« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月28日 (土)

集団憑依について

集団憑依とは何か

 これまで筆者自身が体験した憑依について述べてきたが、この憑依というものは世の中では個人単位で起るような感じで受け止められている。
しかし、これには誤りがある。それは筆者が体験した不思議な出来事が親せき一同でも起ったからである。筆者にはさまざまな幽霊との遭遇や超常現象、臨死体験などがある期間で多発したように兄弟や親せきでも同じような体験があったことが後から分かったからだ。
こうして考えてみると憑依の原因は明らかに一族の「家系図」作成にある。誠にもって不思議と言うほか言葉が見つからないが「家系図」作成が憑依の霊媒となったのは間違いない。
従って憑依というものは個人単位で起ることもあるが、親せき一同のような集団でも同じ時期に地域を越えて広い範囲で起るので、憑依を調べるときに念頭に置いておく必要がある。

Hyoui123

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月22日 (日)

憑依と寄霊現象

寄霊現象とは何か

 アメリカのホラー映画にシックス・センスというのがあって日本にもおなじみの映画である。ある少年が次々に心霊体験をしていく物語を映画化したものであるが、このような体験こそ「寄霊現象」と呼ぶにふさわしいと思う。
この言葉は筆者が考えたものであるが、現在の心霊研究の世界にはこのようなニュアンスの言葉が存在しないので造語したのである。
シックス・センスの映画をよく見ていると、ある少年だけに付近で起った事故死の死者の霊が恨めしげに姿が見えるというもので、周りの人間には見えない。それは、その少年に近くの霊たちが寄ってきている「寄霊現象」なのである。
これはフィクションの世界のことだからと思いがちになるかも知れないが、筆者も霊の憑依を受けているとき同じような体験をしたから、このシックス・センスという映画はたんなるホラー映画だけに留まっていない。
従って、周りの人間が霊の憑依を受けているかどうかの目安に、この「寄霊現象」というものを採用すればよいのである。

Sixsence2

寄霊で起る現象

 以前、ここのブログでも説明したことがあるが、シックス・センスのように死者が直接、生前の姿で現れることはなかったが首つりがあった現場の付近では「首つり」、飛び降り自殺があった現場の付近では「飛び降り」などのキーワードが強烈に頭に浮かんできた。
極め付きは電車だった。特に都内の電車がホームに入ってくるとき、何か恐ろしいという電車とそうでない電車がはっきりと分かった。データは無いが多分人身事故を起こした車両とそうでないものに反応していたのかも知れない。
下の写真は筆者が憑依を受けているときに撮影したものの一部で①クリウ:奇蹟の森で現れたもの、②ボンボリ:水汲み場所で現れたもの、③ナガヤマ:首つり現場の近くで現れたもの、④オーブ:さまざまな場所で現れるもの、である。
このように実際、霊の憑依を受けていると自分の周りにいる霊たちが仲間だと思って寄ってくるものを「寄霊現象」と呼べばいい。

Ghost035

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月17日 (火)

憑依と臨死体験

憑依を受けると臨死体験をする。

  S1912_3 これまで霊と夢の世界のことについて話をしてきたが、霊魂の憑依を受けると臨死体験が実際あるようだ。E・キューブラー・ロス女史(精神科医)は医学的に一度は死んで生き返った200人について調査を行っていて、その多くの人たちが左の絵に描いてあるような「トンネル現象」と呼ばれる風景が見えたと証言している。このような臨死体験は果して夢の世界のできごとなのだろうか。筆者も実際に霊魂の憑依を受けていたころ(2002年~2007年)に同じような夢を何度か見ていた。
このころよく見た夢は①富士山のような先のとがった山に飛んでいくもの、②三途の河原に降りていくもの、③お花畑のようなところを通り抜けるもの、④その先に煌々と光が射しているもの、⑤満天の星空の下、どこかの山の小さな広場にいるもの、などがあった。お花畑の夢はとても温かい場所だった。
これは正に先に述べた「明晰夢」と内容が同じである。現実にいるような錯覚がある。これらの夢は集中して見るものではなかったが、見だすと3日は連続して同じような夢を見た。どうしてだかそれはよくは分からない。
この体験は誠に世界中で調べられている「臨死体験」とよく似ていた。従って、一般の健常者でも何かの拍子で「臨死体験」をすることがあるのである。この「臨死体験」も言ってみれば夢の世界の出来事なのだ。

肉体の死後も脳は生き続ける。

先日、NHKの「爆笑問題のニッポンの教養」という番組で昆虫の脳を使った自走式のミニチュアカー(ロボット)を走らせる研究が紹介されていた。そこでは昆虫たちは肉体を解体しても脳は1週間ほどは生きているのだという。その昆虫の脳を載せたロボットが確かにメスのフェロモンを求めて車を運転していた。
このロボットは、メスのフェロモンをキャッチしたカイコガの脳が、その方向に動こうとして発する電気信号をキャッチし、車を動かすというしくみで走っていた。これは肉体の死滅後も暫くは「脳」が生きているという証拠である。

いっぽう、これを人類に当てはめてみれば、先に述べたE・キューブラー・ロス女史の功績からも分かるように、生還した人々は一様に同じ体験をしているのが分かっているから前述の昆虫のように人間の脳も肉体の死後、暫くは生きているのではないかと思う。そして、このときの体験が「臨死体験」として語られているのである。
従って、われわれ人類は死期を迎えるとき多くの人が臨死体験をするのである。それは「死」という世界に至る言わば自身の霊魂の登竜門なのではないか。筆者が体験したように、一般の健常者が夢のなかで「臨死体験」をした場合には、それは自分以外の霊魂の憑依を受けていると判断してもよいのだと思う。

Robott021

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年5月12日 (木)

霊と夢の研究 2

夢は第二の人生である。

 このように夢のことを第二の人生に例えて話されることがある。確かにわれわれ人類は人生を日中の現実の世界と睡眠中の夢の世界で活動していると言っても過言ではない。
夢は脳の働きで生まれるものだとは理解しているが、その枠を超えて夢の世界でも金縛りのような変則的体験をするのも分かっている。前回記述した変則的な夢の世界をもう少し掘り下げて考えてみよう。
夢の世界はあの世とつながっていると前のブログでも記述したが、ここでは筆者の体験に基づいて変則的な夢の世界について解説してみたい。
なお、変則的な夢の体験は主に守護霊と他霊の関与によって起るものに分けることができる。守護霊はもちろん親族の先祖が関与しているものである。他霊は本人とは何も親族的関係がない霊を指し、見た夢が怖かったか怖くなかったかによって良霊と悪霊に分けられる。 

金縛り

 よく金縛りの夢を朝方に集中して見るから、それは脳が覚醒するころだからと医学的に説明しようとする人たちがいるが間違いである。要するに金縛りの夢を朝方によく見るというのは、まだそれらの夢が鮮明にわれわれの記憶のなかに残っているからである。
夜、床に就こうとして布団の中に入ってから金縛りに会った体験報告事例もあるから金縛りの時間帯は一様ではない。何かが自分の寝ている布団の上を移動したり、部屋の向こうからドアを通り抜けて何かが侵入して来るのが分かる。

予知夢

 予知夢も朝方によく見るように思われがちだが金縛りと同様に時間帯は一様ではない。死に直面した親友や肉親たちが夢に現れる正夢や蛇の夢などがその例である。

明晰夢

 明晰夢の多くは体外離脱体験である。特徴は眠りに入るとすぐに体外離脱状態になる。自分の体が大きく揺れたり動いているのが分かる。そして2~3日、同じ夢を見ることである。その夢の場所は夢から覚めて記憶が鮮明なうちに絵にかいておくと、後日、その場所にたどり着いたときに正夢だったということが分かる。

白昼夢

 これは余り世の中で報告事例が少ないように思われるが、私たちは間違いなく白昼夢は多くの人が体験している。日中、急に睡魔に襲われて眠り、目が覚めたときに予知夢のような体験をすることがある。初めて行った旅先の景色や宿の状況が手に取るように分かったりする。手術中の体外離脱体験も白昼夢に含まれる。

その他

 変則的な夢の世界では、まだ説明出来ないような不思議なものがたくさんある。そのひとつが排泄にかんする夢だ。要するに夢の中でトイレを探し求めているものだ。どうして人類はこのような夢を見るのか不思議であるが、神秘体験(講談社現代新書、山折哲雄)によれば、これは一種の精神の「解放」があるからだと述べられている。夢遊病者や痴呆の患者が夜中に徘徊して排泄するのも、これが原因なのではないかと思う。
いわゆる深層心理と呼ばれるものが誘発しているかも知れないが、未だに説明が出来ない夢の世界であり変則的夢の世界として、このようなものは「その他」の項目に入れる必要がある。

Mes

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 2日 (月)

霊と夢の研究

「夢」は超心理学で研究すべきではないか。

 よく「夢」の世界の出来事を世間の一部の人たちのなかには、それを「脳」の世界で起る一般的な現象にまとめようとする人がいる。
患者の「脳」のある部位に刺激を与えたら、その患者が美しい音楽を感じたり、天国のような場面が見えた、などの報告事例があるのも事実だ。
確かに「夢」はわれわれ人類というか「脳」を持ち合わせた生命体のなかで睡眠中などに起る現象だということは理解するが、「夢」でも変則的体験と呼ばれる金縛りや明晰夢などのものについては一般論だけでは説明ができないものがある。
たとえば「明晰夢」である。これは病院の入院患者が手術中に、自分の手術の様子を上から見ていたというような報告事例があるように、体外離脱という現象は医学の世界では簡単に説明できない。
筆者も何回かこの「明晰夢」を体験したひとりだ。それは病院ではなく霊魂の憑依を受けている期間に普通の状態で起きた。その夢の世界は驚くほど現実の世界そのままで自分の意思で右や左に進行ができた。目覚めると何かしら疲れが残っている感じだった。電気刺激も与えられずにどうしてこんな夢を見るのだろうか。
このような不思議な夢の世界こそ超心理学という世界で科学的に取り組む必要があるのではないかと筆者は考える。

Yume31

不思議な「夢」の世界を分類してみよう。

 変則的体験のなかで見る不思議な「夢」の世界を分類してみると、下記のように大きく「受動的」、「能動的」になるのではないかと考える。
「受動的」なものには「金縛り」と「予知夢」がある。いずれも外部から霊魂のようなものがドリーマのもとに現れるものだ。「能動的」なものとは「明晰夢」とか「白昼夢」と呼ばれるようなもので、ドリーマの魂が肉体から離れて「夢」で見る現実の世界である。他者の霊魂がドリーマのもとに来るものと、自分の霊魂が抜け出るものに分けることができる。
このように分類してみると、われわれが変則的状態で見る不思議な「夢」の世界は、たんに医学の世界の「脳」の働きだけでは到底、説明できないということになる。

このような研究は「超心理学」という学問の課題なのではないだろうか。

Dream121

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »