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2016年7月 1日 (金)

異界の記憶(なぜ人を火葬にしたか)

みなさん、こんばんは。もう早いもので七月、一年の半分がすぎてしまいましたね。さて、今日は日本人が「なぜ人を火葬にしたか」についてお話をしたいと思います。
人の火葬なんて縁起の悪い話だといぶかる人もいらっしゃるかも知れませんが、心霊研究では大切な知識の一つです。

仏教とともに伝来した火葬?

一般的にみれば日本の火葬は仏教の荼毘(だび)の風習が背景にあると言われていますが、昭和40年代ころまでは多くの地方では村に共同墓地があって、そこでの野辺送りによる土葬が主流でした。これは年配者の方であれば、よくご存じのことだと思いますが、江戸時代まで続いた両墓制が背景にあるのだと考えます。

Kofun115

古墳時代にも火葬の風習があった

そのなかで火葬の歴史を振り返ると、各地の古墳で火葬の痕跡が見つかっているのも事実です。下の写真が東京都あきる野市の瀬戸岡にある古墳のひとつで、ここでも火葬の痕跡が確認されているのです。

Kofun112

なぜ人を火葬にしたか

この疑問を調べていくと、同じく東京都あきる野市の郷土資料のなかに、昔の人々が人を火葬にした記録が見つかりました。この資料によれば留原(ととはら)地区では疫病などで人が死んだ場合は、決められた山腹に運んで火葬にしたことが記されていました。まだ、この記録だけで全てとは言えませんが、日本人が人をなぜ火葬にしたかの一因が分かったのです。

「どうぶつ」と呼ばれた火葬場があった

あきる野市の郷土資料によると、留原地区では村の山腹に火葬場があって、そこを「どうぶつ」と呼んでいたそうです。疫病などが原因で死者がでると、死者はそこへ運ばれ火葬されていました。火葬が終わると、そこには目印となる墓標などは一切立てなかったようです。したがって、年配の村人以外、「どうぶつ」と呼ばれた火葬場のありかは誰にも分らないようになっています。東京都あきる野市には軍道(ぐんどう)地区にも山腹に火葬場があったことが伝えられていますが、いずれも現地を調べてみましたが、火葬場の痕跡を見つけることができませんでした。私も何度か山中で不思議体験をしていますが、その場所は「どうぶつ」と呼ばれた火葬場跡なのではないかとも考えています。下の写真のように山中にある小さな広場が「どうぶつ」の場所だったのではないでしょうか。どうですか、みなさん、日本人の火葬の起源らしいものの姿が見えてきたでしょうか。

Kofun113

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