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2012年3月 6日 (火)

民間信仰から学ぶ大震災

もうすぐ3月11日だ

 東日本大震災が起ってもうすぐ1年が経とうとしている。筆者は被災地に行ったことがないが、過去に自宅が水害にあった経験があり被災者の心境というものが少しは分かる気がする。
一度、そういう災害に会うとよく分かるが死者やご先祖たちの霊の供養というものが、いつまでも心の底に根づいている。犠牲となった死者の形見やご先祖の位牌やら生き残った人間たちは皆それらを必死で探す。それらはテレビで放映される被災地の映像を見ても分かるように被災者の心境として一目瞭然である。
もうすぐ3月11日、去年のあの日がやってくる。犠牲者のご冥福を静かに祈りたい。

災害の記憶を生かそう

 下の本は堤 隆(つつみ たかし)さんという考古学者が3月11日を前に出版されたものであるが、過去の火山災害に何を学ぶかということをテーマに編集されている。
この本が筆者の目に留まったのは、この本で取り上げられている場所が長野県の佐久地方が舞台になっているからである。佐久地方というのは太古の昔から火山噴火が絶えない場所で、その影響だと思うが人類の生活の痕跡が時代によって途絶えてる地域でもある。
筆者も偶然かどうか分からないが、M村で心霊体験してからずっとこの地方を心霊研究という目線で調査を続けているが、現地の石仏・石塔には先人たちの災害後の心のケアに対する知恵が反映されているのではないかと考えるようになった。

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人々の心を支えた「富士仙元信仰」

 先の記事で「石仏研究と陰陽道」について述べているように、日本の中世時代の先人たちは、この「陰陽道」に強く関心を寄せていることが伺える。
「陰陽道」とはひと口で語るには到底難しい面もあるが、ひとつは「陰」と「陽」(裏と表)の世界を表しているのではないかと思う。喜びと悲しみ、建前や本音がそこに秘められている。

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 下の写真は「仙元大神明藤開山」と記された石塔であるが「仙元」は浅間山、「藤」は富士山のことを指している。しかしながら、どうして先人たちはこのように名称をぼやかして表示したのだろうと不思議に思ったものだ。
これこそ「陰陽道」の証なのである。この石塔は東京都檜原村に二基ある。この地は民間信仰では「大岳山信仰」が中心にあって堂々と「富士仙元信仰」というものを表に出して建立することができない。従って、「仙元大神明藤開山」と表して富士仙元信仰というものを裏で表現していると解釈することができる。

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 下の写真は長野県M村、K村の庚申塔である。最初はこの庚申塔の意味するものがたんなる庚申信仰だけだとばかりに考えていたが、写真に表しているように庚申塔が二基あるのには意味があるということが最近分かってきた。ひとつは富士山の宝永大噴火(1707年)、もうひとつは浅間山の天明大噴火(1783年)を表している。
要するに庚申塔二基で富士仙元信仰というものを裏で表しているということである。佐久地方といえば「諏訪信仰」が中心にあるから「富士仙元信仰」などは面と向かって表には出せない。そこで村人が考え出したのが庚申塔を二基並べて「富士仙元信仰」というものを裏で表現するという手段であったと思われる。
このように中世の世界においては大災害が発生したときに人々が心の支えにしていたのが富士山と浅間山の信仰が背景にあったことがよく分かる。

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コメント

スピリチュアルな世界に立ち入るのは
どうかと思いましたが
仙元信仰を研究しているので…

人々は、古くから富士山を「浅間大神」
(あさまのおおかみ)として神格化していました。
「あさま」と「阿蘇(あそ)」の語源はおなじで
火山という意味です。

富士山信仰より、はるかに古い時代
大陸からきた庚申信仰ですが
富士山信仰の人たちは 
「富士山は一日にして出現した山である、
それは庚申年であった。」と言い出して
庚申信仰勢力の取り込みを図ります。

芸術家的センスの富士行者「長谷川角行」は
浅間大神を「仙元大神」と呼び
富士山を「明藤開山」と尊称しました。

書行の流れをくむ富士講(浅間講)元祖
富士行者「食行身禄」は
富士山の尊称を「参明藤開山」と改名しました。

ちなみに富士山と諏訪神社との関係は古く
日本最大級の火祭り「富士吉田の火祭り」は
諏訪神社の祭事です。

投稿: 藤の願人 | 2012年3月10日 (土) 02時17分

藤の願人さん、どうも貴重なコメントありがとうございました。とても参考になりました。私は富士山と浅間山の関係は双対道祖神のように昔の人々は考えていたのではないかと思っています。これからもよろしくお願いします。

投稿: 管理人 | 2012年3月10日 (土) 11時26分

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