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2013年11月

2013年11月19日 (火)

幽霊って何だろう

心霊研究のむずかしさ

 現在の超心理学という世界では、私たち一般人が学術的に「幽霊」の存在を説くことは、非常に嫌う人たちがいて論文ひとつ書くのにも神経を使う状態ですね。でも、どこそこの大学の先生が、外国の幽霊にかんする論文を翻訳して発表することにかんしては何の反発も起きないのだから、今の日本の学術団体の体質そのものだとよく思いますね。
どこかの会合に行って、よく耳にするのはアメリカに行って発表して認められれば、日本でも認める人が出てくるだろうと言う悲観的なアドバイスを受けることがあるので、とても残念ですね。科学という世界はもっと公平であるべきではないかとよく思います。
でも、文句ばっかり言っててもしょうがない。地道にやるだけですね。いつかきっと世論が盛り上がる日も来るでしょう。

「霊」は集団化する!?

さて、その問題の「幽霊」の話です。昨年から今年にかけて私は様々なスピリット・オーブたちとも遭遇してきました。それらのスピリット・オーブたちはカメラのレンズの前に現われて、動いているのもありましたね。
そのスピリット・オーブたちは大きさ形状を調べてみると、だいたいが30~数十ミクロン程度の大きさで形状は球状です。普段は透明に近い状態で、レンズの前で小さな気象現象を起こし水滴をレンズにあててくるところまで判明しました。
従って、個々のスピリット・オーブたちは非常に小さいミクロの世界のものであるのです。では、幽霊って何なのだろうということになりますね。それは、考え方を変えれば海の中で小魚たちが大魚たちからの捕食を免れるために集団化という行動を起こすことがありますね。それと同じことがどうも「霊」の世界でも起っているのではないかと考えます。
私が今から11年前に初めて遭遇した「幽霊クリウ」はそのことを物語っているのではないかと考えています。霊の集団化、みなさんはどう思いますか?

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幽霊クリウは「霊」の集団化した姿か!?

Ghost103


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2013年11月12日 (火)

昭和のレトロなオーブ

昔からオーブは写真に写っていた

 随分と寒くなってきましたね。さて、私たちは写真に写るオーブについては、現在と昔、すなわち、昔は写らなくてつい最近の現象なのではないかと考えたりすることがありますね。
確かに、どうして最近になってオーブが写真に写るのだろうと不思議に思う方も多いかも知れません。その問題は、以前、ここのブログでも取り上げましたがデジタル・カメラの普及にともない、誰でも簡単に好きな時に写真が撮れるようになったのが背景にあげられます。
先に、ここのブログで「縄文人の魔よけ」について紹介した写真をよく調べてみると、オーブが1個写っているのが分かりました。最初は寒念仏塔の近くに白くて丸いものが写っていて、それは太陽だろうと考えていました。しかし、それは太陽ではありませんでした。
何故なら、この写真は角度が東北の方角を向けて撮影してあるからです。従って、太陽が写ること自体が不自然であるのです。この写真は昭和26年ころに撮影されたものと分かっていますので、そのころの写真にもオーブが写っていたことを物語っています。
それから、この写真の場所は地元では「もみじ塚」と呼ばれていますが、全国的には「将軍塚」などとも呼ばれているようです。やはり石仏や石塔の近くでオーブが写りやすいのは間違いないようですね。

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2013年11月 5日 (火)

石仏に宿る霊

迷信?!この不思議な出来事

 心霊研究で石仏や石塔の調査をしていると、時々、不思議な噂や伝承を見たり聞いたりします。例えば、ある場所のお地蔵さんは、身体の一部に触れると病が治るなどがあげられますね。
私はこのような噂や伝承などは、たんなる迷信のようなものだと最近まで思っていました。でも、下にある写真の石仏に出会ったときに不思議な体験をしましたのでお話します。
この石仏については、ここのブログで以前ご紹介したものです。ことの始まりは、私が石仏や石塔の調査であるお寺の境内にある三界万霊塔に出会ってからです。この三界万霊塔というのは石仏・石塔の世界でもとくに異体字で刻印された文字が多いようです。その理由は未だによく分かっていません。
この三界万霊塔は下の三文字が異体字で表現されていて、その異体字の解読に成功してからのことでした。今年の四月にそのお寺のご住職に三界万霊塔に刻んである異体字について解読した内容を説明すると、不思議なことに、お寺のご住職がその三界万霊塔にまつわる話をすらすらと持ち出されてきたのです。
その時は私もお寺のご住職だから当然の知識をお話されたのだろうと思って別に不思議でもなんでもありませんでした。その後、何度かこのお寺を訪れていますが、今になって分かったのは、同じ頃にお寺のご住職にその石仏にまつわる不思議な夢の体験があったようです。
この三界万霊塔は今から300年ほど前の寛政のころに建立されたものですが、石仏のモデルは当時のご住職(尼僧)でした。この三界万霊塔は万霊塔の部分が異体字で「誰もかれも極楽浄土には自分の力で行きなさい」と表現されていました。言ってみれば、当時の尼僧の方が辞世の句のようにしてこの石仏を遺されていたということになります。
その後、ご住職とも何度かお会いしていますが、お互い不思議な縁となってお話ができるようになりました。異体字の解読とご住職が見られた不思議な夢の体験。この偶然の出来事は何を物語っているのでしょうか、ねえ皆さん。

Sekibutu02

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