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2013年5月

2013年5月14日 (火)

処刑と御霊信仰

大悲願寺日記のこと

 これまで江戸時代の日本国内における処刑文化についていろいろと調べてきたが、やはり古文書から探そうとしてもその実態は皆無に近いほど闇の中の出来事のようでほとんど分からない。
下の本は五日市町(現東京都あきる野市)郷土館が平成5年にまとめた「大悲願寺日記 上・下」であるが、この本にそのヒントがあるのではないかと考えて調べてみたが、処刑にかんするものは何も書かれていなかった。
この大悲願寺日記というのは中身をよく精査して読んでみると実に面白い。あきる野市には現在50程の寺院が存在するが、江戸時代のころまで宗派を問わずこの大悲願寺は地域の総本山寺として大きな権限を持っていたようである。
末寺、その他に関わらず人事権も持っていたようであるから、すごいとしかいいようがない。その権限は今の八王子や入間市の方まであったようである。従って、この日記を読めば当時の武蔵国と呼ばれた地域の処刑のことも書かれているのではないかと期待したが、そのようなことは一切書かれていなかった。誠に残念無念!

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御霊信仰とは何か

 大悲願寺日記から考えられるのは寺院としては村の処刑には一切関わっていなかったということだろうと考える。
これまでに処刑場の跡と思われる場所を10ケ所ほど調べてみたが、共通してみられるのは石仏の頭がみな一様に切り取られていることである。
これは仏教の世界で言われる「御霊(ごりょう)信仰」、すなわち霊が祟ると昔の人たちは考えていたから、供養が背景にあるように思われる。

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「切欠」という思想

 東京都あきる野市には「切欠(きっかけ)」という珍しい地名がある。このような地名や名前は非常に珍しく、ほかに東北地方にも何カ所か存在するようである。
地名の語源を調べてみると「切り立った崖」という説がある。地元では「崖」のことをバケという。ガケとは言わない。下の地図を見てもらえば分かるように、地図の中にはバケと記されたところはどこにもないのである。従って、この「切り立った崖」説は妥当でないように思う。
私が考えるには切欠という地名は「切る」「欠ける」を組合わせたものが語源なのだろう。従って人を処刑する、すなわち首を「切る」、その後で石仏の頭を「欠ける」というふうに紐解いていくと、石仏の頭が何故欠けているのかが理解できるようになる。

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2013年5月 4日 (土)

宇宙物理と心霊研究

物質って何だろう?

 最近、宇宙の話題でダークマター(暗黒物質)がよく取り上げられている。
私は物理の専門家でないので複雑なことはよく分からないが、電磁波でなく質量があってエネルギーを持った目に見えない物質だと紹介されている。それを宇宙物理学者たちが毎日のように世界各地で血眼になって調べているのである。
さて、物質というのは一体全体何なんだろうと心霊研究の立場から考えてみようと思う。下の図にあるように、このイラストは「物質の三態」というものを分かりやすいように描いたものである。固体は原子がいっぱいつまったもの、液体は原子が固体より少なく、気体はそれよりも少なくなったものである。
このように現在の世の中では物質を三態に分けて考えているのである。

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中間観念という考え方

 仏教の世界では子供から大人に変わる年齢(一般的に15歳)を中間観念(ちゅうげんかんねん)という呼び方をする。要するに大人でも子供でもないというふらふらした年齢である。この頃は親に反抗したり思春期と呼ばれる行動が目につくようになるから、人間の年齢行動も実に面白いものだと思う。
この中間観念というものを宇宙物理に応用してみるのもいい考えだと私は考えている。下のイラストにも表しているように原子自体が宇宙の始まりのときにあったとは到底考えられない。無の世界からいきなり原子が誕生する訳ではなく、そこに中間的な何かの作用があって無から原子に移行するのではないかと仮説をたてることができる。
要するに無から原子が誕生する過程でダークマター化が起ると考えればいいのではなだろうか。それは逆のことも考えられ、原子が消滅するときにダークマター化が起るのではないか。このような理論を考えると、生命が消滅するときに、それは完全消滅ではなくダークマター化が起るのではないかとも考えることができる。
宇宙物理と心霊研究はこのようなところでつながってくると私は考えている。

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