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2009年2月15日 (日)

「天地人」とM村の不思議な関係

Bodai01 今年のNHKの大河ドラマ「天地人」も高視聴率のようでなかなか面白い。
さて、筆者が霊魂の調査をしているM村は信濃の山奥でありながら昔から上杉謙信とのつながりは特に深い。M村で調査を始めた頃は、そんなに感じてはいなかったが調査が進むにつれ強く感じるようになった。
そのM村がどうして上杉謙信と深いつながりがあるかというと、M村を訪ねてお年寄りに隣のN村のことを質問してみればすぐに分る。
M村は、すでにここのブログでも説明したが、隣村のN村とその昔は同じ村だったのである。しかし、今から460年ほど前の戦国時代にM村とN村に分かれてしまった。その分裂した理由は今の筆者にはよく分からない。M村を訪ねて隣村のN村のことを聞くと、おおよそのお年よりはN村のことを「関東の人間」という呼び方をしている。
その「関東の人間」という呼び方を紐解いていくと、そこに戦国時代の上杉謙信の「関東管領」という役が浮んでくるのである。
その昔、どうしてひとつの村がM村とN村に分断してしまったのか、はっきりとしたところにたどり着いていないが、要するにN村は今の新潟や群馬から移り住んできた人々が祖先なのではないかと考えている。
戦国時代に村がふたつに分断した後、当時の城主がいかにふたつの村を苦労してうまく統治していたのかが現在のふたつの村を調べてみるとよく分かる。
それは写真にあるように、M村には当時の城主が建立した亡き父の菩提寺があり、そして片方のN村には本拠となる城を築城したのである。この城は今は面影は残っていないが、「城山」という山が今でもN村に存在している。
「天地人」の舞台、新潟。M村とN村には戦国時代の甲州と上州、越後の歴史的な因縁の影が色濃く残っている場所なのである。ひとつの村がどうしてふたつに分裂したのかも、現在の調査の大きな難問なのである。

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