心霊スポット

2020年3月 4日 (水)

先人たちの霊場の目印

  世間ではコロナウィルス騒動で大変な状況になっていますね。みんなミクロの生物たちの仕業ですが、考えてみれば霊魂の世界も同じだと考えています。ミクロの生態系のことは本当に未知のことばかりなので研究に本腰を入れて欲しいところです。
さて、今回は先人たちが残した「霊場の入り口」のサインについてお話しします。心霊研究から石造物の世界を眺めてみると、不思議なほど昔の人々が考えた信仰のことがよく分かるようになります。

霊場の入り口サインは石造物の組合わせだ

各地の石造物を見て歩いていると、霊場のある場所には必ず「庚申塔」と「百番塔」を組み合わせているのが分かります。
東京都檜原村の大岳神社入口にも同じような組み合わせがみられ、そこに「大岳神社入口」の石塔が建立されています。

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東京都あきる野市(今熊山入口)

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長野県北相木村(佐久霊場)

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以上のように各地の石造物を調べてみると、霊場の入り口に建立してあるものは「庚申塔」と「百番塔」の組み合わせだということが分かります。

「奇跡の森」の百番供養塔の意味

石造物に「供養塔」と刻印してあるものは、その石造物が仏式であることを示しています。従って奇跡の森に建立してある「百番供養塔」は仏式であるのが分かります。この場所には、この石塔が一基しかありませんが、建立年が嘉永元年申年と刻印してあります。干支を調べてみると、嘉永元年は戊申です。普通はこの戊申と刻印するはずなのに、わざわざ「申年」と刻印したのには理由があるからだろうと考えています。すなわち、干支の申(さる)に庚申(こうしん)を掛け合わせて、この場所が「霊場」の入り口だと言っているのではないでしょうか。

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2020年1月 5日 (日)

万場(よろずば:死体処理場)とはこんなところ

  新年もあっという間に過ぎていきます。
以前、このサイトで万場(よろずば)のことをお話ししましたが、当時は草が生い茂っていたために全容がよく分かりませんでした。
万場は番場とか萬場というような呼び方があって、いちがいに全てが死体処理場というものではないようです。
まず、近くに万場という地名が残っていること、次に坂のある場所などが考えられます。その次に写真にあるように石ころが無雑作にに積んである小さな広場があることでしょうか。このような場所を何も知らずに素通りしたときなど、人によってはその夜、金縛りにあったりするのではないでしょうか。心霊研究ではこのような場所も注意して確認することが必要です。

万場坂に目印の道標がある

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万場を横から見たところ

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無造作に石ころが積み上げられている

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以前、この場所には注意案内がありましたが、現在はありません。

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2020年1月 3日 (金)

正月からオーブ

あけましておめでとうございます。
今年も心霊研究によろしくお付き合いください。

さて、今年は新年早々、どうしたことか参拝に行ったらオーブが神社本殿のところで一個せせら笑ってでもいるように映りました。
一応、レンズのホコリは映すときに毎回気をつけて拭いていますが、それでもオーブは映ってきます。
みなさま、今年もよろしくお願いします。

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2019年11月27日 (水)

霊に呼ばれる不思議な橋

みなさん、こんにちは。
大分寒くなってきましたが、もうすぐ12月!ですね。
さて、今日は不思議な橋の話をしたいと思います。
橋というのは昔から神話や伝説の世界では「この世とあの世」を結ぶ橋としてよく知られていますね。仏教では人は死ぬと三途の川を渡ってあの世に行くと信じられていました。罪の軽い人は三途の川にかかる橋を渡ってあの世へ、罪の中くらいの人は浅瀬を渡ってからあの世へ、罪の重い人は深いところを泳いでいかないとあの世へたどり着くことはできませんでした。
ところが、現実の世界に目を向けてみると不思議なことに、どういう訳だか、一部の人は大きな橋を目指して、そこから飛び降りてあの世に行こうとします。その橋の近辺をよく調べてみると、昔、その橋の近くが処刑場だったり、水難事故の多発地帯であったということが分かりますね。要するに、飛び降り自殺が多発する橋の近くには昔から因縁のある場所があるいうことが分かります。今般、調査を兼ねて現地を訪ねたところ、本当に不思議と言うしか表現が見当たりませんが、持参したデジカメが自宅に戻って確認してみたら、画像が全部記録されていませんでした。これも、不思議と言えば不思議ですが、一種の電子機器の異常ととらえることが出来るかも知れません。

今回調査した自殺多発の場所

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自殺名所の大橋

毎年、ここから数名、飛び降りる人がいる。橋の高さ22m
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水難事故多発現場

今年もここで2件の水難事故があった。
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青梅市にある自殺名所の橋

近くの川原に、昔の処刑場跡がある。
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2019年8月12日 (月)

お盆と七墓巡り

さて、今年も、もうすぐ終戦記念日とお盆がやってきますね。
そのお盆のことで【七墓巡り】についてお話ししたいと思います。
七墓巡りというのは一昔前の日本人の風習のひとつで、昔は各地に【捨て墓】というものがありました。
これは両墓制、すなわち、お寺にお参り専用の墓石を建て、躯(むくろ)は村の共同墓地に墓石を建てずに埋葬した時代の風習のひとつです。
明治になって個人の墓石を建立することが認められるようになったので、この両墓制は時代と共に次第に人々の記憶から忘れ去られたように思います。昔の人々は郷や谷と呼ばれるような地域でひとつの【捨て墓】を持っていたようです。その目印となっていたのが【桜株】や【鳥部(とりべ)】とよばれるような場所でした。2、3年前大坂の梅田の近くで【捨て墓】の跡らしいものが発見されて話題になったことがありましたね。江戸時代のころまで昔の人々はお盆のころになると【七墓巡り】というのをやっていたようです。

桜株/鳥部と呼ばれる場所

目印となっているのは桜の老木の周りに小さな神社やお堂があることでしょう。この場所では昔から幽霊目撃情報やらキツネに化かされたなどの話が残されています。

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昔の地図との照合

昔の地図と照合してみると、桜株と呼ばれる場所の近くに【捨て場】があるのが分かりますね。

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どうですか、みなさん。お盆の季節に肝試しに近くにある桜株を調べて行ってみたらどうでしょうか。



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2019年7月23日 (火)

恐怖!「ニソの杜」体験

今年は梅雨の季節によく雨が降りましたね。
豪雨で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

さて、今回は「ニソの杜」についてお話ししたいと思います。
「ニソの杜」というのは東京界隈では余り耳にしませんが、北陸や東北地方ではこの名前で呼ばれている斎場が多いようです。一部の地域では「ニソの杜」を巡るツアーなども企画されているようです。
「ニソの杜」のニソという言葉は先に紹介した二十三夜のことが訛って「ニソ」と呼ばれるようになったと伝えられています。すなわち、二十三を「にじゅうさん」と呼ぶのではなく、「にじゅうそう」と呼びます。その「にじゅうそう」が訛って「ニソ」と呼ばれるようになったようです。この「ニソの杜」の特徴としては
①近くに二十三夜塔が建っている。
②「ニソの杜」は関係者しか知らない場所にある。
③毎年十一月二十二、二十三日に直会が行われる。
④「ニソの杜」は先祖供養の場所になっている。
このようなところでしょうか。

関係者しか分からない「ニソの杜」

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「ニソの杜」に入ると社が見えてくる

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社の周りでオーブ反応がある


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「ニソの杜」はこのような雰囲気です。

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