどころに残雪がみられた。今年は例年になく寒いようだ。早朝、少し雪が舞った。
今回は百番供養塔を中心に、その周辺の調査を行ったが古墳らしいものは30基ほど確認できた。この古墳らしいものの特長は、全てが一見してすぐにお墓だということが分らないという点である。
高さは高いもので1m、全体的には50cm程度のものが多い。それからすべてが標高1200mほどの山の中腹の斜面にあることである。
まだ全体的なものはよくつかめていないが、奇跡の森がある付近の地名に“海”に関連するものが実に多いことに気づいている。
それから、なんとなく気になっているのが“失われた文明:A・ゴルボスキー 講談社”という著書である。この本には地球の天変地異と人類の滅亡のようなものが1万2千年周期で起こっているのではないかと述べられている。
1万2千年前というと日本は縄文時代の初期のころである。失われた文明に記述されている内容が正しければ、奇跡の森がある場所の近くには、標高が1200mにも関わらず、その昔、近くに海のようなものがあったのではないかと考えることもできる。
それにもまして恐ろしいのは、天変地異の1万2千年周期説が正しければ、そろそろ地球上に大きな天変地異が起こるかもしれないということである。
確かに現在は地球温暖化が大きな問題となっているから、A・ゴルボスキーの警告は間違っていないのかもしれない。

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2008年3月29日 (土)

人文死生学研究会の紹介

Entity01_2 人文死生学研究会というのが活動しているそうである。これまで、人間の死というものは日本国内においては殆どタブー視されているようなのであるが、私は幽霊らしいものと遭遇して写真まで撮っている人間としては大変ありがたい研究会だと歓迎している。
死後の世界が存在するなど現代科学ではとても考えられないことであるが、実際に幽霊らしいものやひとだまが現実的に存在しているのは事実なのである。
これまで超心理学に関する活動にいろいろ参加しているが、死後の世界を科学的に研究している方にはまだ一度もお会いしたことはない。
死後の世界を研究するのは、これからの量子コンピュータの開発や冷凍人間による生命復活などの研究には欠かせないものなのではないかと考える。
現代の常識を逆手に死後の世界を研究するなどもってのほかだと一蹴する人もいらっしゃると思うが、幽霊らしいものやひとだまが存在するのは事実なのだから死後の世界を科学することは必要なことなのだと考える。
人文死生学研究会のHPのURLは下記の通りである。関心のある方は是非、同研究会に足を運んで欲しい。
http://www.01.246.ne.jp/~koma2/kokoro/
写真はアメリカ映画「エンティティ:実在するものたち」から

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2008年3月24日 (月)

本田美奈子・最後のボイスレター

Dcf_0100 本田美奈子.最期のボイスレターと題する特集が今晩のNHKで放映された。歌手、本田美奈子さんについては以前ここのブログでも取り上げたのだが、急性白血病という重い病にかかって2005年11月に天に召されていった美しい声の歌姫だ。
最近、テロや殺人事件など重苦しいニュースが絶えないが、日本という国は先進国として世界にむけて生命の尊さを訴えていくべきなのではないかとよく思う。
例えば民族間の争いが耐えない国や地域に、その国や地域に古くから伝えられている動揺を美しくアレンジしてCDなどで贈ってあげたらどうだろうか。または日本のよい歌でもよい。その国のことばに翻訳して流してあげたらどうだろうか。
確かに自国の音楽を他国に流すとなると“文化の押し売り”などとメディアにたたかれるかもしれないが、こころに残る音楽は間違いなく人のこころを癒してくれるだろう。
私も2002年5月に長野県某所で幽霊クリウと遭遇した後で、とても恐ろしい体験が4年ほど続いて、死というものを覚悟するというと大げさに聞こえるかも知れないが、間違いなく死期が近いと悟っていたように思う。宗教に関する本、死に関する本を買い集めたり、近くの図書館へ出かけてはさまざまな本を読み漁っていた。
本日の本田美奈子さんの特集を見て感じたのだが、彼女は病院に入院した後、間違いなく自分の死期というものを悟っていたのだろうと思う。
死期が迫ってくると、人間というものは仏や神というものが間違いなく存在すると信ずるようになる。
きっと“死”というものは死期が迫った人間にとっては恐ろしい恐怖ではなく、すばらしい歌のように感動するものだと思う。アメージング・グレイス本田美奈子姫。

このよに
てんごくのきたる
その日までわがかなしみのうたはきえず
てんごくのまぼろしをかんずる
その日あるかぎり
わがよろこびの頌歌はきえず
        八木重吉

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2008年3月18日 (火)

不思議な臨死体験を記録しよう

Rinsitaiken01 臨死体験というものは作家の立花 隆さんが長年、多くの体験者からの聞き取り調査を著書にまとめられており、それらが発端となって日本国内でもようやく市民権を得ているもので、人は死ぬとき、誰でも不思議な体験というものをするものだと考えられている。
臨死体験によってさまざまな人がお花畑や三途の川、光のトンネルなどの世界に自分が引き込まれていきそうな体験をしている。
しかしながら、これらの不思議な体験は本当に臨死体験した人だけが体験するものだろうか?私は、以前、ここのブログでも書いているのだが、長野県の某所で幽霊クリウと遭遇した後に何度がこの臨死体験をしている。確かに夢で見た三途の川などは臨死体験した人たちの体験談と私の体験は大変類似しているところが多い。
要するに臨死体験というものは、人間がこれから正に死出の旅路に出ようとするときの、脳の医学的な終末の現れだと主張する学者もいらっしゃるが、私は私の体験から健常者の中にも間違いなく、この臨死体験を経験した人たちがいるのは間違いないと思う。
立花 隆さんが仰っているように、たくさんの臨死体験をした人たちが世の中にいるので、体験者のみなさんはその体験談を日記なり文章や絵にまとめておくことも大事な務めだと思う。
いつの日か個人の体験談がきっかけとなって“臨死体験”というものが科学的に解明される日もくるだろう。

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2008年3月14日 (金)

ベッドルーム・インベーダー

Yume2 日本で古来から伝えられている金縛りについての記事を以前ここのブログで書いて、これは地球上の人類の多くが体験するものだろうと考えていたが、確かに欧米でも「金縛り」のことを「ベッドルーム・インベーダー」と呼んでいるらしいことが分った。
ある本によれば
【ベッドルーム・インベーダーは目に見え、人間の姿かたちをしていることが多いが、動物的もしくは異質な感じを強く受けるという。正体がはっきり見えることはほとんどない。ぼんやりとかすんでいることもある。もっとはっきり見えるときでも、顔のあるはずの場所はのっぺりしていることもある。ただ、ほとんど例外なく感じるのは悪意と邪悪さ、そして実際に害を及ぼすことはないにもかかわらず、インベーダーにはなにか力がみなぎっているような感じを受ける。身動きもできずに横たわり、完全に無防備な状態で、強力かつ邪悪な存在のなすがままでいることほど不気味な体験はない。(ボーダーランド:角川春樹事務所より)】
このような表現がなされている。
ちょっと、日本人の金縛りの体験からは頭を傾けたくなる部分もあるが、個人的な表現としては
【ベッドルーム・インベーダーは夢の世界から目覚めようとするころ、真っ暗な寝室に何者かがふいに侵入してフトンの上を動き回って自分の肉体の近くに静かに佇んでいるが、その姿かたちは目が開けられないので全く見ることができない。ただ言えるのは、そこに佇んでいるのは恐ろしいほどの人間の気配である。】
こんなところではないかと考える。ベッドルーム・インベーダーと金縛り・・・言葉の表現は多少違っているものの真夜中に起こる恐怖としては日本も欧米も同じ恐怖に違いない。

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2008年3月10日 (月)

死者からのメッセージ

Sinrei001死者からのメッセージ!と聞くとちょっと怖い気がするが、先日、Kさんという方から日本国内でも死後存続について実験的試みがあったと話を聞くことが出来た。
それは人間の死後存続を信じていらっしゃったAさんという方が自分の死期が迫ってきたときに、友人に「自分の葬式のときにあの世からメッセージを送るので写真を撮って証明して欲しい」という遺言を残されたのである。
それからAさんが亡くなって、遺言に基づいてAさんの葬式会場で友人の方が写真を撮ってみると、まさしく不思議な十字状の黄色い光が何枚かに映っていたそうである。
この写真は今のところ科学的な分析は行われていないようであるが、Aさんの遺言が正しければあの世からメッセージが届いていたことになる。何をそんなバカな話があるかと一蹴される方もいらっしゃるかと思うが、 Kさんという方は工学系の専門家なのだ。そのような専門家がまじめな顔になって話されるから、死後存続というものは現実的な話なのである。
掲載の写真は「死者からのメッセージ」のイメージ写真である。みなさんの写真の中にも「死者からのメッセージ」に似たものが何枚か写っているかも知れない。

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2008年3月 9日 (日)

突如、割れ目が生じて・・・

Block_image5_15 何の変哲もない日常に突如割れ目が生じて、あなたをこの世ならぬ恐怖の世界に引きずり込んでいく・・・。あなたは、そんな体験をお持ちだろうか?「ギャラップ社」(米国が世界に誇る調査機関)のリサーチによればアメリカ人の55%が悪魔の存在を、36%がテレパシーの存在を信じているという。彼らの多くが超常現象に熱い視線を向けつつあるのだ。
わが国でもオカルトに関心を寄せる人は多い。テレビで「臨死体験」や「超能力」の特集がよく組まれたりする。近年、オカルト現象を単なる興味本位ではなく、科学の分野から研究していこうという動きも見られる。(世界の幽霊怪奇物語(PHP文庫):桐生 操)

先日、超心理学の集まりで筆者と同じように不思議な体験をされた方と話をする機会があった。その方の体験と私の体験は、その内容に一致するものが多かった。
毎日、自分の身の回りで不思議なことが起こり、生きた心地もせず、仕事にも手が付けられなかったという。正に筆者が体験した内容、そのものズバリだった。
筆者は初めて自分と同じ体験をされた方が超心理学という世界に足を踏み入られていて、同じ仲間が近くにいると知ってとても感動した。
同じ体験をした仲間が近くにいる・・・不思議な出来事は単なる物語ではなく、紛れもない現実という世界で起こっていることなのである。
何の変哲もない日常に突如割れ目が生じて・・・この言葉で現されているように、筆者と同様に世にも不思議な体験をした人間は、もっとたくさん日本にはいるだろう。もっとたくさんの体験者が大声を上げて現代科学というものに不思議な出来事の解明を求めるべきなのではないかと思うのである。
写真は冒頭でも紹介した世界の幽霊怪奇物語(PHP文庫)の表紙である。

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2008年3月 2日 (日)

不思議なハーフミラー現象

Hikari4 ちょっと話題が前後するが近くの水汲み場で幽霊の調査をしているときに自然の不思議な現象に出会ったことがある。この不思議な体験はここのブログでも既に紹介していると思うが、最近になって、この不思議な体験は自然が作った「ハーフミラー現象」なのではないかと思うようになった。「ハーフミラー現象」というのは当たった光の一部分だけを通すハーフミラーと呼ばれる特殊な鏡が織り成す現象である。
掲載の写真①が自然界で起こっている「ハーフミラー現象」と思われるものである。写真②が同じ場所で直射日光が降り注いでいるところを写したものであるが、明らかに写真①と写真②には光の違いが見て取れる。この不思議な体験はこれまで1回しか体験していないが、そこに光の柱のようなものがあるように見えた。恐る恐るその光の柱に入って上空を眺めてみたら、そこには真っ青な青空が見えただけだった。
この写真を撮ったころは単に自然って不思議な現象があるものだとしか考えていなかったが、専門書などを調べて行くうちにマジックミラーなどと呼ばれる「ハーフミラー現象」に辿りついたのである。
要するに写真①のような不思議な体験は自然界には「ハーフミラー現象」が存在するということの実証写真なのではないかと考える。
従って先に記事に書いた「褐色の貴婦人」の幽霊などの写真は、この不思議な「ハーフミラー現象」によって引き起こされているのではないかと考えてもよいのではないだろうか。
しかしながら、どうして青空しか見当たらない空間の中で、この「ハーフミラー現象」が起こっているのか専門家の諸氏に話を伺ってみたいところである。

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2008年2月29日 (金)

墓場に浮かび出る顔!?

Kao00 「墓場に浮かび出る顔!」、ちょっと怖い気がするが、1971年、スペインのアンダルシアのベルメス・デ・ラ・モラレダという村のペレイラ家のコンクリートの床上に不思議な顔の紋様が現れる事件が発生した。
その顔はある朝突然にコンクリートの床上に現れて、それは誰かのイタズラだろうとその家の人は考えていた。しかしながら、床上の顔を水で何度も洗い流してみたものの、その顔は消えることがなかった。
その後、家人が気味悪がって左官屋を呼んで、その奇妙な顔の床上を削って新しいセメントで塗り固めてみたものの、その奇妙な顔の紋様は再び同じ場所に現れたのだという。この話は村外にまで瞬く間に広がって誰かの提案でその場所を掘ってみようということになった。
そして、その奇妙な顔の紋様のコンクリートの下から人骨が出てきたのである。さらに、昔の記録を調べると、このペレイラ家の家屋は17世紀のフェリペ四世時代の墓地の上に建てられているのが分ったそうである。そうすると、私が奇跡の森や近くの水汲み場所で幽霊クリウや幽霊ボンボリと遭遇した場所にも偶然だろうか動物や人の顔に似たような紋様が確かに確認できている。そして、幽霊クリウと遭遇した場所は縄文か弥生時代の古墳群である可能性が高い。
幽霊ボンボリが現れた場所はまだ墓場だと確認できていないが、地名が朝鮮系の名前であることも分っているので時間をかけて調べれば何らかの因果関係が判明するだろうと考えている。
掲載の写真は①スペインのアンダルシアのペレイラ家のコンクリートの床上に浮かび出た不思議な顔、②筆者が奇跡の森で写した動物らしい顔、③筆者が自宅近くの水汲み場で写した人らしい顔である。
もし、このような奇妙な顔の出現と幽霊遭遇体験が偶然に起こったとしても、偶然にこのような現象が発生する確率は375兆分の1と言われるくらいまれな出来事なのである。
「墓場に浮かび出る顔!」これは単なる噂話でなく、現実に起こりえる現象なのではないだろうか。

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2008年2月27日 (水)

「褐色の貴婦人」は幽霊か?

Ghost013 先日、近くの図書館へいって幽霊に関する本を読み漁っていると、1930年代に撮影されたとされる1枚の写真が目に留まった。
これは英国ノーフォークのレイナム・ホールで撮影されたもので、この館によく出る幽霊で「褐色の貴婦人」と呼ばれているそうである。この写真が何故筆者の目に留まったかというと、掲載の比較写真のとおり筆者にも同じような写真が撮れたからである。この写真は既にここのブログでも紹介したのであるが、単なる心霊写真程度にしか考えていなかったのである。
筆者が撮影した写真は近くの鉄道公園のD51機関車の勇士を撮影した何枚かの1枚にだけ写っていたのである。
撮影したのは去年の8月か9月のくもりの日だった。使用したカメラは携帯電話のカメラなので余り写真自体の画質は考えていなかった。
写真に写っている人型のようなかたちのものは、肉眼では何も見えていなかったから心霊写真のようなものかなあと思っていた。
しかしながら、よく見てみると「褐色の貴婦人」に筆者が写したものは姿かたちが本当によく似ているのが分る。
この写真が写ったころもちょっと気になって近くの住民に話を聞いたところ、数年前に近くで首吊り自殺があったと聞いてビックリした。
本当に不思議な話ではあるが、同じような写真が撮れるということは筆者のこれまでのフィールド調査からカメラのレンズと太陽光線が織り成す単なるマジックのような気がしてきた。
超心理学という世界では「超常現象」と呼ばれる不思議な現象も極めれば単なる「通常現象」に変わってくるというのが通説である。
さて、みなさんは「褐色の貴婦人」が幽霊なのか単なる光のマジックなのか、どう考えられるだろうか。

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2008年2月24日 (日)

現代版「死者の書」

Heaven001 今晩のNHK特集で末期ガン患者の医療のあり方について、横浜の開業医の自宅訪問医療の取り組みが紹介され大変感銘を受けた。
特に医者から死の宣告をされた若い患者さんについて親御さんのケアを含めて紹介されていたが、人間誰しも死の宣告をされたらいてもたってもいられないだろう。
周囲にはにこやかな表情で接している様子が映し出されていたが、人間誰しも「死」という入り口に立ったら足腰がガタガタ震えて人の言葉など恐怖の余りに耳に入らないかも知れない。
前にキューブラ・ロス女史の「死ぬ瞬間」というのを紹介したが、彼女の研究にも200人余りの蘇生した患者さんの聞き取り調査から、人間は死ぬ瞬間に多くの人が「トンネル現象」という光のトンネルを通過する体験をしたと語っているのである。
それから世界各地には「死者の書」というものがある。これらは殆どが宗教の世界で書かれたものであるが、最近の研究からもキューブラ・ロス女史の調査した内容と一致する部分が多くあるのである。
「死」というものは確かに誰でも人生の最後には体験するものであるから避けては通れないものなのであるが、私は死後の世界を調査研究しているものとして、末期ガン患者さんなどへのホスピスカウンセリングにこの光のトンネルが見えたら恐れず勇気をもって通り抜けるようにアドバイスすることが現代版「死者の書」として肝要なのではないかと考えている。写真は死後の世界へつながる光のトンネルのイメージである。

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2008年2月19日 (火)

生命の階層図

Zukei01 死後の世界を科学するというと、ちょっと大げさすぎるかも知れないが、やはり私が遭遇した幽霊クリウ、幽霊ボンボリ、幽霊ニジョウなどのことを考えてみると、どうしても死後の世界というものが果たしてどんな世界なのか想像を巡らしてしまう。
これまで宗教家や作家、自称霊能者と称する人たちが死後の世界のことをいろいろと論じているが、どうしても神話の域を超えることができていない。確かに私が幽霊遭遇を何度か体験した後で超心理学の門を叩いたのであるが、死後の世界を専門的に研究している研究者とは残念ながらまだ、めぐり合っていない。これまでにいろいろな死後の世界に関する書物を読み漁ってみたものの、どうしても死後の世界を科学的に説明できるような書物にもまだめぐり合っていない。
ちょっとこころさみしい気分であるが、明治大学の石川先生が書かれた<心と認知の情報学:勁草(けいそう)書房>に死後の世界の謎解きになるヒントがあった。
それは挿絵にもあるように「生物進化の階層」と呼ばれる階層図である。この図でも分るように生物進化の底辺にあるのが<無機物>という世界だ。併せて心のあり方は<アニミズム:精霊崇拝>と説明されている。この階層図から私たちの死後の世界を推測してみると、私たちは死後<無機物>と呼ばれるものになって自然界で存続しているという仮説が立てられるのではないだろうか。この階層図は<生命の階層図>と述べても過言ではないと感じている。

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2008年2月18日 (月)

超心理学特別企画講座の紹介

Jspp002 国内の超心理学についての特別企画講座が下記のURLで案内されているので、超常現象や超能力に関心のある方に紹介したい。
講師は明治大学の石川先生、蛭川先生、国際総合研究機構の小久保先生、TVディレクターの本間先生で超心理学の世界で活躍されている方々である。
超心理学という世界はこれまでテレビのバラエティ番組などで紹介されることはあったが、本格的な講座が開催されることは超心理学に携わっているものとしてはうれしい限りである。
超心理学に関心がある方は、どうぞ受講をお勧めします。
https://academy.meiji.jp/shop/commodity_param/ctc/60/shc/0/cmc/08160016/

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2008年2月12日 (火)

墓は生きている

Haka01 M村の林道で幽霊クリウと遭遇した後で、後日調査のため同じ場所を訪問した際に幽霊クリウが現れた場所から林の中に足を踏み入れてみると写真にも掲示しているように人が小石を積んだと思われる無縁墓のようなものがあるのに気づいた。その時は、きっとその昔、誰かがここで死者を弔ったものだろうと考えていたのだがM村は室町時代に庄として歴史に登場しているので、その時代は古墳時代からはるかに時が流れており人を弔うときは墳墓に埋葬する習慣が既にあったと考えられる。従って、この無縁墓は室町時代よりも更に古いものだと考えられるのである。
そして、この林道には同じように人が小石を積んで作ったと思われる古墳らしいものが辺りに点在しているのもその後の調査で判明した。
写真の古墳らしいものは幽霊クリウが現れた林道の林の中で発見したものであるから、恐らく幽霊クリウの墳墓に間違いないと思う。
これまでの調査で判明したものは、その昔(多分江戸時代の後期だろう)M村のT山の麓で大理石の鉱脈が発見された。最初は手を加えるものがいなかったが、間もなく隣村で金鉱が発見されたのを知ってM村でも金鉱がT山の麓に眠っているのではないかと考えられた。
そこで村人はT山の麓に作業小屋を建て、そこに古墳群があるとも知らず鉱山開発のために林道を造ったのである。そして、その林道は不幸にも古墳群を分断するように造られてしまった。
これは現在の仮説であるが、そこから霊魂たちの怒りに触れたM村の村人たちに災いが起こり始めたのである。愛馬が谷底に落ちて死んだり、鉱山関係者の中からけが人が続出したり不幸にも死んでしまったものまで出た。
慄いた村人はそこに百番供養塔を建立して供養を行ったのである。現在でもこの場所は筆者のように何も知らずにその林道を通ったものには霊魂たちの憑依が待ち受けている。
本当に祟りというものは科学的な根拠が見つかっていないが恐ろしいものである。村人の口から林道に建立されている百番供養塔について話を聞いていくと、そこには死後の世界が間違いなく存在していると確信できるものが何点かあった。
墳墓というものは死者が眠る場所なのだけれども、これまでの調査から間違いなく生きているとしか表現ができないものなのである。

私のお墓の前で泣かないで下さい
そこに私はいません
死んでなんかいません
千の風に、千の風になって
あの大きな空を吹き渡っています 

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2008年2月 8日 (金)

キューブラ・ロス「死ぬ瞬間」から

Last_l_01 スイス生まれのキューブラ・ロス女史についてちょっと触れてみよう。2006年にNHKで特集「最後のレッスン」というのが放映されて日本国内でも死後の世界や体外離脱、幽体離脱というものについて関心が深まったのではないかと思う。
<彼女は1926年、スイスのチューリッヒに三つ子姉妹の長女として生まれる。父親が医学部進学に反対で、自ら学費を捻出するため、当初は専門学校を経て、検査技師をしていた。その後、1957年、31歳の時にチューリッヒ大学医学部を卒業している。彼女は医学部での学生時代に知り合ったアメリカ人留学生マニー・ロスと共に1958年学業をさらに続け、また働き口を探すべくアメリカにわたった。>(ウイキペディア・フリー百科事典より)
私はこのテレビ番組をあいにく見逃してしまったのだけれども、彼女の大きな功績の中にあるのが一度は医学的には死んで再び蘇生した人々を200人調査して「死ぬ瞬間」という著書にまとめたことだろう。
その著書の中で、彼女は蘇生した人々からの聞き取り調査では死の印象について殆どの人が「死ぬ瞬間、それは慈愛に満ちた何ともいえない柔らかい光に包まれていた」と語っていることである。
私も幽霊クリウと遭遇した後で同じような夢を見たことがある。自分の体が小さな昆虫のようになって大きな花の並んでいるような並木道を飛び抜けている場面があった。そして間もなく彼方にまばゆいばかりの光が見えていて、そこから目が覚めて現実に戻ったのである。
キューブラ・ロスも私と同じように幽体離脱を体験しているから、人間というものは死後の世界を否定、肯定している人も一様に幽体離脱を体験するのであろう。
写真は2006年にテレビで放映された彼女の特集の画面である。超心理学の世界でも彼女の功績は大変大きいと思う。

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2008年2月 6日 (水)

心霊現象?消え行く顔

Kao01 さて、話は変わって我が家の近くの水汲み場には杉の木に不思議なムンクの叫びという絵のような人間のガイコツに似た紋様が浮かび出ている。
もうかれこれ6年近く調べているが少しずつであるがその紋様に変化が起こっている。このような調査は科学的ではないと非難する人も中にはいらっしゃるが、兎に角、世の中の七不思議というしか言葉が浮かんでこない。
Kao03_2 何しろ、そのガイコツのような顔には目が二つあって口と前歯がハッキリと識別できるし全体が一様に傾いているのも偶然とはとても思えない。
幽霊ボンボリが私の前に姿を現した場所でもあるし、何か因果関係があるのではないかと考えたくなる。
ここで、その紋様を「ムンク」と名づけて呼んでみると、ムンクは2003年の頃が一番輪郭がハッキリしていたように思 う。Kao02_2 ムンクはこれまでの調査で分っているのは、単にコケが杉の木に寄生しているものなのである。
2003年といえば私が最初に幽霊ボンボリと対峙していたときである。

その後、何回かムンクの写真を撮り続けているが、最近、その顔の輪郭が崩れてきているように感じられる。
一昔前は人面魚とか人面岩などとテレビの心霊番組でよくMunk03 取り上げられて騒がれていたが、実際にそのようなものが目の前に現れてくると驚きを隠せない。
写真はムンクの姿を4枚に分けて紹介したものであるが、正に「消えゆく顔」という表現しか頭の中に浮かんでこない。さて、みなさんはこの姿を心霊現象と捉えるか他に何と捉えるだろうか・・・。

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2008年2月 3日 (日)

憑依の終焉

Hyoui002 さて、これまで幽霊遭遇体験からポルターガイスト(超常現象)、幽体離脱体験まで話してきたのだけれど、これらの一連の体験は幽霊クリウと遭遇した後に起こった事象で、霊魂の憑依によるものではないかと考えられる。
この憑依というものは体験した人間でないと分らない点が多いと思うが、この不思議な憑依は4~5年続くものと思われる。
筆者がこの不思議な憑依というものに気づいたのは、自分の周囲で不思議なことや金縛りのような夢を見なくなってからのことである。
要するに山歩きしても身の回りで不思議な現象は起こらなくなったし山中で交霊しようとしてもポルターガイストのような超常現象は全く起こらなくなった。
但し、まだ奇跡の森に調査に出かけたときは、まだ、そこに得体の知れない何者かがいるらしいことを感じるときもあるが、以前と比べると恐怖感は減ったように思う。
この憑依の終焉について気づいた点を述べてみると、2006年10月に体験したものがその終焉に当たるのではないかと思う。
それは挿絵にも示しているように、夜、床について眠りに入ろうとすると鼻の下のところが何やら暖かい感じがした。鼻とくちびるのところがほのかに温かかった。時間的には5~10分程度だったと思う。
この現象も3日3晩続いたのである。とても不思議な感じがしたのだけれども、確かにその現象は4日目以降は感じることがなかった。
その日を境にして身の回りで不思議な出来事は殆ど起こらなくなったのは事実である。この不思議な体験が憑依の終焉なのではないかと筆者は考えている。

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2008年2月 2日 (土)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(5)

Piano02 この不思議な夢の体験は筆者の日記を遡って調べていくと2002年から2004年にかけて集中しているようである。
この中で2003年に見た夢では、どこかの大きな屋敷に迷い込んだように入っていったものであった。そこはとても暗い場所で住民は誰もおらず静まり返っていた。
その屋敷の中を入っていくと右手に小さな部屋が見えて、そこをよく見ると挿絵に示すとおりピアノがあった。ピアノのことについては専門家ではないのでよく分からないが、縦型のものでアップライトピアノと呼ばれるものによく似ていた。
この場所は幽体離脱体験、夢と現実の照合(2)~(4)で述べたような怖い場所ではなかった。ただ屋敷の中には人は誰もおらず大変物寂しい場所であったことは間違いない。
この夢は連日続いた訳ではないが、時々夢の中に出て来た場所であった。現実の世界に目を向けて話してみると、昨年4月にG寺を訪問した際に筆者が最初に幽霊クリウの供養の相談をした先代23世のご霊前に線香をあげて来たのだけれども、その時、初めてG寺の本堂に上がってきた。
このG寺は明治後期に大火にあって古いものは余り残っていないが20年ほど前に立て替えられて、本堂はとても豪華絢爛な佇まいだった。
そのG寺の本堂には挿絵にも示しているように、離れの建物から本堂に行けるよう通路が設けられている。その時、筆者が大変驚いたのは本堂に通じるところの6畳ほどの場所にアップライト型のピアノがあったのである。
本当にこれまでの夢の体験から分るように、これらは偶然から起こっているものとは到底考えられなかった。幽体離脱体験、このような不思議な出来事は間違いなく私たちの身の回りで起こっていると言わざるを得ないのではないだろうか。

こころの奥底は夢のいとなみに開かれている
閉ざされた室内の亡霊の手のように
夢はぼくらの中にあり、つねに命をもっている
そして三者はひとつだ、人と、物と、夢と・・・
    フーゴ・フォン・ホフマンスタール

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2008年1月29日 (火)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(4)

Kiseki0802 さて、筆者の幽体離脱体験を一段と確信させるものが、ここで挙げる倉庫や屋敷がある場所に幽体離脱した夢の体験である。
この夢で行った場所は、これまでに筆者自身でも奇跡の森のどの辺りだろうと考えていたが、どうしても思い出すことができなかった場所であった。
しかし、最近になって奇跡の森の周辺を調べているうちに、どうも奇跡の森の入り口付近らしいことが分ってきた。
現在、奇跡の森の入り口付近には広い空き地が広がっており、そこは奇跡の森で切り出された大理石を加工していたらしい場所だということが最近になって分ったのである。
確かに、その空き地の前には大理石の原石がゴロゴロ無造作にころがっているから、その空き地は過去に大理石の加工場跡に間違いないようだ。更に挿絵の現実の世界の絵にあるように奇跡の森の入り口には作業小屋があったのは確かである。この現実の光景は夢の世界で見た倉庫や屋敷のような光景と比較してみると、よく似ている。
夢の世界では正面に見える屋敷がとても恐ろしかった。そこのところを横切ろうとすると何か得体の知れないものに体が切り裂かれる感じだった。現在、この場所には屋敷や倉庫のようなものは見当たらないが、村人の証言などから、その昔、屋敷や作業小屋があったのは間違いない事実である。

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2008年1月28日 (月)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(3)

Hyoui 次に挙げるのは見知らぬ暗い山道に迷い込んだような幽体離脱した夢である。そこは挿絵にも示しているように人間がひとり歩いていけるような小さな山道であった。
その山道を歩き始めて次の曲がり角を曲がって登っていくと、その場所で体が切り裂かれるような怖い感じを覚えた。「幽体離脱、夢と現実の照合(2)」でも説明したように何か得体の知れないものが筆者に襲い掛かってくるような大変怖い場所だった。
現実の世界に戻って照合してみると、調度、奇跡の森に進んでいく山道のところが杉林のトンネルのような格好をしていて、夢で幽体離脱して迷い込んだ山道の姿によく似ているのではないかと考えられるのである。現在、この山道の奥には民家が一軒あって村人の老夫婦が暮らしているので山道は舗装されているが、その昔は夢の世界で見た山道のように小さくて曲がりくねった山道だったようだ。
夢の世界で恐ろしいほどの恐怖を覚えた場所は現実の世界と照合してみると、調度、筆者が奇跡の森と呼んでいる場所と位置が一致する。
悪霊という言葉がこの世にはあるように、夢の世界で遭遇したものは姿かたちは見えなかったが「身の毛がよだつ」というほどの恐ろしい何者かが、そこにいたのは間違いなかった。

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2008年1月27日 (日)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(2)

Hyoui09 次に紹介するのが小さな滝のある風景に幽体離脱した夢の世界の体験である。
挿絵にも示すとおり、私は夢の世界ではいつも小さな滝の上にいた。その滝の下流には大きな岩が横たわっていて、その岩の近辺がとても怖いところだった。よく、身が引き裂かれる思いがしたなどと表現されることがあるが、正にこの場所では何か得体の知れないものに引き込まれる感じでとても怖かった。この夢を見た頻度は「幽体離脱体験、夢と現実の照合(1)」で説明した内容と違い時々間隔をおいて3~4回程度見た夢であった。現実の世界と照合すると確かに奇跡の森のすぐ近くに夢で見たような小さな滝はある。しかしながら、現在はその滝の下に夢の世界で見えた大きな岩石は今のところ近くには見当たらない。
恐らく、私が見た夢の世界は過去にそこに存在した風景の中に幽体離脱したものだったので、その岩石は見当たらないのかも知れない。

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2008年1月25日 (金)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(1)

Mountt0 霊魂(PSI:サイ)という世界には、よく現代科学では説明できないような不思議な夢を見た人たちの相談などが多く寄せられてくる。
私は、よくそれらの体験者の人たちに不思議な体験を日記などに簡単でもいいからスケッチにして残しておくようにアドバイスしている。
私はこれらの日記やイラストは、いつかどこかで現実の世界として現れてくるだろうから霊魂の研究には必要不可欠だと思っている。
ここに挙げるのは、私が奇跡の森で幽霊クリウと遭遇した後に実際に夢の世界で幽体離脱に近い体験を何度かしたので夢と現実の世界を対比して説明したい。
先ず最初は私自身が見知らぬ山に向かって飛んでいく夢である。それは怖い夢ではなく大変楽しい夢だった。何しろ床に就くと間もなく自分の両手が鳥の羽のようになっていくのが分った。両手を動かすと自分の体が鳥のように空中に舞った。
更に力を入れて強く動かすと自分の体は急上昇して空高く舞うことができて、とても面白かった。
不思議なことに、いつも挿絵に示しているような先の尖った夜の山に自分の体が向かっているのが分った。そして、この夢は3日3晩続いたのである。4日目以降は、余り感じなかったが床についてからすぐに同じ夢を見ていなかった。
いつも夢から目が覚めてみると、何やら体が大変疲れているような気分だったが爽快感があった。
最近になって奇跡の森の写真を整理していると、やはり自分が眠っている間に奇跡の森があるT山に幽体離脱のような体験をして向かっていたのではないかと思うようになった。
上の写真は奇跡の森があるT山の現実の姿で、下のイラストが実際に夢の世界で自分が向かった山であるが、何となく雰囲気がとてもよく似ているといえる。不思議な幽体離脱体験、現代科学はこの不思議な体験をどう説明するだろうか。

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2008年1月20日 (日)

うつと憑依

Sinigami02 憑依という言葉をインターネットで調べてみると霊がとり憑くなどと解説されたものが多いようである。一部の解説では人間を対象にしたもののように表現されているが、それは違うと思う。
憑依については「霊魂がとり憑く」という表現は正しいと思うが、憑依というものは昔から人形に霊が乗り移ったような事例が報告されているように世の中の全ての万物に霊魂が憑依するとみなしたほうが正しいと思う。
それから憑依というものは挿絵にも示すとおり、昔から日本では死神や悪霊にとり憑かれたなどと表現されるケースが多い。そして、それは憑依された人間の肩に何者かが乗っているイメージである。
私も奇跡の森で幽霊クリウと出会った後で、自分の肩に鉄板が打ち込まれたように感じる時期が2ケ月くらい続いた。夏風邪かと思って医者に行ったが、夏風邪などではなかった。その頃はオフィス勤務ではなかったのでクーラ病とは思われなかった。
これらからも分るように、昔から日本では憑依というものが起こると肩に異変が出てくると信じられていたのではないかと思う。
ただ、これだけで憑依にあっているという説明は難しいから、憑依というものについて3つの事項で判断すべきだと考えている。
先ず①体に異変(肩が重い)が起こる、②金縛りや恐ろしい夢をよく見るようになり、よく眠れない、③周囲で超常現象が起こりやすい、以上の3項目を憑依の判断材料にすればいいのではないかと考える。
うつ症状の人などを精神病理学的に考えて治療する場合もあると思うが、筆者の体験からも判断できるように憑依を受けると同じように気が重くなってうつ症状のような気分になる。
憑依とうつ症状の因果関係は現状ではとても科学的に説明できないが、日本では年間に3万人もの尊い命が自殺によって悲惨な最期を遂げているのであるから、うつを単なる病気と考えなければ少なくとも憑依にあっている多くの人命を助けることができるのではないかと考える。挿絵は手塚治虫先生の「ブッキラによろしく」(秋田文庫)に描かれている憑依のイメージである。日本人は間違いなく憑依というものについて同じイメージを抱いている。

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2008年1月16日 (水)

奇跡の森の7不思議(7)

Kouzan01 さて、奇跡の森にある大理石の鉱山跡を調べているが、本当に大理石そのものを切り出そうとしていたのか大きな疑問が今も残っている。
ここの鉱山は辺りに大理石がむき出しになっているため露天掘り方式の鉱山なのであるが、規模も小さく大理石の原石に杭を打ち込んで切り出した跡はどこにも残っていない。
村人に聞いてみると、鉱山の採石は戦前まで続けられていたというが、鉱山跡に残っている砕石機械の残骸などを見ていると、どうしても単純に大理石を切り出していたとは思われない。
大理石は単純に石灰石と同じものだし、それを小さく砕いて、さて何を採っていたのだろうか。鉱山跡に建立されている百番供養塔に刻まれている京の丞(きょうのすけ)という人物は、ここの鉱山で何を目撃したのだろうか、大きな謎である。
写真は鉱山跡に残されている砕石機械の残骸で、見るからに誠に不思議な光景である。

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2008年1月15日 (火)

奇跡の森の7不思議(6)

Yukionna1 奇跡の森では時々、昼間からふくろうたちが異様に鳴くことがある。最初は余り不思議な考えを持っていなかったが、よくよく考えてみるとふくろうは夜行性であるから昼間に鳴くこと事態おかしいのではないかと思う。
我が家の近くでも時々ふくろうの鳴く声を耳にすることがあるが、大体彼らが鳴く時間は夕方から夜の時間帯だ。
それから、我が家の近くの水汲み場で体験した超常現象のときは、その時間は夕方5時ころだったがカラスたちが異様に騒ぎ立てていた。カラスたちにとってみれば夕方5時ころは木の枝などで、その日のねぐらを探している時間帯だ。その時もカラスたちの騒ぎようはちょっと異様な感じだった。きっと辺りに何者かがいたから騒ぎ出して逃げていったに違いない。超常現象が収まった頃は辺りが不思議なほどシーンと静まり返っていたのを思い出す。
これまでの調査から、カラスやふくろうのような森に棲む鳥たちには霊魂たちがそこにいる場合、彼らの臭いか霊気のようなものを恐らく感じ取って鳴いているのではないかと思う。
森の中で辺りが騒々しいときは、きっとその近くに何か異様なものたちがいるからに違いない。写真は筆者がイメージ用に作成した合成写真であるが、時々、奇跡の森を調査しているときに何者かの冷たい視線を感じるときがあるのも事実である。

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2008年1月14日 (月)

奇跡の森の7不思議(5)

Orb006 奇跡の森を調べ始めて今年で6年目を迎えるのであるが、当初からの疑問のひとつがオーブが写真に写らないことであった。
我が家の近くでは、よくオーブが写るにもかかわらず奇跡の森では300枚ほど写真を撮ったが、どれにも写っていなかった。オーブというものは我が家の近くの水汲み場で幽霊ボンボリの調査中によく写り出したので気味悪かったが、犯人が小さな昆虫のオシッコだと発見に至ることが出来た。
それに付随して、小さな羽根の生えた昆虫たちは山中などを動物や人間たちが移動するとき、その体温や体臭を察知して近づいてくる習性を持っているということである。
オーブは、これまで世界各国で大きな謎とされていただけに原因究明に至ったことは大きな成果だと考えている。
それから、どうして奇跡の森ではオーブが写らないのか調査を行ってきたが、要するに奇跡の森の標高が1200mと高いので昆虫の生態系が違うためだということも分ってきた。
不思議な現象も地道に調べていけば思わぬ原因にたどり着くから、超心理学という面白い学問があるのではないかと考える。写真は自宅近くで撮影したオーブである。まことしやかに面白いオシッコを小さな昆虫たちはレンズに吹き付けるものである。

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2008年1月13日 (日)

奇跡の森の7不思議(4)

Mountt02 奇跡の森の付近で祟りに関する情報を調査しているが、M村のT山付近で語り継がれているのは2件ある。
この祟り伝説は、その昔、姑が嫁をいじめた末に嫁が近くの滝で自殺したことにより、その滝に近づくと自殺した嫁の声が聞こえてくるというものと、7人塚の伝説である。
この7人塚伝説は日本各地に伝わっているものと同じような内容で、その昔、嫁が姑にいじめられて自殺した滝の近くに今も7人塚として残っている。
しかしながら、これらの伝説が残されている場所は挿絵にも示すとおり奇跡の森の反対側である。不思議なことに奇跡の森のある周辺では特にこれといった恐ろしい祟り伝説は残されていない。
この内容をG寺の和尚さんに訪ねてみたが、G寺が明治後期に全焼したこと、奇跡の森付近には村民が余り近づかないことなどが口伝えで祟りの噂話が残っている程度だと仰った。
M村としても観光に活用できる2件の祟り伝説は公にしているらしいが、まことしやかに奇跡の森付近の祟り伝説は今も村人の間で封印され続けているのである。挿絵はM村のT山を地図上で描いたものであるが、ちょっと不思議であるが大きなひとだまのような格好をしている。

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2008年1月12日 (土)

奇跡の森の7不思議(3)

Houyuu001 次に挙げるのは古墳の規模である。奇跡の森があるT山は標高が1630mほどの山であるが、山は真横から見るとちょうど恐竜のような格好(挿絵参照)をしているので見る場所によっては格好が少しずつ違って見える。この山の裾野に私が幽霊クリウと遭遇した奇跡の森があるのだが、この場所の古墳らしいものは規模が小さいものばかりなのである。背丈は大きいもので1mくらい、一般的なものは50cmくらいしかないから見た目では殆ど分らない。長野市の松代にある大室古墳群などのように、これが古墳だと判断できる大きさがないのである。
従って、M村の教育委員会の職員の方や古墳の専門家の方に話をしても首をかしげる人が出てくる。
しかしながら、M村ではこれまでに縄文時代の遺跡は見つかっているのだが、まだ古墳が発掘されていないから、どこかに間違いなく古墳群は存在するのである。
奇跡の森で幽霊クリウと遭遇した場所は古墳群に間違いないと確信しているが、どうしてお墓の大きさを小さく作ったのかが、まだよく分からない。挿絵はM村のT山と奇跡の森がある場所、近くで発見された遺跡(現在は製材所)を示している。

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2008年1月11日 (金)

奇跡の森の7不思議(2)

Kisekimap03 さて、次にあげるのは幽霊やひとだまはどこから現れるかである。
いにしえからの伝説などを参考に仮説を立てるなら多分墓場だろう。奇跡の森を調べていくと確かに周囲は古墳群のようなものだ。地元の人の話では古代のやじりなどが出土するから遺跡か古墳に間違いないと思う。
少なくともM村は平安時代に庄(しょう)という群落があったと記録に残っているから、その時代には少なくとも死者は墓場に埋葬して塔か墓石のようなものを立てたと思う。
私が奇跡の森で発見した古墳群には周辺に墓石や塔のようなものは見当たらないから、少なくとも平安時代以前のものであることは間違いないだろう。幽霊クリウはこれまでの調査から林道両脇に点在する墳墓の中で、第一墳墓から現れたと考えられるが、ひとだまが現れたのは第六墳墓辺りからだった。(挿絵参照)
このように幽霊クリウやひとだまの現れた場所は多少異なっているが、大もとの出所は墳墓に間違いないと思う。
しかしながら、我が家の近くで現れた幽霊ボンボリについては周辺に墳墓らしいものは全く見当たらないから、幽霊やひとだまが本当に墳墓から現れると表現するには、まだ自信がないところである。

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2008年1月10日 (木)

奇跡の森の7不思議(1)

Mountt01 さて、奇跡の森の7不思議についてひとつ述べてみよう。幽霊クリウと初めて遭遇した奇跡の森の調査を始めてから今年でもう6年目を迎えることになる。
調査当初から頭の中でモヤモヤしているものがあるが、それは奇跡の森があるT山は室町時代に当時の城主によって建立されたG寺の本山なのである。G寺は禅寺で現在のご住職は24世にあたる方で大変由緒ある寺である。
不思議なことにこの寺にはT山という本山があるにも関わらず、T山の入り口にある奇跡の森の林道付近には鳥居がひとつも見当たらないのである。この寺が禅寺なので本山には鳥居が置いてないのかどうか専門的な知識がないのでよく分からないが、一般的には本山入り口は参道と呼ばれ鳥居があるのではないかと思う。
このG寺を参拝すると不思議なものがもうひとつある。それはG寺の中にD寺という本堂がもうひとつあることである。
宗教的なことは余りよく分からないが、本山の参道に鳥居がないこと、G寺の敷地の中にもうひとつの本堂が何故あるのか、今はまだよく分からない。調べれば調べるだけ謎が深めいてくる。写真はG寺の山門風景である。

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2008年1月 9日 (水)

雪の女王

Fuyu05 今年の日本海側の冬の天候は例年にないドカ雪のようである。奇跡の森がある長野県M村は、どちらかと言えば日本海側の天候である。
東京方面から車で向かって山梨県の韮崎を過ぎたところで国道141号を北上していく。国道141号をしばらく北上していくと清里にたどり着く。冬の清里は夏場と違ってひっそりと静まり返っている。
私は渓流つりの愛好家なので夜間に移動することが多いのであるが、韮崎から清里辺りまでは夜空に星が瞬いているが野辺山に入ると天候は一変してくる。空はどんよりとした厚い雲に覆われてくる。吹雪に遭遇すると大変だ。一寸先も見えなくなって路面はカチカチに凍っているからスリップ事故が恐ろしい。東京生活に長く甘んじているから、雪国の怖さというものが全く分らない。こんな人間が一度、奇跡の森を厳冬の2月に訪ねたことがあったが、スノータイヤもはかずよく行ったと今考えると末恐ろしい。長野県M村は千曲川の上流にあるが、日本海側の気候であるにも関わらず冬場の降雪量は比較的少ないところだ。
その後、冬場の訪問は危険なので控えている。2002年の12月に私は初めて雪が降った後の奇跡の森で幽霊らしい姿を肉眼で捉えることができた。恐らく幽霊クリウに間違いないと思うが、林道の向かって右手にボヤーっとした煙の塊のようなものが確認できた。
それは調度、油などを燃やすと炎の先端にススのようなものが見えるが、それに近いものだった。本当に信じられないものを目の当たりにすると足下がガタガタ震え出す。その時も残念ながら幽霊クリウの姿を写真には捉えていない。今更ながら、どうして写真に残さなかったのか不思議でたまらない。
写真は奇跡の森のものではないが、南牧村のHPに紹介されている冬の八ヶ岳連峰である。雪雲が去ってひと時の晴れ間が覗くと白く輝く山並みが美しく輝いて見えてくるから感動する。
こんな姿を見ると、これが本当の雪国に伝わる雪の女王なのではないかと思えてくる。

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2008年1月 5日 (土)

不思議な巡礼体験

Pilgrimage02 私の知人に巡礼のときに不思議な体験をしたKさんという人がいる。Kさんは8年ほど前、不幸にも交通事故で奥さんを亡くされた。
最近、彼が私の霊体験を知り不思議な彼の巡礼体験をポツリと話してくれた。
それは彼の奥さんが生前、巡礼をしていたということだったので、Kさんは亡くなった奥さんの意志をついで仕事の休みを利用して奥さんがまだ行っていないお寺を巡ったそうである。
ある日の小雨降る夕方、日没も近くなったのでKさんは急いで最後のお寺に足を運んだそうである。巡礼の客はKさんが最後の一人だった。
いつものようにお寺の山門を潜って境内に入って参拝して巡礼の受付に行くと、そこの係りの人からKさんが今日、遅くなって巡礼に来ることを知っていたので待っていたということだった。
驚いたKさんは初対面の受付の人に、何故自分が遅くなって来ることを知っていたのか理由を聞いてみたが、本人にもよく分からないということだったそうである。
Kさんは自分が何故巡礼をしているか受付の人に打ち明けなかったらしいが、この不思議な体験は、恐らく彼の奥さんの魂が関与していたのではないかと私に話してくれた。
巡礼、この不思議な信仰の出来事は今の科学では到底説明が出来ないだろう。

私は旅の巡礼者
この疲れ果てた場所を通り抜けたら
町の向こうに私たちの家を作るわ
でも、神様、聞いてちょうだい
それは私たちがこの世で成しえないものよ
          マール・トラビス

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2008年1月 3日 (木)

前世を記憶する子どもたち

Zensei01_2 笠原敏雄という精神科のお医者さんがいらっしゃるが、この方は恐らく自他共に認める世界的な超心理学者だと思う。
自ら「心の研究室」と題するHPを公開されており、超心理学を勉強される方にとってはバイブル的存在だ。
私も超心理学の世界に入って4年目を迎えるが、まだ笠原先生とはお会いしたことがない。是非一度お会いしたいと思っている。
「前世を記憶する子どもたち」(日本教文社)と題する翻訳本を過去に出版されているが世の中は不思議なもので、どこの国でもそのような話は存在しているのである。
私は幽霊遭遇体験者として、是非、自分の生涯においてこれらの不思議な世界の謎解きが出来れば、この上ない幸せである。

私は神様と話したことがない
天国を訪れたこともない
でも地図を手にもっている人間のように
天国のことは最大漏らさず知っている
        エミリー・ディキンソン

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2008年1月 1日 (火)

3人の魂たち

Emmylou_harris02

新年あけましておめでとうございます。

今年もパラサイコロジーのフィールドワーカとして神秘な世界の謎解きに挑戦します。宜しくお願いします。

私は3人の魂たちの前で椅子に腰掛けて
静かに私の人生について語りかける
ひとりは未来、ひとりは現在、ひとりは過去
未来はとても空虚で
現在は雑踏の中の子供のように落ち着かず
過去は幼くてとても寂しそう
神様がおいでになったら
みんなになんと言うだろう

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2007年12月30日 (日)

世田谷一家殺害事件からまる7年

Setagaya0012 2001年元日、悲惨な暗いニュースが世の中を駆け巡っていた。前年の暮れの30日に東京世田谷で一家4人が殺害された悲惨な事件が発生していたからである。
あれからまる7年の歳月がたったが犯人は残念ながらまだ捕まっていない。
ある世界では霊能者と称する人たちが透視や予知といってテレビのバラエティ番組を賑わしたりしているが、こんな悲惨な事件を誰も解決できないのだから自称霊能者と称する人の能力などあてにならない。
ジュセリーノの予言というのを前に紹介したが、彼の予言は90%の的中率だと本人が説明しているが信憑性に乏しい。例えば日本の超心理学の専門家のESP実験結果などを聞くと、今のところ人間のESP的中率は非常に低く統計的に有意か否なのかという結論を出すのが精一杯だ。しかしながら、僅かな確率でも透視や予知などの力が人間には備わっているのだから、早く犯人捜査などに人間のESP能力を活用できるよう日本の警察関係者も検討すべきだと思う。
写真は読売新聞ニュースで流されていたもので、警察関係者が献花に訪れたときのもの。殺された4人の家族の魂はまだ浮かばれていない。

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2007年12月29日 (土)

佐世保の黄金伝説

Kujyuku01 クリスマスが終わったらもうすぐ大晦日だ。誠に光陰矢のごとしというように月日の経つのは早いものである。
先に佐世保で起こった散弾銃乱射事件のことを記事にしたが、良くも悪くも「佐世保」という地名が全国版で知れ渡る結果になったのは間違いない。
この佐世保という地名は何かの当て字だと思うが、郷土史やインターネットで調べてもハッキリと明示されたものにはたどり着けない。
私は長野県のM村で幽霊と出会ってから5年ほどM村の歴史や史跡などを調べているが、それらの中には幽霊という難問を紐解く発見が何点かあったのは事実である。
従って地名などを丹念に紐解いて調べていけば、その地で起こった転変地変の出来事などが浮かび上がってくるのは間違いない。
さて、この佐世保というところには地元でよく知られた弓張岳(標高は364メートル)と矢岳という地名が海岸近くにある。要するに弓張岳(弓を張っているだけ)、矢岳(矢だけ)という面白い組み合わせなのだ。
この呼び方についても郷土史などを調べても余り詳しい説明が無い。この弓張岳に登って頂上から九十九島を見渡すと、小島の中に金重島なるものが見えてくる。
弓を張って、そこから矢を飛ばした先に金の重なる島がある。これはきっと古代人が我々に残した黄金伝説に違いないと空想する。そんな古代のロマンが佐世保にはある。
写真は弓張岳から展望できる九十九島の姿である。(佐世保市のHPから)

大晦日になったので
百の島が集まって宴会をしようということになった
百の島の中から
のんべえ島が酒を買いに人里へ出向くことになった
さて、人里へ出向いて酒を買ったものの
のんべえ島は帰り道、酒を飲みたくてたまらない
ついに我慢できず酒樽の栓を開けて飲み出した
のんべえ島は百の島のことなど忘れて
ガブリ、ガブリ酒樽の酒を飲み干して
酔っ払って眠り込んでしまった
年が明けてものんべえ島はとうとう帰ってこず
百の島は九十九島になってしまった
          九十九島民話から

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2007年12月27日 (木)

光の妖精たち