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2010年6月 4日 (金)

ミステリアス・ビレッジ

東京奥多摩の檜原村を訪ねてみると、とに角、石塔・石仏の多さに圧倒される。郷土資料館の話によれば村内の石塔、石仏だけで優に700くらいあって、調査が終わっているものは300基ほどだという。
庚申塔が気になって、ひょんなことで檜原村の石塔・石仏の調査を始めたのだが、歴史を遡ってみると実に不思議なものが蘇ってくる村だ。
まず第一に石塔・石仏の多さだ。馬頭観音が155基、庚申塔が61基、百番塔が42基が確認登録されていることだ。庚申溝は1年のうち6回の庚申の日に溝を行って、少なくとも3年は同じ事を続ける。百番塔は百箇所の霊場を巡礼しなければ建立はできない。庚申塔や百番塔はいずれも金がかかる行事をこなさなければならない。
そのように大金をかけて、どうしてたくさんの石塔・石仏を村内に建立したのかが大きな疑問である。
第二に【口留の関所】の存在だ。本宿にあった関所は別名【口留の関所】とも呼ばれていたそうであるが、何を【口留】していたのかも大きな疑問である。ここのブログ【庚申溝の謎を解く】でも三猿のことを取り上げていたが、同じことが、その昔、ここの関所でも行われていたのである。
第三に村の細分化である。現在、檜原村一村であるが江戸時代には少なくとも24くらいの村に分かれていたようである。石塔・石仏の多さの秘密に村の細分化が潜んでいるようであるが、何故、このようにたくさんの村に分かれていたのかが大きな疑問である。
現在、檜原村の知人に頼んで昔の資料を取り寄せているので、少しずつではあるが謎が解けることを期待している。
なお、檜原村の解説については、下記のHP【多摩のジョギング道】で詳細が紹介されているので参考にしていただきたい。
【多摩のジョギング道】
http://homepage3.nifty.com/k_harada/hinohara_s/hinohara_s.htm

Dscn3126

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