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2010年6月20日 (日)

ミステリアス・ビレッジ(3)

幽霊遭遇体験から始まって、そこにあった百番供養塔、そして庚申信仰というものに出会って各地に残る石塔や石仏の建立由来を調べてきたが東京の檜原村を訪ねてみて、これらの石塔や石仏の見方が民俗学などで紹介されているような内容と若干異なっているのではないかと思うようになった。
それは、ミステリアス・ビレッジ(2)で紹介しているように板碑の存在である。村史を調べて分ったことであるが南北朝時代は、この地は足利氏の勢力下にあって北朝方についていた。これは出土している板碑の年紀が北朝のものなので裏づけされている。その後、北朝は廃れ南朝が勢力を伸ばしていった。
この時代は戦国時代であって、やがて世の中は徳川幕府の時代に変わっていった。それまで北朝を支持していた檜原村は仕打ちを恐れて北朝時代に建立した板碑をことごとく土中に埋めたと推測できる。
その後、大阪の四天王寺を発祥とする庚申信仰が全国に広まっていき、檜原村でも民間信仰の核となっていったことが推察できる。要するに各地に残る石塔や石仏の多くが、その時代の天皇を崇めていますという村の意思表示であろうと考えることが出来るのである。
日本全国の石塔や石仏には天皇と農民、国民一体とする考え方が深く根付いていたと考えてもよいと思う。写真は檜原村の百番塔と青面金剛像である。

Koushin125

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