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2009年1月 3日 (土)

村の厳しい戒律【庚申塔】

Kousintou01 長野県のM村にある筆者が名づけた「奇跡の森」を調べ始めて、もう6年の歳月が流れていった。
このM村というところは実に歴史上の出来事を調べていけばいくほど奥が深く、その昔の「ムラ(村)」とはどういうものだったのかということを、そこにある石塔などが現代の我々によく語りかけてくれる場所ではないかと思う。
先に述べた【寒念仏鉦叩像】もしかりである。その当時、村は大飢饉に見舞われ、その苦境を村民が一丸となって乗り越えるために地元の僧侶が寒念仏という荒行をやりこなして建立されたものだった。
まさに時代の苦境に対して村民が一丸となったことを【寒念仏鉦叩像】は今の我々に語りかけているのである。
そのM村であるが、村の入り口に【おさる庚申塔】というものが建立されている。ウィキペディアによれば【庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。
庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習である】と説明されている。
これまでにいろいろとM村の歴史上の出来事を調べているが、この庚申塔は奇跡の森の百番供養塔と同様に何か深いいわくがある塔なのではないかと考えている。何しろM村は過去に悲惨な事件や事故、天災に何度か見舞われている。
中でも戦国時代に時のM村の武将たちは遠征した場所で篭城した村人を皆殺しにした事実がある。このような歴史上の悲惨な事実を見つめていると庚申塔に刻まれている三匹の猿(見ザル、言わザル、聞かザル)が村の厳しい戒律を物語っているように思う。
確かに筆者もM村に出かけては奇跡の森にまつわる話や過去に起こった歴史上のことを村民から聞き出そうとしているが、なかなか村人の口は堅く詳しいことは話してくれない。
M村の入り口にある庚申塔・・・これこそが「村民よ、よそ者に堅く口を閉ざせ!」という村の厳しい戒律たる存在なのではないかと考えている。写真はその庚申塔である。誠にもってM村の庚申塔はただの記念塔とは思われない。

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