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2011年4月14日 (木)

幽霊はなぜ出るか

幽霊は気の迷いなのだろうか?

下の著書が目に付いたので一読してみた。この本は、どちらかと言えばフィールドワークというものではなく古代日本人が考えていた幽霊論のようなものでまとめてあって、なかなか面白い。面白いという表現は、いささか不愉快と思われる方々もいらっしゃるかも知れないが、心霊研究家として内容が参考になったというものである。
著者は石井 明さんという方で、超心理学やPSI関係の世界でも余り馴染みがない。どちらかと言えば水木しげるや井上円了のように妖怪学やら怪談、奇談というものを専門に扱っていられるようである。
このようなもののどこに価値があるのかというと、戦国時代やら江戸時代に庶民の間で見た、聞いたと広まった「幽霊」たちが、この本にたくさん紹介されているからだ。

そして、それらの謎を解こうとする人間もいたらしい。この本で江戸時代の思想家、三浦安貞の「物の怪の弁」という有名な話が紹介されている。
ある仲のよい夫婦がいて、ある時、不幸にも嫁の方が体調をくずして先にあの世に旅立った。亭主が悲嘆にくれていると、そのうちに夜毎夢枕に死んだ女房が現れるようになり近くのお寺の住職に相談にいく。
そこで住職は男の眼の前で碁石を紙に包んで封をして「この中身を幽霊に問え」と言って渡した。その夜、女房の幽霊が夢枕に立ったので寺の住職から指示された通り紙包の中身を問うたところ、幽霊は「碁石」と答えた。
翌日、その一部始終を住職のところへ行って話すと、住職は碁石をざっとつまんで紙に包み「先夜と同じに数を問え」と言って男に渡す。指示された通り、その夜、女房がまたまた夢枕に立ったので数を問うと、今度は幽霊も分からないという。そこで碁石を投げつけると幽霊はふっと消えてしまった。
住職は「妻の幽霊と見えたのは、みんなおまえの気の迷いだ。一度目を当てたのは、包むのをお前が見ていたからで、二度目の包の碁石の数はお前も知らない。だから幽霊にも答えられないのだ」と言う。
ということで、この物語のくだりは幽霊を見たというのは男の気の迷いから出たということで終わっている。現代風に言えば心理学の世界の話なのだろうか。

Ghost112

現代の幽霊目撃談から考えよう。

このブログでも以前紹介したが、東京都檜原村で最近、幽霊の目撃があったという場所があり調査に行ったことがあった。それは女性の幽霊だという情報しかなかったが、現場に行ってみると写真のように路傍に母子のお地蔵さまがあった。これは偶然というものでは説明ができない。このふたつの石仏は江戸時代のもので、いろいろ調べているが、ここで母子が運悪く亡くなったという記録に未だたどり着いていないが何かいわくがあるのは間違いない。
古来よりお地蔵さまというものは、その場所の近くで運悪く亡くなった人があった場合に建立されている。現代でも交通事故で亡くなった人が出ると、亡くなった場所の路傍にお地蔵さまが建立されているケースがあるから説明ができる。
「幽霊はなぜ出るか」という素朴な疑問は、これから東日本大震災で犠牲となられたたくさんの御霊にも同じように幽霊の目撃談が出るようになるだろう。亡くなった方は皆、大震災でふいにあの世に行ったものだから、家族や友人たちにこころ残りを伝えにくるかも知れない。先人たちはそういう霊が幽霊となって我々の前に姿を現すと考えたのだろう。
檜原村の調査からも言えるように、現代でも幽霊目撃というものは人間のたんなる気の迷いなどでは到底説明ができないものがあるのではないか、筆者は自身の霊体験からそう考える。

Sekibutu021

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心霊理論2」カテゴリの記事

コメント

このような主観的で、非論理的な手法では万人の人に納得がいくような説明にはならないと思います。

このような主張は昔からありますし、このような考えならこの先も何も変わりません。

超心理学に誤解をまねきかねませんし、懐疑主義な人からは超心理学を疑似科学と思われてしまいます。


もっと現実に目を向け、特定の思想を捨てて冷静に研究すべきだと思います。

結論が先に在りきで、思考停止になっていることに気づくべきです。


厳しくお感じになられるかもしれませんが、私はただ本当の事が知りたいだけなのです。

死後も存続する何かを!

投稿: フォックス モルダー | 2011年4月15日 (金) 23時24分

フォックス・モルダーさん、いつもながら手厳しいコメントありがとうございます。(o^-^o)
仰ることもごもっとものことだと思います。超心理学っていうのだから、それなりの論拠が必要なことは確かですね。

但し、ここのブログでも何度か説明していますが、現代科学においては「幽霊」やら「霊魂」という我々の目に見えないものを、どう捉えて研究するのかがよく分かっておりません。
私はこのような調査にはフィールド・ワーカとしての仕事はシートン動物記のように先ずは対象とするものの生態調査のようなものが必要だと考えています。どういうときに、どういう場所で幽霊は我々の前に姿を見せているのか、そんなところですね。
ちょっと回答になったかどうか心配ですが、私の超心理学としての活動の主な根拠ですね。

投稿: 管理人 | 2011年4月16日 (土) 20時35分

「現代科学においては「幽霊」やら「霊魂」という我々の目に見えないものを、どう捉えて研究するのかがよく分かっておりません。」

空気も放射能の目に見えませんが、確実に存在しています。
しかし写真には写りません。

「幽霊」やら「霊魂」は目に見えず、存在するか分からないのに写真に写ると主張されるのはどうしてですか?

目に見えないからということや、現代科学では解明できないなどいう理由で、自身の信念に都合のいいように論証することから逃避しているようにしか思えません。

もちろん現代科学は万能ではありませんが、少なくともここでは科学的あるいは、超心理学的に研究するのであれば、現代科学の基本的ルールは守るべきではないでしょうか?

たとえ未知の領域であっても、フィールド・ワークだからといって何を主張してもいいのではなく、狂信的思想の流布は超心理学とは別世界の事ですし、事実の探究と超心理学の発展には百害あって一利なしです。


「これから東日本大震災で犠牲となられたたくさんの御霊にも同じように幽霊の目撃談が出るようになるだろう」

これが事実なら東京大空襲や関東大震災でなくなられた御霊でかなりの目撃があってもいいのにそんな話は聞いたことがありません。

ましてや広島、長崎ならもっとすごいことになるのでは?


投稿: フォックス モルダー | 2011年4月18日 (月) 18時59分

こんにちは。宮原さんのブログを見て、とても興味がわきました。一緒に研究、調査してみたいです。

投稿: サラズバティ | 2011年4月18日 (月) 19時10分

フォックス・モルダーさん、こんばんは。
またまた、手厳しいコメントでしょうか。

◎質問1:
「幽霊」やら「霊魂」は目に見えず、存在するか分からないのに写真に写ると主張されるのはどうしてですか?
●回答
これはオーブの衝撃のところで説明しているように、彼らが自然現象を利用して我々にその存在を知らしめようとしているのではないかと考えているからですよ。

◎質問2
これが事実なら東京大空襲や関東大震災でなくなられた御霊でかなりの目撃があってもいいのにそんな話は聞いたことがありません。

ましてや広島、長崎ならもっとすごいことになるのでは?
●回答
関東大震災のケースは現場を見ていないのでよく分かりませんが、広島や長崎の原爆爆心地の近くに行ってみると分かりますよ。
まだ、爆心地付近の地下には未発見の遺骨がたくさんあって、その辺りは「個人の家は建てるな!」ってのが地元の人の通説になっています。

こんなところでしょうか。

投稿: 管理人 | 2011年4月18日 (月) 19時41分

サラズバティさん、こんばんは。
超心理学のフィールドワーカとして心霊の世界を研究されるのであれば歓迎します。どうぞよろしく。coldsweats01

投稿: 管理人 | 2011年4月18日 (月) 19時55分

残念ながらまたもこちらの質問に、的はずれのご回答でした。

こちらの真意が伝わっていないのか、伝わっていても避けておられるのかさえわかりません。

もう一度、超心理学や科学的研究とはどういうことかを考え直すことをお薦めします。


今まで幾度となく書き込みをさせてもらいましたが、その研究のやり方という前段階のところで、納得できませんでした。

自己の信念に基づいて、安易に超心理学という権威を利用するのは、今までの超心理学に携わった方々に失礼だと思います。

私は超心理学のフィールドワーク研究を期待していたのですが、残念ながらここでは期待できないようです。

失望感でいっぱいです。

投稿: フォックス モルダー | 2011年4月18日 (月) 22時29分

ありがとうございます。会員募集では三多摩地区の人となっているので、私は県外ですのでどうかと思いまして。住まいの付近での調査もやってみたいです。

投稿: サラズバティ | 2011年4月19日 (火) 10時56分

フォックス・モルダーさんへ

心霊研究は、まだ科学的と言っても、その確かな論拠というものは世界中には存在していないようです。一部の研究者においては霊魂というものをニュー・サイエンスという分野で研究しようという考えもあるようですが、まだ日の目を見ていません。

霊魂やら幽霊が存在するという主張は現代科学界ではタブーとされているように私は思います。
心霊研究においては、このような状況の中でも研究者の目指すところは同じだと思います。
考え方や分析手法が違っても、登山家たちの気概のように誰が最初に未踏の山頂に立つかという考えが大切だろうと思います。他人の考えに惑わされずに、じっくりとご自分の考えのもとに研究されてみてはどうでしょうか。

投稿: 管理人 | 2011年4月19日 (火) 20時50分

サラズバティさんへ

県外にお住まいとは残念です(*≧m≦*)
私の活動範囲は、だいたい東京を起点として一都六県くらいは出かけています。何かありましたらよろしくお願いします。
それからフィールド・ワーク上のアドバイスとしてひとつ。
「名刺」は絶対必要です。いろんなところへ出かけると「不審な人物がいた」なんてことになりかねませんからね。肩書きは「超心理学フィールド・ワーカ」程度で十分です。
この名刺のお陰で随分と私も助かっています。
ご参考まで。

投稿: 管理人 | 2011年4月19日 (火) 21時03分

ご丁寧な返答ありがとうございます。これから自分の住まいの近くで調査などをやってみようと思います。
また、宮原さんのブログからいろいろと参考にさせて頂こうと思います。これから時折、ブログにコメントさせて頂きますのでよろしくお願いします。

投稿: サラズバティ | 2011年4月20日 (水) 18時08分

了解しました。
心霊研究で面白い話があれば、是非お聞かせ下さい。

投稿: 管理人 | 2011年4月20日 (水) 19時47分

TEDの講演(YOUTUBEで見れる)で見たのですが、

例えば夜ガサっという音がしたとき、
それは自分を食うような敵である可能性がある。
(原始時代の頃の話ですが)
ですのでそれを怖れるような回路が脳に組み込まれている、
若しくはそれを怖れるような種が現在まで生き延びた
という説を見ました。それが過度に働くと幻覚を見るような
病気になる。

科学的であるかどうかという点ではよくわかりませんが。

幽霊=目に見えないという記述がちょっと気になりました。

投稿: effexor | 2012年8月18日 (土) 22時53分

effexorさん、コメントありがとうございました。
TEDの講演のものは私も何点か見ました。人間の視覚のなかには目で直接とらえるものと脳がとらえるものがあるらしいことでしょうか。この説明は私も賛成しています。他の人が見えないものが見えるという部分です。これは、その人の医学的な幻覚症状からくるものなのかどうか分かりませんが、私も幽霊を見たことがあるという人の話を何回か聞いたことがありますが、幽霊の姿恰好が生前の姿を当てていること、そして、その人は、目撃した幽霊が既に死んだ人だということを知らなかった点にあります。このような目撃談は今の医学では説明ができるものではありません。ここのブログでも「夢に出てくる幽霊」というものを過去に紹介したことがありますが、これも我々の脳が見ている現象ではないかと考えられます。幽霊の目撃談をよく調べてデータベース化すれば、より科学的なものに近づくかもしれませんね。

投稿: 管理人 | 2012年8月19日 (日) 17時39分

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