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2012年4月

2012年4月24日 (火)

ミステリー体験ツアーを開催

三年ぶりに「奇跡の森」へ!

 2009年以来、三年ぶりに長野県M村の「奇跡の森」へ4月20日の深夜から21日にかけて行って来た。今回は超心理学に関心のある男性Oさん、Iさんがミステリー体験ツアーを兼ねての同行訪問だった。
訪問場所は長野県の佐久地方の一角であるが、今年は例年になく寒いようだった。国道20号から別れて国道141号を北上していくと、清里の途中に南清里の道の駅があるが、例年だと芝桜が一面きれいに咲き乱れているのに今年は一輪も咲いていなかった。桜の花も佐久地方に入るとまだ堅いつぼみのままだった。朝方の気温は4℃、東京の気候から比べると1ケ月ほど季節が遅れている。
途中、野辺山高原はすごい霧で一寸先も見えないほどの朝霧がたって車の走行が大変だった。この時期、野辺山高原や佐久地方は朝方深い霧に覆われるから車の運転には注意が必要だ。そうこうして、ようやく三年ぶりに「奇跡の森」に午前7時過ぎに到着した。三年ぶりに訪れてみると若干辺りの雰囲気も変わってきている。午前10時の時報もローレライのメロディから一般の時報に変わっていた。
個人的にはローレライのようなメルヘンティックな曲が旅人にはこころが癒されると思うのだが、まことに残念!

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ミステリー体験ツアーの反省点

 今回は計画もまだまだ未熟だったせいか思うような成果はあまり得られなかった。一応、M村とK村の佐久霊場、七人塚などの心霊スポットを見て回って写真にオーブなどの特異なものが写ってないか、第二にミステリー体験ツアー後に不思議な夢を見なかったかの二点に絞って調査を行っている。
現在までに参加者のなかからはオーブのような特異なものは映ってなかったと報告があったが、不思議な夢については1週間程度の期間を経て、記憶に残るような不思議な夢を見た場合は調査用紙に内容を記入して今後の反省会の席上で照らしあわせてみたいと思っている。
まぁ、それでも今回目標としていた現地の「石仏・石塔と心霊スポット」の見分け方については参加者から少しわかったというような意見もあったから、ちょっとした成果はあったのではないかと思う。
今後、参加希望があれば今回の反省点も踏まえてミステリー体験ツアーを企画していきたいと考えている。

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野辺山天文台見学

 M村には入浴料350円という格安の村営スパがあって、そこでしばらく入浴休憩して帰路についた。途中、参加者から野辺山の天文台を見学(無料)していこうという提案があり、天文台を見学。
宇宙の研究には世界の膨大な国家予算が費やされて今や宇宙の果てまでの姿が観測されているのに、そのなかの宇宙人の存在については未だにもって解明がなされてないとは誠に持って不思議な話である。
超心理学という世界は、新しい時代を切り拓く上でもっと脚光をあびてもいいのではないかと個人的に強く主張したい心境でもあった。
とにかく野辺山天文台の設備には壮大で圧倒された。

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2012年4月20日 (金)

オーブ映像撮影に成功!

オーブの映像撮影に成功!

 オーブがカメラのレンズに付着して、成長し消滅していく過程の映像がこのほど見事に撮影出来ました。

ユーチューブにて映像公開していますので是非ご覧ください。

この映像は写真と違ってフラッシュの光がありませんので、ごく普通の映像としてとらえています。写真でとらえていればオーブ特有の文様が浮かび上がってきますがビデオ映像のため文様は見られません。今後の科学的なオーブの解明に役立つものと考えます。

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2012年4月13日 (金)

不吉な場所と両墓制

なぜ両墓制という奇習を行ったか

 「忘れ去られた奇習」で紹介したように古代日本には死者の埋葬に両墓制という奇習があった。何故、そのような奇習を昔の人々は行っていたか、いろいろ文献を調べてみたが余り詳しい資料は見当たらなかった。
その後の調査で、いろいろな資料から分かってきたのは、お寺に亡骸を埋葬するのは、それがお寺と言う神聖な場所を汚すからだと考えられていたからだ。従って、お寺には先祖代々の「祀り墓」というものを建立して亡骸はお寺の外に埋葬したというのが両墓制らしいというのが分かってきた。
亡骸を埋葬する「棄て墓」というものは地方によっては目印に祠のようなものを建てている場所もあるが、関東地方においてはそのような風習は余り見られない。昔の人が葬式のことを「野辺送り」と呼んだのも、どうもこの「棄て墓」に語源がありそうだ。「祀り墓」はお寺の境内にしっかりと建立してあるが、その奇習が失われて来ると「棄て墓」の所在は人々の記憶から次第に忘れ去られてどこにあったのかが分からない現状である。

不吉な場所と両墓制

 下に示す地図は筆者の地元で知られている交通事故など不吉なことが多発する場所である。新しい道は今から20年ほど前に完成して現在は旧道を通る車はあまり見られない。問題の場所は地図上で円で示している旧道の一角であるが、その場所は旧道の小さな橋付近である。橋の両側には写真にあるように庚申塔と祠が建立してある。そして橋の欄干にはお札がくくりつけてある。なんとも異様な光景である。
その場所を調べていると「祀り墓」のあるお寺が近くにあり、そのお寺からは不吉な場所は方角的に東北にある。「忘れ去られた奇習」でも紹介した交通事故の多発する場所と方角的にほぼ一致する。
従って交通事故や不吉なことが多発する場所では、この両墓制を調べる必要があるということが分かる。

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なぜ庚申塔を建てたか

 昔の民間信仰には挿絵の通り大きく三つの要素があったと考えられている。呪術(じゅじゅつ)、巫術(ふじゅつ)、占術(せんじゅつ)である。
呪術の呪はのろい・まじないを表し、巫術は死者との交霊、占術は星占いや方位占いなどを表している。従って、これらのことを考えてみると庚申塔は主に「まじない」として鬼門と呼ばれる場所に建立したのではないかと考えることができる。
このように交通事故や不吉なことが多発する場所を調べて行くと「両墓制」という奇習の現場にたどり着く。心霊研究においては、この両墓制を調べることも重要なテーマである。

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