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2011年8月

2011年8月25日 (木)

霊魂たちのメッセージ

オーブがよく写る人は「憑依」を受けている。

 聖なるオーブの調査記事でも説明したが、オーブが頻繁に写真に写るという人は一種の霊魂の憑依を受けていると考えてもいいのではないかと思う。
写真1は筆者がよく霊体験した近くの水汲み場であるが、憑依を受けている期間(2002年~2007年)は必ずと言ってよいほど水汲み場一帯でオーブが写真に写った。(写真2)
ところが、最近では殆んど写らなくなった(写真1)。昔と同じように定点撮影方式で同じ場所で写真撮影しているが、まったくと言ってよいほどオーブは写らなくなった。写真2のオーブは、その頃「オーブのジョナサン」と呼んでいたもので、写真を撮ると必ずと言ってよいほど写っていた。
オーブのジョナサンは同じ場所で撮影すると必ずと言ってよいほど1ケだけ写真に写ったのであるが、自然現象だったらこのような現象は起こらないだろう。やはり「聖なるオーブ」は霊魂の仕業と考えたがよさそうだ。

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「場」という存在を理解しよう。

 霊魂の憑依を受けていると、先の記事でも述べているように「寄霊現象」というものが起る。要するに、その「場」にいる霊魂たちが憑依を受けている人間の前に仲間だと勘違いして寄ってくる現象だ。
いっぽう、霊魂の世界では「テリトリー(縄張り)」があって魚のアユのような縄張り争いをする。このために「オーブのジョナサン」はいつも同じ場所で縄張りを守り1ケだけ写真に写ったのではないかと考える。
このほかに写真3で分かるようにムンクの描いた人間の顔のようなものが同じ縄張りのなかの杉の木で見られたが、これは人為的に出来たものではなくコケ類が超自然的に描いたものだった。
この顔を筆者は「ムンクの叫び」と呼んで写真を撮り続けていたが、2007年以降次第に薄れていって現在は跡かたも見られなくなった。
「オーブのジョナサン」、「ムンクの叫び」というように同じ「場」で不思議な現象が起ることを指している。同じ場所でポルターガイストと呼ばれる現象にもあった。

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霊魂のメッセージなのだろうか。

 オーブのジョナサンが写った場所に古い砂防ダムがある。この堰のところに写真4で見られるように、かつて文字のような跡がみられた。この文字についてもよく調べてみたが、これらは人為的に削って作られたものではなくて、自然のコケ類が超自然的に作り上げたものだった。
この文字らしいものは「ムンクの叫び」と同じように現在は消えて無くなってしまったが、この文字については筆者としても大変気になっていたものである。調べてみると最近になって古代人が使っていたとされる「神代文字」に似ているのではないかと考えるようになった。
この科学技術の進んだ世の中で何をくだらないザレ事を言っているんだ!とお叱りを受けるかも知れないが、事実は事実なのである。その神代文字らしいものには見れば分かるように大文字、小文字、濁点といった文字特有の法則が見られる。まだこの文字らしいものは解明できていないが、さては霊魂からのメッセージなのではないか?そんな気がしている。

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2011年8月14日 (日)

お盆と月信仰

お盆という風習はどこからきたか?

 お盆というのは先祖供養をするとき、お盆に供物を備えて供養したから「お盆」という説が有力な定説である。
そのお盆は旧暦では7月、現在は大半が8月の新暦で行事が行われている。お盆の期間は13日(迎え火)~16日(送り火)の4日間である。
この風習はどうして起ったかを紐解いていくと、下の図に示している通り道祖神信仰にたどり着く。諏訪の地で発生した道祖神信仰は、やがて日本国内に広がって行き、それが双体道祖神(男と女)となった。それから、その地に君臨した王君と姫君を大明神として祀りそれが大明神信仰となったのである。
平安時代になると中国から道教が日本国内にもたらされ、そこから男性が執り行う庚申信仰というものが生まれ、女性はかぐや姫でおなじみの月信仰というものが生まれた。

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庚申信仰とは何を物語っているか?

 中国の道教では太陽系の五つの惑星(水・金・火・木・土星)と地球と月の動きで干支と陰陽道の60種類の組み合わせ縁起を考えた。そのなかで一番縁起が悪いと考えられたのが庚申(さるとかのえ)の組み合わせである。昔の人は庚申年の前の年、すなわち辛酉(しんゆう)の年に辛酉革命と称して年号を変えた。
これほど庚申という年は忌み嫌われたのである。そして庚申年にかかわらず毎年の暦にもこれらの組み合わせを加え、2ケ月に1回の庚申日を設けたのである。これが庚申溝の発祥である。庚申溝は主に男性が中心になって行われ、溝を行った証として庚申塔を建立したのである。

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お盆と月信仰

 日本国内では「あの世」は月世界にあると考えられていた。月は卵のように生まれて満月となって、やがて消える。それが毎月繰り返され12ケ月で1年が終わる。折口信夫の古代史研究には、それがたまとしひとなって魂(たましい)になったと述べられている。
卵は女性そのものであった。従って道祖神の男根のほかに女性を意味する球(卵)が門前などに祀られるようになった。十三夜になると月は満月のように輝きだし、そこからご先祖たちが地球に返ってくると考えたのである。

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二十三夜とは何を物語っているか?

 国内の月信仰に伴う石塔を調べてみると大半が二十三夜塔で、そのほかに十三夜塔が若干見られる。十三夜は先にも述べたとおりご先祖が地球に戻ってくるために迎え火を焚くものである。
では、どうして二十三夜塔が大半なのか調べてみると、下の図のように二十三夜の日は月が半月となることが分かる。夜、上弦の月は明け方に下弦の月となり、それがあたかもこの世の厄を持ってあの世に返る舟だと昔の人は考えたのである。

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 二十三夜溝は主に女人溝中として執り行われ、決して男性が参加することがなかった。下の写真は二十三夜塔と百番塔の組み合わせで庚申信仰のように厄払いを行ったものである。

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