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2010年4月 3日 (土)

庚申溝の謎を解く(2)

先に紹介した【庚申信仰の伝播と縁起】を読んでいくと多くの地方の庚申溝の際に呪文が使われているのも興味深い。(「庚申縁起比較表」152頁)
これは筆者が判断するには【魔よけ】の呪文なのではないかと考える。写真(上)に示すとおり、この庚申塔は長野県K村で撮影したものである。今から7000年~8000年前の縄文遺跡の前に建立されているもので、昭和40年に地元の大学の発掘調査で12体の人骨が出土した場所である。要するに、この場所は縄文人の墓地なのである。
ではどうして、江戸時代の村人たちはまだ考古学のようなものが確立していない時代に7000年も8000年も前のお墓の前で【庚申溝】を行うことが出来たのだろうか。この場所には昔の村人たちが鳥居を建てている。これは少なくとも、この場所にその時代の氏神の存在を村人たちが信じていたことを示すものでないかと考える。
それから写真(下)は東京都檜原村の街道沿いにあるもので、社の中には石塔や石仏はない。近くの供養塔に「古老の言によれば、この地には明治40年頃に街道交通の車馬の安全を願い馬頭観世音像を祀り、以来長く安置されてあったが、昭和34年の伊勢湾台風の折、土砂崩壊のため、その頭部を折損、修復後の昭和40年、道路工事の際、またまた頭部を折損し行方不明となったため、像を撤去したる後は交通事故多発し多くの死傷者を出すに至った」と説明してあった。
これは昭和になって地元の古老の言い伝えにより判明したものであるが、同じ場所で江戸時代の村人が【庚申溝】を行っているのも事実である。要するに昔からこの場所は災難の多い場所だったと考えることが出来る。これは古の陰陽をそのまま受け継いでいるもので、やはり【庚申溝】というものは、一般的な慣習で行われてきたという説には耳を疑いたくなるのである。

Koushin001

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心霊研究と民間信仰」カテゴリの記事

コメント

色々とご想像を膨らますのは御自由ですが、まずは「庚申溝」ではなく「庚申講」というところから勉強し直して下さい。

投稿: 青面金剛 | 2010年4月 3日 (土) 10時48分

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