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2012年5月

2012年5月22日 (火)

オーブは生きている!

まるで生き物のように動き回る!

 オーブが我々の身の回りだけでなくオーブの衝撃の記事で紹介したように水中でも写っていることが判明したが、今回、オーブが筆者のカメラの前で自由に動き回る瞬間をとらえることができた。
まるで小さな生命体が動き回っているかのように見える。もし、この物体が小さな昆虫だったとしたら濃い影のように焦点がボケて見えるから、そのような物体でないようだ。このオーブが動く様子はこれまで二ケ所の心霊スポットで撮影できた。

オーブは石仏や石塔の近くで写る

 これまでの調査から、これらのオーブは路傍の石仏や石塔の近くでよくカメラに反応している。特に百番塔(供養塔)と庚申塔の組み合わせがある近くでよく反応するように思われる。
オーブに関心がある方は、是非このような石仏・石塔の周辺で撮影を試みていただきたい。

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2012年5月11日 (金)

街道の怪を謎解こう!

街道の怪を謎解こう!

 このブログでも紹介したことがあるが、古街道と呼ばれるところには昔から事故が多発すると噂される場所が多く残っている。
その場所にはお地蔵さまやお堂、民間信仰の石仏・石塔などが目印として建っているから、昔の人々はその場所で安全祈願などのお祈りを捧げて通り過ぎてきた。
街道の怪はたんなる迷信なのか、それとも心霊現象としてとらえるべきなのか。
それらの場所では言い伝えが必ず残っているから心霊研究では古老の話によく耳を傾けて研究することが必要である。

路傍の霊場を読む(人頭杖)

そのひとつが人頭杖(にんとうじょう)という石仏の存在である。人頭杖は仏教の世界では檀拏幢(だんだとう)として古くから知られていて杖の上で人の頭がふたつ並んでいる。そして、閻魔大王の横で死者が地獄へ行くか天国へ行くかの裁きを出す杖として役割を担っているものである。
下の写真はある街道の一角にある人頭杖である。最初はこの石仏の意味するものがよく分からず近くの人に由来を聞いてみても、頭がふたつあるから道祖神ではないかとか漠然とした返事があっただけで確固たる答えにたどり着いていなかった。しかし、先に「両墓制を探る」のなかで紹介したように祀り墓と呼ばれる墓碑群に人頭杖が置かれている場所があった。そうである、ここに正真正銘の答えがあった。昔の人々は墓地の入り口に人頭杖の石仏を建てていたのである。
石仏研究の世界では人頭杖というものは、たんに閻魔大王の横にあって云々というぐらいの紹介しかされていないが、心霊研究の立場からみれば人頭杖の存在は近くに墓地が存在することを意味している。要するに両墓制から考えれば「捨て墓」が近くにあるということだ。
昔の人は街道で行き倒れた人々を街道の一角に埋葬し、その脇に人頭杖を建てて目印にした。その場所で不吉なことが起りだすと百番塔と庚申塔を建てて、その場所が心霊スポットだという目印を現代に遺したのである。

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2012年5月 2日 (水)

両墓制を探る

どのお寺にも両墓制があった!

 これまで筆者の近くの寺院を両墓制という視点から20ケ所ほど調べてみたが、宗派に関係なくどのお寺にも、そこの墓地に両墓制の名残があることが分かった。
この両墓制のなかで祀り墓は祀り方によって集合型、万霊型、無縁型の三つに大きく分けられるようだ。この祀り墓はだいたいお寺の墓地入り口付近に殆どが設けられているから方式が分かってくると、自ずと祀り墓の目印が分かってくるようになる。

何故両墓制なのか

昔は公家や武士、民間の庄屋、地主といった身分の高い人々にはお寺の一角にきちんとした墓地があてがわれていたが、小作農民や一般の町民たちは自らの土地を持つことができなかったので、その人たちは死後、墓標も立てずに決められた場所の「捨て墓」に埋葬されたというのが両墓制というしくみだったようである。
従って、昔の日本人の多くは「捨て墓」に埋葬され、その人々を供養するために「祀り墓」をお寺の墓地の一角に設けたというのが両墓制の本質のようである。「捨て墓」はお寺のご住職なり檀家の方で話が伝わっている場合は、その場所はだいたい把握されているが、多くはどこにあったかも分かっていない現状のようだ。

1.集合型

 これまでの調査で、集合型に属する祀り墓は4ケ所あった。一角に墓碑が集められたもの、塔のように高く建てられたものがある。

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2.万霊型

 万霊型は万霊塔、三界万霊塔が墓地入り口付近に建てられている。この石塔は仏教界においてあらゆる霊を供養するために建てられたという説がある。
この万霊塔型の祀り墓が一番多く、11ケ所の寺院でみられた。

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これまでの調査から東京都檜原村には下の写真にもあるように、万霊塔が寺院から出て一般の路傍に二十二基が建てられているのが分かっている。

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3.無縁型

 無縁型は一般の墓石と同じような格好をしており、墓地入り口の檀家の墓の一角に建てられている。これらの墓碑はどれも新しいものばかりで、祀り墓を昔、それぞれの檀家毎に振り分けた後に目印として建てたものらしい。
これは5ケ所の寺院にあった。

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このように両墓制というのが分かってくると、お寺の墓地という所は我々が日常避けて通るところではなくて、何となく親しみをもって見ることができるようになると思う。

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