心霊理論1

2015年8月22日 (土)

幽霊は捕まえられる?

どうやって幽霊を捕まえるの?

 幽霊は捕まえられるか?なんて面白そうなタイトルをつけてみましたが、昔、アメリカのオカルト映画で「エンティティ」というのがあって、その映画では霊魂を凍らせて捕まえよう!という場面があったことを思い出しました。
日本国内では、このような発想を持つ人は余りいないように思いますが、心霊研究とやらにどっぷりと浸かってみると、どうしたら霊魂やら幽霊といったものを実際に捕まえることができるだろうかと現実的に考えてしまいます。やはり、霊魂や幽霊の存在を証明するのには実際に彼らを捕獲することが何よりですが、かと言って彼らを捕獲するのは現状の技術では至難の業なのです。
しかし、それでは研究というものは前に進みませんので、何か手だてを考えなければなりませんね。どなたかグッドアイデアのある方の意見をうかがいたいところです。

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先ずは幽霊たちの性格を調べよう

 これまでに私の前に姿を現した幽霊たちの現れ方を分類してみると、大きく三つに分けることができるようです。下の写真にあるように、先ず私が最初に会った幽霊クリウですね。彼は濃いガス状のかたまりで私の目の前を横切って行きましたので、スモーク(煙)型と呼ぶことにしました。次に幽霊ボンボリですね。彼はカメラのレンズを結露させて姿を現したのでフォッグ(霧)型、三番目は幽霊カツヌマです。彼は有名なレイナムホールで写された「褐色の貴婦人」と姿かたちがそっくりです。従って、このようなタイプをスモッグ(煙霧)型と呼ぶことにしました。
このように分類してみると、彼らをどのような方法で捕獲するか・・・、現状ではまだ名案が浮かんできませんが、彼らはそう簡単には捕まえることが出来そうにありません。この三つのタイプの幽霊たちの性格をよく調べてから捕獲方法を考えないといけませんね。どなたかグッドアイデアをお持ちの方があれば、ご意見を募集中です。

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2015年7月25日 (土)

心霊写真の検証法

和尚さんだって幽霊は怖い!?

夏、真っ盛りですね。昨日、NHKの新日本風土記という番組を見ていたら幽霊屋敷の特集をやっていたので興味深く拝見させていただきましたが、そこで気づいたのが、幽霊ってお寺の和尚さんたちも怖いんだなぁということでした。お寺の和尚さんたちも、やはり人の子でしたね。

写真というのは二次元の世界

さて、話は変わりますが、世のなかに出回っている心霊写真の多くが偽造されたものと考えられていますが、全てが偽造されたものとは言えないようです。私の撮影した写真のなかにも幽霊やオーブ、その他、光、にじみ、ピンボケなど原因不明のものが多数捉えられていますが、撮影時に気づいたものはオーブなど数点で、気づかないものが驚くほど多いのです。屋外で写真を撮っていると周りの景色に気を取られるためだと考えています。これらの写真は超常現象に関心がある複数の人に検証してもらいましたが、まだ、どなたからも検証結果が示されていません。写真というのは二次元の世界なので、それだけで白か黒かを検証するのは難しいというのが、ひとつの理由です。

合成写真の検証は簡単にできる

私が考える心霊写真の検証法としては、現在のカメラはデジタル・カメラが主流なので、その写真の画像情報を読み解く方法があります。故意に偽造されたものは画像情報が撮影者や編集者の手で故意に書き換えられている場合もありますが、一般的には画像を合成すると、撮影したときの画像情報の一部が表示されなくなりますので、合成されている可能性が高いのです。写真の画像情報はプロパティの詳細情報から簡単に確認できます。

撮影者の心理と現場検証

次に写真を撮影した人の心理状態です。ひと昔前のフイルム式カメラの場合は、写真撮影後、専門店にフイルムを持ちこんで焼き増ししてもらうパターンであったために手間がかかり、だいたいが記念写真、すなわち旅行先の写真、運動会、卒業写真、家族記念写真などが撮影の主流でした。従って、この時代は記録を残すために構えて写真を撮ったというのが一般的な撮影者の心理として理解できるのです。ところが、最近の写真の嗜好は昔と大きく変わり、誰でも好きなときに、好きな写真が撮れる時代になりました。デジタル・カメラですから誰でも簡単に合成写真も作れるのです。このために、心霊写真が写ったという写真を検証するときには、撮影者の心理、すなわち、何のために撮影したのかという動機を調べる必要があるのです。例えば、下の写真を見てもらえば理解できると思いますが、この写真は四人の女性をどこかの場所で記念撮影したもののようです。向かって左から二番目の女性の頭部分が欠けているように見えますが、これは、「はい、これから心霊写真を撮りますから、シャッターを押す時に合図するから、二番目の女性は首を動かして頭を隠してね」と言わんばかりのポーズをとっているのです。従って、この写真は人を驚かせたいために撮ったという撮影者心理の表れです。私の場合も多くが心霊スポットでオーブなどが写ることを念頭に置いて撮影していますから、第三者が見ると極めて不自然なものが多いのです。従って、他人に説明するときは必ず写真を撮った動機を付け加えて説明しています。
最後に現場検証です。下の写真にもあるように心霊写真としてよく引き合いにされる華厳の滝をバックにした有名な写真です。この写真は既に複数の人たちが現場検証を行っているので、心霊写真ではないことが証明されています。すなわち、親子連れの足下に人の首が写っていたというのは、親子連れの後ろが坂道で下っているために、そこに、たまたまいた観光客の頭の部分が写っていたというのが事の真相なのです。私も不思議な写真が写ったときには、必ず現場に行って確認をするようにしています。従って、心霊写真の検証には、写真の画像情報を確認する、撮影者の心理を確認する、現場で再確認をする、この三点に絞れば、心霊写真の多くが偽物だというのが分かりますね。みなさんも、このやり方で一度、心霊写真の検証をやってみたらどうでしょうか。

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2015年7月21日 (火)

肩こりって憑依現象?

重度の肩こりは憑依現象なの?

最近、私の周りでも夏場にはクーラ病などで肩こりに悩んでいる人たちをよく見かけます。肩こりは言ってみれば国民病のようなもので、誰でも一度はかかる肉体疲労の症状として扱われています。しかし、一度、憑依というものを体験してみると、季節に関わりなく長期的に悩まされることがあり、肩こりというものが全て病理学的問題なのか疑問を抱かざるを得なくなります。昔から日本では、憑依に会うと肩に何者かが乗っているような感覚になると伝えられていますが、これらは現実に起るのです。特に重度の肩こりの場合は、肩に鉄板が埋め込まれたような違和感を覚えたり、キリキリと両肩が締め付けられるように痛みだす症状などが表れます。これらの痛みの特徴は医者から処方してもらった薬では目立った効き目がみられないということです。しかし、不思議なことに、これらの痛みは心霊スポットに出かけて行って、その場所を供養して戻ってくると治まる場合があるのです。科学の進んだ世のなかにあって、そのようなことは迷信だなどとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れませんが、先ずはご自分の目で確かめることが必要です。憑依にはこの他に夢にうなされたり、写真に頻繁にオーブが写るようになったりとか身の回りで不思議な出来事が頻発するようになるのです。これらの特徴をよくみて、自分が今、憑依にあっているかどうかの判断が必要です。

憑依を気づかないことがある

また、憑依というのは本人が気づかないうちに起ることが多く、周囲で不吉な出来事や不思議な体験が頻発するようになったら、近くの神社やお寺などに出かけて相談することをお勧めします。また、憑依の期間は私自身の体験から少なくとも十年くらい続きます。最初の二、三年は驚くほど頻繁に不思議な体験が続きますが、その後はグラフのようになだらかな下降をたどって行くのです。これを私は憑依曲線、別名への字型に見えるのでへの字曲線とも呼んでいます。従って、一度憑依を受けた人は元の正常な身体に戻るまでに十年程度の辛抱が必要と思われます。また、憑依を受けた場合、古くから霊能者や霊媒師による除霊という儀式のようなものが伝えられていますが、これまで、私が調べた範囲では確かな証拠は得られていませんが、地元で信頼の篤い霊能者や霊媒師の方がいらっしゃったら、除霊を受けてみるのもいいかも知れません。

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2014年12月 6日 (土)

霊魂存在を信じない人々

超心理学的な解釈

 あっという間に12月ですね。今年はNHKで超常現象やダークサイドミステリーなどの特集番組があって心霊現象にも関心が集まった年だったのではないかと思います。
今年もいろいろな場所に行って調査を行ってきましたが、余り大きな収穫は得られなかったですね。先のブログでもお話しましたように自分の身体から通称「霊感」と言われるものが低くなったからのように思っています。
すなわち、心霊体験をすると憑依と呼ばれるような現象が自分の体内で起って、それで自分の身体が「霊体」となって周りに存在する霊たちが集まってくるのではないかと考えています。従って、霊感というものはいつまでも続くのではなくある期間が過ぎると消滅するのではないでしょうか。

ある超心理研究者は霊魂仮説について、このように述べています。

超心理学者は霊魂仮説を信じる者ではないこと、にもかかわらず両者を同一視する誤解があること、霊魂仮説には問題が多いことが次々に論じられ得る。
筆者は霊魂という個物を身体という箱に閉じ込めるような思想を「詰めこみ理論」と呼んで排除し、かわりに「拡がり理論」を提案する。それにより心の理解や超心理現象の理解が進むと見込んでいる。(超心理マニアのためのブログ:マット石川)

超心理を研究する人たちは「先ずは霊魂ありき」ではなく、我々人類が起こす「錯覚」などの誤認を排除して、できるだけ科学的な理論に基づいた研究が必要だ、ということになるのでしょうか。

「幽霊クリウ」をどう見るか

 さて、それでは、今から12年ほどまえに私が長野県の某所(奇跡の森)で出会った「幽霊クリウ」をどう解釈すればいいのでしょうか。
これが私が霊魂の存在を確信した原点であって、これまで、たくさんの人々に説明してきたものです。
下の写真に「幽霊クリウ」の実際の写真と、その後、判明したなかに周囲が古墳群らしいことが分かったのが大きな霊魂存在の証拠です。要するに私は知らない間に古墳群のなかにひとり迷い込んでいたのです。

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再現性の検証

 地元では(奇跡の森)にいるものを「山のもの」と呼んで恐れているのです。「山のもの」とは、人間界のものではないことをそう呼んでいるようです。そこに嘉永元年に地元の人々が「百番供養塔」を建てて供養しているのです。
私は当初から、このような伝承があることすら知らなかったので遭遇したものを「幽霊クリウ」と呼んでいました。要するに、この場所では地元の人が呼んでいる「山のもの」は出現の再現性があることを物語っているのです。超心理学の世界では超常現象など再現性に乏しいのが難問のひとつだと言われますが、ある種の条件がそろえば再現するのではないかと考えています。

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「祟り」の検証

 地元の人々は私が奇跡の森と呼んでいる場所に百番供養塔を建てて「山のもの」を供養していたんですね。嘉永元年(1848)といえば、その前年に弘化の大地震というのが甲信越で発生して死者行方不明者が15000人ほどあったと伝えられている大地震だったようです。そして、私が心霊体験したまさにその場所に昔の人々は百番供養塔を建てて供養したという事実ですね。
時は流れて昭和、平成と時代が変わって、平成元年(1988)に奇跡の森には大規模な大理石の鉱床があるらしいと分かって、地元の村では、その質のいい大理石を活用して大々的に売り出そうと考え大理石祭というのを開催しました。ところがどっこい、周囲で不吉なことが起りだして大理石の産業化は露と消えてしまったのです。私が「幽霊クリウ」と出会った12年前、実際に起った話しです。
私も奇跡の森で「幽霊クリウ」、そして「ひとだま」にも出会って夢にうなされるなど、これまでにとても大変な体験をしました。祟りは実際に起るという証拠ですね。下の写真が現在も奇跡の森に残る大理石祭で切りだされた大理石のかたまりです。

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現場第一主義の必要性

 霊魂存在をどのように見るかは、肯定派、懐疑派とまだ意見が分かれていますが、やはり大事なのは心霊体験談をたんなる体験談と見るのではなく、自分自ら現場に出向いて検証する必要があるのではないかと考えています。少なくとも「幽霊クリウ」は霊魂存在の証明として専門的に検証する価値があるものです。下の写真は今も奇跡の森に残る古墳群らしい石積です。周りにたくさんあるのが分かりますね。

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2014年2月26日 (水)

ここまで分かった寄霊現象

電子機器が狂う寄霊現象

みなさん、こんばんは。早いもので今日は2月26日、もう、あと二日で2月も終わりですね。2月は“逃げる”と言われるように、あっという間に通りすぎていきますね。
さて、よく心霊スポットなどで電子機器が狂うということを耳にしますが、私も何回かこの経験があります。
これまで、いろいろな心霊スポットに出かけては、この「電子機器が狂う」ミステリーを調べて来ましたが、私なりに中間的な結論がでましたのでお話したいと思います。
まず最初に電子機器が狂うという事象は、その電子機器が人の手や身体に身につけているときにのみ起きるということです。それ以外のときは異常は発生しません。
電子機器ばかりでなく方位磁石などでも発生することがあります。下の写真にもあるように身につけている腕時計なども対象となります。従って、心霊スポットの調査を行う時には調査前と調査後に時間のずれがないか腕時計の確認を行う必要がありますね。
これまで、私が経験した心霊スポットでの電子機器類の異常は次のようなものがありました。

○腕時計が5分ほど遅れた。
○方位磁石が10秒ほど狂った。
○GPSのルート表示が狂った。
○ビデオカメラのズームがきかなくなった。
○バケタン(お化け探知機)から異常音(アラーム)が出た。

以上のようなものがあげられます。
これらの異常は常に発生するものではなく、ある心霊スポットに出かけて最初のころによく発生します。その理由は残念ながらまだよく分かっていません。
従って、これらの事象をよく検討した結果、心霊スポットで起きる電子機器の異常とは、先ず、人の手や身体につけている電子機器や方位磁石などで発生しやすいという事が言えるのではないかと考えます。

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スピリット・オーブも一種の寄霊現象

このように考えてみると、今、世間で注目が高まっているスピリット・オーブも一種の寄霊現象だということができますね。
必ず人が手にしているカメラにのみ反応し、無人カメラには写らないということになります。
無人カメラにオーブが写るのであれば、それはホコリや霧雨、昆虫の類が犯人だということになりますね。

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2013年11月19日 (火)

幽霊って何だろう

心霊研究のむずかしさ

 現在の超心理学という世界では、私たち一般人が学術的に「幽霊」の存在を説くことは、非常に嫌う人たちがいて論文ひとつ書くのにも神経を使う状態ですね。でも、どこそこの大学の先生が、外国の幽霊にかんする論文を翻訳して発表することにかんしては何の反発も起きないのだから、今の日本の学術団体の体質そのものだとよく思いますね。
どこかの会合に行って、よく耳にするのはアメリカに行って発表して認められれば、日本でも認める人が出てくるだろうと言う悲観的なアドバイスを受けることがあるので、とても残念ですね。科学という世界はもっと公平であるべきではないかとよく思います。
でも、文句ばっかり言っててもしょうがない。地道にやるだけですね。いつかきっと世論が盛り上がる日も来るでしょう。

「霊」は集団化する!?

さて、その問題の「幽霊」の話です。昨年から今年にかけて私は様々なスピリット・オーブたちとも遭遇してきました。それらのスピリット・オーブたちはカメラのレンズの前に現われて、動いているのもありましたね。
そのスピリット・オーブたちは大きさ形状を調べてみると、だいたいが30~数十ミクロン程度の大きさで形状は球状です。普段は透明に近い状態で、レンズの前で小さな気象現象を起こし水滴をレンズにあててくるところまで判明しました。
従って、個々のスピリット・オーブたちは非常に小さいミクロの世界のものであるのです。では、幽霊って何なのだろうということになりますね。それは、考え方を変えれば海の中で小魚たちが大魚たちからの捕食を免れるために集団化という行動を起こすことがありますね。それと同じことがどうも「霊」の世界でも起っているのではないかと考えます。
私が今から11年前に初めて遭遇した「幽霊クリウ」はそのことを物語っているのではないかと考えています。霊の集団化、みなさんはどう思いますか?

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幽霊クリウは「霊」の集団化した姿か!?

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2013年5月 4日 (土)

宇宙物理と心霊研究

物質って何だろう?

 最近、宇宙の話題でダークマター(暗黒物質)がよく取り上げられている。
私は物理の専門家でないので複雑なことはよく分からないが、電磁波でなく質量があってエネルギーを持った目に見えない物質だと紹介されている。それを宇宙物理学者たちが毎日のように世界各地で血眼になって調べているのである。
さて、物質というのは一体全体何なんだろうと心霊研究の立場から考えてみようと思う。下の図にあるように、このイラストは「物質の三態」というものを分かりやすいように描いたものである。固体は原子がいっぱいつまったもの、液体は原子が固体より少なく、気体はそれよりも少なくなったものである。
このように現在の世の中では物質を三態に分けて考えているのである。

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中間観念という考え方

 仏教の世界では子供から大人に変わる年齢(一般的に15歳)を中間観念(ちゅうげんかんねん)という呼び方をする。要するに大人でも子供でもないというふらふらした年齢である。この頃は親に反抗したり思春期と呼ばれる行動が目につくようになるから、人間の年齢行動も実に面白いものだと思う。
この中間観念というものを宇宙物理に応用してみるのもいい考えだと私は考えている。下のイラストにも表しているように原子自体が宇宙の始まりのときにあったとは到底考えられない。無の世界からいきなり原子が誕生する訳ではなく、そこに中間的な何かの作用があって無から原子に移行するのではないかと仮説をたてることができる。
要するに無から原子が誕生する過程でダークマター化が起ると考えればいいのではなだろうか。それは逆のことも考えられ、原子が消滅するときにダークマター化が起るのではないか。このような理論を考えると、生命が消滅するときに、それは完全消滅ではなくダークマター化が起るのではないかとも考えることができる。
宇宙物理と心霊研究はこのようなところでつながってくると私は考えている。

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2011年10月19日 (水)

心霊体験の検証(乗客が消えた!?)

乗せた乗客が消えるのは何故か?

 よく心霊体験のひとつにタクシーやバスなどに乗せた乗客が消えたという体験談を聞くことがあるが、この事例について検討してみよう。
そして、これらの体験談の多くに消えた乗客が坐っていた後が濡れていたというのが含まれている。すなわち、消えた乗客と水滴は幽霊遭遇体験ではセットになっていると考えればよい。
これはオーブの調査でも分かってきたことであるが、霊魂というものは我々生身の人間よりも冷体だと考えることができる。このために霊魂が幽霊として人間の前に姿を現す場合は、その空間に気象現象で言うところの低気圧が発生して、そこに水滴が生じるという科学的な理論が成り立つ。
筆者もこのような体験をしたことがあるが、あるお葬式の時に雨も降っていないのにもかかわらず室内の湿度が90%近くにまで上昇し、周りの衣類が湿っぽくなったことがある。その時は余り深く考えてな見なかったものの、今になって考えれば、その場所に霊魂がいたために周囲が湿っぽくなったと分析することができる。
この湿度と霊魂の関係については、バスやタクシー、室内などの限られた空間では湿度90%前後を判断材料にできるが、心霊スポットなどの大きな自然界では多地点測定法による測定でないと判断が難しい。

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2011年10月11日 (火)

霊魂と「場」の研究

ネコの不思議な交尾行動 

心霊研究では心霊スポットなどでの調査が主流となっているが、霊を唯心論で考えてみた場合、心理学的なこころと「場」の関連についての研究も必要だと思う。
下に示す図1~3は猫の縄張りと交尾について調べたものである。一匹の雄ネコと三匹の雌ネコが雄ネコの縄張り(テリトリー)の中にいる。三匹の雌ネコは姉妹であり、観察していると上から順にABCと序列がある。
雄ネコは三匹の雌ネコとは血縁的に縁もゆかりもない雄ネコである。

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この三匹の雌ネコと一匹の雄ネコの動向を観察しているうちに面白い猫の交尾現象を見ることが出来た。先ず、図2に示すのが最初に雄ネコが雌ネコAと交尾をして、雌ネコAは妊娠して出産した。このとき、雌ネコBとCは発情せずにいたが、図3に示すように雌ネコAを雄ネコの縄張りから外すと、今度は雌ネコBが発情し雄ネコと交尾して妊娠して出産したのである。
同じように、雌ネコBを雄ネコの縄張りから外すと次に雌ネコCが発情して雄ネコと交尾して妊娠し出産した。この事例では、たんに生物学の世界だけでは雌ネコ三匹姉妹の発情期の説明ができない。生物学的に考えるならば雌ネコ姉妹の発情期は同じはずだ。それも序列の高いメス猫を縄張りから外していくと、下位の雌ネコが発情していった。

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「場」の力が働いているのではないか

これらの一連の猫の交尾行動をみていくと、図4の通り我々を取り巻く世界には生物体と生物体の間に「場」という力が働いているために、今回のような調査結果が現れたと言えるのではないかと思う。この「場」というところに霊魂の存在するエリアが潜んでいる気がする。

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2011年9月10日 (土)

霊と誘惑現象

三途の川は霊たちの誘惑現象である

 私たちの身近で三途の川の夢を見たことがある人が僅かであるがいるのは確かだ。その人たちの共通の話は三途の川を渡ろうとしているときに、そこが三途の川だと分かってあわてて途中から引き返して夢から覚めたという体験である。
筆者もこの体験をした一人である。それは、やはり霊魂の憑依を受けた頃の体験だ。夢のなかでトイレに行こうとして階下に降りていくと玄関の隅がなんとなく明るい。目を凝らしてよく見ると小さな扉があって、そこから光が漏れていた。その扉は人が四つん這いになって通れるほどの小さな扉で、筆者はその扉からなかへ入って行った。
扉の中は薄暗く、ちょうど裸電球のようなものが点灯していて、入るとすぐに梯子が下の方に伸びていた。恐る恐る、その階段を下りていくとやがて地面に足がついた。不思議なことに小川の流れるような音が聞こえてきたが、その時はわが家の地下に小川が流れていた!と正に現実の感覚だったことを今でも思い出す。これこそ<明晰夢>と言われる夢であったと思うのである。
梯子から降りてしばらく小川の流れる音の方へ歩いて行くと、薄暗い中に川の流れが見えた。水深はそんなに深くはなく対岸までは素足で歩いていけるような感じだった。対岸をよく見ると夜の闇のなかに三人の人影が見えた。暗いからその人たちの顔は見えなかったが、間違いなく人影は3人だった。それから、その川を渡ろうと思っているときに、ここが三途の川だと気がついた。
そして、そこからあわててもと来た場所に引き返しているときに会社の同僚のIさんと出会った。そこで同僚のIさんに、ここは三途の川だから早く引き返そうと話をしているときに夢から覚めて我に返った。ここまでが夢で見た三途の川の体験である。
それから会社に行ってIさんのことが暫く気になっていたが、不思議なことはやはり起った。暫くしてIさんの奥さんが生死を分けるような大病になって入院した。幸い、奥さんは一命を取り留め退院されたが、やはり三途の川の夢は正夢だった。
このように考えてみると、夢で見る三途の川は霊たちがあの世(彼岸)に我々を誘う誘惑現象なのだと考えてもよいと思う。その誘いに乗った人たちが、そのままあの世へと旅立ってしまうのだから三途の川の夢を見たら焦らずに引き返す勇気が必要だと筆者は自身の体験から考える。

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