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2009年1月 5日 (月)

謎深まる百番供養塔

Hyakuban012 それではM村の石碑の謎について、次は奇跡の森に建立されている「百番供養塔」である。この供養塔はここのブログで何度か紹介しているが、一般的に知れ渡っている「百番供養塔」ではなく実在する御霊を供養するためのものと思われる。
この供養塔はNHK大河ドラマ「篤姫」の時代、すなわち嘉永元年(1848年)に建立されている。これは、この供養塔に刻まれている(嘉永元年申年:かえいがんねんさるどし)から判明したものである。
要するにわざわざそこに(申年)と刻んであることが謎だと思うのである。なぜ、わざわざ(申年)と刻んだのだろうか。一般的には(○年○月吉日)と刻むはずだと考える。それで、先に述べた「庚申塔」がすぐ脳裏に浮んでくる。これは百番供養塔を建立した年が申年だったので年号の下に刻まれたものだと思うのであるが、これは偶然ではなく庚申塔のように「申:見ザル、言わザル、聞かザル」という村の戒律が背景にあるのではないかと思うのである。
まだ奇跡の森で過去に起こった災いのような事件、事故に関する確固たる証拠はつかめていないが、何かこの場所で過去に忌まわしい事件や事故が起こったのは間違いないと思っている。
これまでの調査で分っているのは、少なくとも平成元年(1989年)のころの村人たちには奇跡の森で不可解な災いが起こるということが分っていなかったのである。そのために奇跡の森に広がっている大理石を平成元年のころ切り出そうとして何人かの村人が筆者と同じように不思議な体験をしているようなのである。そのころ造られた砕石場は現在、加工場なども含めてものの見事に跡形もなく片付けられ、そこにはきれいに補修された百番供養塔だけが静かに残ってているだけである。
その痕跡は百番供養塔の後ろに無残に残されている切り出そうとした大理石や、吊り上げに使ったワイヤーロープなどが放置されているあわただしさから見て分る。村の役人やら教育委員会の方々に詳細を聞こうとしても含みのあることは聞こえてくるが、誰も真実のことはしゃべってはくれない。
写真は奇跡の森に建立されている最近撮影した冬景色の「百番供養塔」である。やはり刻まれている(申年)は「よそ者に絶対他言無用!」と村の戒律を投げかけているのかもしれない。

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