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2012年3月16日 (金)

忘れ去られた奇習

両墓制とは何か

 石仏研究と陰陽道の記事で述べていたように筆者の自宅近くに交通事故が多発する場所があって石仏や民間信仰、陰陽道といった幅広い見地にたって調べているが、ようやく日本の奇習「両墓制」というところにたどり着いた。
考古学やら古代史、民間信仰、陰陽道などを調べていくと先人たちの知恵やら霊にたいする考え方が少しずつ分かってくる。昔の人たちは石仏・石塔をたんなる記念に建てたのではない。それらは民間信仰特有の呪術、要するに呪い(まじない、のろい)が必ず背景にあるということである。
従って心霊スポットと呼ばれる場所には昔の人々は必ずその目印として路傍の石仏・石塔を建てている。心霊研究においては、これらの石仏・石塔の組み合わせを読む技術が必要である。そこから、昔の人たちが何のために路傍の石仏・石塔を建てたのかが分かるようになる。

話は変わって、その事故多発現場の近くを調べているうちに日本にはその昔「両墓制」というのがあるのが分かった。要するに日本各地で若干の差があるが、地域で死者が出ると死者は「埋め墓」というところにまとめて埋葬され、霊の供養は別の墓「祀り墓」で行われていたということである。このような奇習があったということは心霊研究を行っていく過程で分かってくるものでいい勉強になる。
その事故多発現場の近くの寺に写真にあるように両墓制のうち、「祀り墓」のみがあるのが分かった。「埋め墓」は近くには見当たらない。近隣の人に「埋め墓」の話をしても知ってる人はいない。もう現代人には忘れ去られた風習なのかも知れない。以前、東京都檜原村の調査をしているときにも同じような話があった。家の近くの田畑を耕しているときや道路工事を行っているときに人骨が出てくるのだと言う。村人たちはその意味を分かっていなかった。今になって気づかされるのが、この「両墓制」という奇習があったという証拠だ。従って同じ風習が自宅近くにあっても不思議ではない。そして事故多発現場の近くの寺に「祀り墓」があるということは、近くに「埋め墓」があるということが分かる。
事故多発現場は、この「祀り墓」から100mほど離れた北東方向の場所にある。現状では事故多発との因果関係は説明できないが、心霊研究においては昔の奇習もその要因として見逃せないと思う。

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下の写真は交通事故多発現場の観音堂、そのなかに安置されている物故者霊の位牌、そして観音堂の通りの風景である。何の変哲もない見通しのよい直線の通りで事故は多発している。

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