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2012年8月 7日 (火)

百番巡礼の謎を解く

月信仰と三十三霊場巡礼

 10年ほど前、奇跡の森で百番供養塔に出逢ってから民間信仰というものが気になって研究してきたが、月信仰が霊場巡礼と深く関わっているのが最近になって分かってきた。
下の挿絵を見てもらえば分かるように月信仰では三、十三、十五、二十三というように少なくとも十五夜(満月)を除いては三という数字に昔の人はこだわっているのが分かる。この三という数字を縁起という目線で調べると一部の地方では三夜を産夜と呼んでいるところがある。産、すなわち、女性のお産のことである。
このように月信仰の目線で昔の人たちの考えを纏めてみると、三夜、十三夜、二十三夜は現世で見える月を指しており、三十三夜は旧暦では1ケ月は三十日(1ケ月は29日と30日があった)までしかなかった為に、二十三夜の後、あの世で見る月のことだと考えていたのではないかと推察できる。
従って、この考え方で推論してみると昔の人たちが霊場巡礼になぜ三十三ケ所という数字を出したかが理解できるようになる。三十三巡礼は発祥は「観音経」に説く三十三応身説というインド仏教に由来していると言われているが、その三十三という縁起数字は根本的に月信仰から出たものだと考えると三十三巡礼の考え方が理解しやすくなる。

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なぜ百番巡礼?なのか

 いろいろな資料を調べてみると、少なくとも鎌倉時代から南北朝時代のころまでは百番巡礼というものはなく、西国三十三巡礼、四国八十八遍路などが一般的に知られていたが室町時代になって西国三十三、坂東三十三、秩父三十四ケ所の巡礼地が確立され結願のための巡礼地となったことが記録に残っている。

なぜ西国、坂東、秩父が選ばれたのか

 いろいろ資料を調べても百番巡礼に西国、坂東、秩父の巡礼地が選ばれたのかを示す資料は見当たらなかったが、下の挿絵の通り西国は平氏ゆかりの地、坂東は源氏ゆかりの地であるから、選地の理由として恐らく平氏と源氏の先祖供養が背景にあると思う。 
秩父については西国や坂東と違い、秩父という狭い範囲の霊場が選ばれているところが大きな疑問があったが、札所の三十四霊場の水潜寺にその鍵があった。水潜寺は日本百番(西国、坂東、秩父)の結願寺で巡礼者がが打ち留の札と笈ずるを納める寺となっている。そして、この寺には本尊の千手観音と脇待に阿弥陀如来、薬師如来が祀られている。
この三体は千手観音が那智、阿弥陀如来が西国、薬師如来が坂東をかたどっているとされているので、秩父を昔の人は熊野と同じ信仰の地と考えたのだろうと推察することができる。従って、平氏、源氏、天皇家(熊野)の三本柱が百番巡礼の礎となったことが推察できる。

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最後に

 心霊研究ってのは、民間信仰などを探っていくと昔の人々の考え方が手に取るように分かってくるから実に面白い!ってことかな。
 

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