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2009年3月29日 (日)

二つの百番供養塔

Hyakuban0903 筆者が名づけた奇跡の森は長野県M村のK地区という場所にあるが、地区という呼び方は最近の呼び方で、昔は<部落>という呼び方が一般的だった。これは日本各地の村や町の成り立ちを調べてみればすぐに分るだろう。
M村にあるこのK部落の先祖は、これまでの筆者の調査から群馬県にあるようだ。何故ならK部落の名前の由来となる地区と神社が群馬県にあるからだ。
従ってこのK部落はM村の中でもちょっと変わった存在だと思う。先日の調査でこのK部落に入るところに百番供養塔が建立されているのが分った。この百番供養塔は奇跡の森のものと比べるとやや小さいが享和三年(1803年)に建立したと刻んであった。
奇跡の森に建立されている百番供養塔は嘉永元年(1848年)だから、それより45年も前に建立されていたことになる。
そしてK部落の入り口に建立されている百番供養塔の建立時期の背景をインターネットで調べてみると享和という年号は辛酉(しんゆう)革命に当たるため改元されたと説明されている。この前の年号は<寛政>であり、その最期の年<寛政13年>は干支では<庚申>であった。
従ってM村もさながらK部落の二つの百番供養塔に共通して見えてくるのが干支の<申(さる)>となってくる。K部落の入り口にある百番供養塔、奇跡の森にある百番供養塔、この二つの百番供養塔は何か不思議な因縁があるのではないかと筆者は感じている。
写真に掲載しているのはK部落の入り口に建立されている百番供養塔である。

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コメント

 部落と言わずに集落と記述するほうが一般的

投稿: 権の助 | 2009年6月14日 (日) 23時42分

権の助さんのご指摘の通りです。「部落」という表現はすでに死語になっているようです。

投稿: 管理人 | 2009年6月15日 (月) 18時25分

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