映画評「おくりびと」
今年は日本映画「おくりびと」がアメリカのアカデミー賞外国語映画賞というすばらしい賞を受賞して大きな話題となっている。その他にも天童荒太さんの小説「悼む人」がベストセラーとなるなど、要するにこれまで日本人がタブーとしてきた人間の死を真正面から見つめるような小説やら映画が何故か脚光を浴びているように感じている。
先のブログで紹介したNHKのテレビドラマ「ガラス色の恋人」もしかり、これらはいろいろな大学やら生命の研究部門などで取り上げられている「死生学」というものが時代の流れに乗ってスポットライトを浴びてきている証なのではないだろうか。
筆者も何度か「おくりびと」で取り上げられている「納棺師(夫)」の方が死者に旅装束を身に着けるところに立ち会ったことがあるが、その手際のよさには何度も感心させられている。
そもそも最近では死者が出た家の遺族たちは、死者にどのような旅装束を着せればいいかなど分っている人はほとんどいないので「納棺師(夫)」の方のやり方を見習いながら旅装束を着せていくのである。
NHKのテレビドラマ「ガラス色の恋人」、日本映画「おくりびと」、小説「悼む人」などを見ていると死というものを現実的に永遠の別れとして受け入れようとする考え方が現実的にあるのではないかと感じるが、これからは「死から再生へ」という考え方をもった「死生学」の考えが必要なのではないかと思っている。
それは実際にポルターガイストと呼ばれる不思議な霊の引き起こす摩訶不思議な世界に遭遇してみれば霊魂の存在が理解できるようになり、「死から再生へ」ということが自ずと理解できるようになると思う。
それから筆者はいろいろな人に霊体験を説明するときにロルカの書いた詩をよく引き合いに出す。彼の詩こそ「死から再生へ」という筆者の考えにマッチしたものはないと思うのである。写真は「おくりびと」のHPから。
あらゆる国で死は終わりを意味します
死が訪れるとカーテンは閉ざされる
スペインは違います
スペインではカーテンが開かれるのです
フェデリコ・ガルシーア・ロルカ
(訳 つづみ 直)
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