死生学・スピリチュアル

2014年3月11日 (火)

大震災と供養

極楽の近道いくつ寒念仏(蕪村)

 今日は東日本大震災が起ってから早いもので三年目ですね。
あの日、東日本各地で被災にあわれた皆さまに心よりお見舞いと哀悼の意を表します。
昔は地域の寒い時期の寒行として寒念仏が各地で行われていたようで、俳句の季語として寒念仏が登場しています。
昔の人々は墓地の近くに寒念仏塔を建てて故人の供養を行っていたのですね。

石には魂が宿る

下の写真は自宅近くの石仏・石塔を調査したときのものです。この場所は天災にあった昔の村の人々が作った共同墓地跡だと考えています。
昔の人々は石仏・石塔をとおして、私たちに天災の恐ろしさを今に伝えているのかもしれません。そして、大事なのが、これらの場所が死者の供養のほかに生存者のこころのケアを行っていたという証です。

この場所は墓地のしるしに地蔵や庚申塔などの石仏・石塔を建てています。
奥にあるのが石祠(せきし)、これは多くが山の神を表したものだと伝えられています。建立された時期を調べていくと、そこに必ず天災の影が見え隠れして来ます。石祠にはそれが深く刻まれていますね。
地蔵は享保七年(1722)、庚申塔は享保十年代(1725~1734)、寒念仏は元禄十一年(1698)に建立されています。
その昔、元禄十六年には関東で大地震があり、特に享保の時代は日照りが続き大飢饉が発生した時代でもありました。そのことを、この場所の石仏や石塔は物語っています。

写真に見える寒念仏には黒鬼が登場します。赤鬼、青鬼は地獄にいて亡者たちを苦しめますが、黒鬼は現世で私たちを苦しめる鬼だと言われています。昔の人々は、その黒鬼にまですがって難を逃れようとしていたのですね。
私たちを苦しめる数々の天災、このような歴史の記憶を石仏や石塔に遺していった先人達、これらを次の代に伝えていくのも私たちの大事な仕事なのではないでしょうか。
民俗学の折口信夫(おりぐちしのぶ)が「石には魂が宿る」と説いたのは間違いないものと私は考えます。

これまでの石仏や石塔の調査からも分かるように、死者の霊は間違いなく石仏や石塔の周りに集まってくるようです。それは、その場所でスピリット・オーブがよく写真に写りこんでくるからですね。東日本大震災の地に石仏や石塔を建てて犠牲となった多くの死者を供養することも私たちの大事な務めだと考えています。
3・11東日本大震災を私たちはいつまでも忘れることはありません。

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2013年10月12日 (土)

金縛りと共時性

金縛りって何なのだろう!?

 最近、私の身辺で不思議なことがあったのでお話します。
わが家には今年14歳になった雌猫がいましたが、先日、不意に死去しました。死ぬ直前までは老齢で痩せてはいましたが食欲もあって、外にもよく出かけて、まだまだ長生きするだろうと考えていたので大変残念でした。
ペットを飼われている人にはよく分かると思いますが、あっという間に彼女は天国に召されて行って何といっていいか、同じ家族として大変悲しい出来事でした。
私は毎日、日記をつけていますが、元気だった彼女が死ぬまでの不思議な出来事を下記に紹介します。

○H25年9月29日(日
 この日、早朝に久しぶりに金縛りにあう。
 自分でも金縛りにあったのが何故かよく分からず。

○H25年9月30日(月)
 夕方、出かけていったミー(猫)が夜になっても帰って来ない。

○H25年10月1日(火)
 この日もミーが帰って来ないので、近くの神社に出かけて願掛け。

○H25年10月2日(水)
 午後1時30分頃、ミーが帰宅。少し体調不良。

○H25年10月4日(金)
 早朝4時30分頃、ミーが外に出たいと騒ぐので外に出してやった。
 この日もミーは帰宅せず。

○H25年10月5日(土)
 夜11時頃、ミー帰宅。随分と衰弱していた。

○H25年10月6日~7日
 ミーに食事を与えるも吐き出す。衰弱がひどくなった。

○H25年10月8日(火)
 午後5時10分頃ミー永眠。

金縛りと共時性、本当にあっという間の不思議な出来事でした。
下の写真はありし日のミーの姿です。天国でやすらかにね。

Cat112

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2012年7月 8日 (日)

幽霊とスピリット・オーブ

これまでの幽霊とスピリット・オーブの調査内容を動画にまとめてみました。

ご覧になってご意見をいただければ幸いです。

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2010年3月22日 (月)

超心理と死生学

死生学に生かそう!

今日のNHKスペシャル番組で命をめぐる対話、“暗闇の世界で生きられますか”というのが放映され、大変感銘を受けた。
この番組では作家・柳田邦男氏が、眼球運動などでしか意思伝達ができない状態「閉じ込め症候群」の患者と半年にわたって向き合う姿が紹介されていた。
このなかで、全身の筋肉が動かなくなる難病を患った患者は「完全に『閉じ込め症候群』の状態になったら死なせてほしい」と訴えられていたが、柳田邦男氏はこのような問題は単に現在の法律だけでは解決が難しいのではないかと結ばれていた。
最近、死生学という学問のことをよく耳にすることが多いが、末期患者に対する医療行為のなかで超心理が果たす役割があるのではないかとよく思う。
超心理の世界では、よく【代替医療】というもののなかで心霊治療などのまがい行為が詐欺事件として報道されたりするが、治療ではなく死生学の観点から末期患者に対して、いわゆる宗教で取り上げられる【死者の書】のようなことができるのではないかと思っている。
死というものは、自分の身近に迫ると誰でも怖いものである。しかし、死後存続のように僅かな光明があるのであれば、死に直面している人間にとっては、それを逆らわずに受容しようという考え方が出てくるのではないかと思う。
写真はNHKスペシャルから。

            あらゆる国で死は終わりを意味します
            死が訪れるとカーテンは閉ざされる
            スペインは違います
            スペインではカーテンが開かれるのです

       フェデリコ・ガルシーア・ロルカ
         (訳 つづみ 直)

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