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2009年1月 9日 (金)

八人の手を持つ七人塚

7nintuka M村の百番供養塔はG寺の山号となっている標高1600mほどのT山のふもとにある。M村の昔話を調べても、この百番供養塔にまつわる不思議な怪談、奇談は何も残ってない。
しかしながら百番供養塔がある山あいのちょうど反対側に「七人塚」が建立されており、近くでよそ者を殺害したという昔話が残っている。この「七人塚」のいわれは、その昔、M村を訪ねた七人の行者が宿泊した宿のもてなしが悪いといって部屋をめちゃめちゃにして引き上げたのに腹を立てた宿の主人が、この行者たちを追いかけて殺したもので、祟りを恐れた村人がその供養のために建立したものと村の昔話で伝えられている。
この「七人塚」というものはインターネットで調べてみれば分るように、全国的にはその昔、平家の落人たちが逃れた山あいの地でそこの村人たちによって惨殺されたりして悲惨な最期を遂げた場所に供養のために「七人塚」が建立されているケースが多い。そして「七人塚」に刻まれている七人は塚のいわれから「複数名の御霊」と判断したほうがよい。
M村の「七人塚」には建立した年代は刻まれていなかったが、恐らく「七人塚」が全国的に広まった平安、鎌倉~戦国時代のものであるということができると思う。そして、M村で殺されたのは行者ではなくどこかの落ち武者たちだったに違いない。ましてや修行を行っているものが伝説のような悪さをするはずがない。殺された人数も七人塚のいわれを考えると葬られている御霊は複数名だと考えてもよいだろう。
とに角、筆者が不思議な体験をしたM村のT山のちょうど反対側に「七人塚」が建立されているのは事実である。現在、奇跡の森との因果関係があるかどうかを調べているところである。写真はその「七人塚」であるが、その仏像には手が八つある。恐らく七つは殺された落ち武者の御霊、残るひとつがお釈迦様ではないかと思うのである。

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