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2010年4月 4日 (日)

庚申溝の謎を解く(3)

各地の庚申塔を現地調査やインターネット、書籍などで調べてみると、さまざまなものがあるのが伺える。
筆者はこの庚申溝を民俗学の見地から調べているわけではない。要するに、民俗学では深く立ち入らない霊魂の世界が、この庚申溝に隠されているのではないかと考えたからだ。
ではどうして江戸時代に爆発的に全国に【庚申溝】が広まったのだろうか。それは江戸時代、すなわち徳川家康という将軍の意向があったのではないかと考えている。
徳川家康は元和二年(1616年)に没して、その翌年の元和三年に下野国日光へ改葬されている。その日光東照宮には有名な三猿がいる。この三猿こそ【庚申溝】に出てくる三猿なのではないかと思う。
戦国時代が終わり徳川の天下になり、世が安泰となったので家康の遺訓に【庚申溝】とつながるものがあったからこそ、全国的に爆発的に広まったのではないかと考える。
挿絵は筆者がこれまで見聞きした【庚申溝】をイメージとして古の姿を描いたものである。【庚申溝】は間違いなく村や集落の戒律(見ザル、言わザル、聞かザル)として行われたのではないか、これまでの調査で一段と確信が高まってきた。
よくよく考えてみれば、これは現代情報社会における【秘密漏洩】に十分対応できる策ではないかと思うのである。心理学的にも守秘義務の情報だと言われると人は、それを頑なにこころのなかに留め置くことは出来ない。つい誰かにしゃべりたくなってしまう。
それを【庚申溝】のような方法で年に数回関係者が集って、その関係者同士で秘密情報を語り合うのもいい漏洩防止の手段なのではないか。これは先人たちの考えたすばらしい知恵に間違いない。

Koushin016

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