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2008年11月

2008年11月30日 (日)

篤姫と百番供養塔

Hyakuban011 NHKの大河ドラマ「篤姫」もいよいよ大詰めである。いろいろな年配の方々からもドラマに引き込まれるように見入ったと感想が出されているから、よい大河ドラマだったと思う。
この番組を見ていて筆者も幽霊やひとだまの調査をしている長野県M村のT山麓にある百番供養塔が「篤姫」の時代(嘉永元年)に建立されたものだと気づいたときは大変感動したことを思い出す。
百番供養塔というのを筆者は初めてこのM村で知ったのであるが、そもそも百番供養塔は西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所を巡礼してきた人達が年寄りや病人たちが地元で巡礼できるようにと記念に建立したもので、江戸時代末期に全国的に広まったものといろいろな文献に示されている。
しかしながら、筆者が調べている長野県M村の百番供養塔は調査の結果、建立の真意はそうではなかった。少なくとも江戸時代のころからこの場所では筆者が遭遇したひとだまや幽霊などが目撃されていたようである。
要するに、長野県M村の百番供養塔は病人やお年寄りのためではなく純粋に霊魂を供養するための「供養塔」なのである。「篤姫」の時代は少なくとも関東甲信越で2回の大地震に見舞われて多数の犠牲者が出ているし、政治も幕末動乱で治安もよくなかったことを歴史が証明している。
従って、江戸時代末期に全国規模で広まったとされる「百番供養塔」の建立の真意は、大地震や幕末動乱などが続いていたので何か大きな災いの前触れではないかと国民が危惧したために全国的に広まって建立されたのではないかと筆者は考える。
写真はM村に建立されている百番供養塔である。供養塔の後ろに広がっているのが質のいい大理石の鉱山跡である。昔から、この大理石を採掘しようと村民が試みていたが、いろいろな災いが続き計画は断念されている。少なくとも平成元年にこの場所で大理石の採掘をM村が行おうとしたが、やはり不吉なことが周囲で立て続けに起こり計画は中断されている。今では村人は祟りのようなものが起こることを怖れて余りこの場所には近づいてこない。現実に存在する幽霊やひとだまが現れる心霊スポットなのである。

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2008年11月24日 (月)

日本超心理学会第41回年次大会

Peaple01s 日本超心理学会の第41回年次大会が平成20年12月7日(日)明治大学リバティタワー(御茶ノ水)で開催されるようである。
超心理学という世界は最近NHKのドラマ「七瀬ふたたび」で、ガンツフェルト実験などその手法が紹介され注目をあびている。
今回の研究発表テーマは「サイ素量子対のテレポートによるマクロPK発生のメカニズムについて」など最新の研究テーマが発表される予定である。
感心がある方は是非会場まで足を運んでいただきたい。
当日の演題は下記に案内が出ている。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/japanese/event/program/41program.html

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2008年11月16日 (日)

超能力バトル

Psi11 今、大槻教授(否定派)と内田教授(肯定派)の超能力バトルというのがインターネットの世界で話題になっているようである。内田教授というのは超心理学の世界では余り名の知れた方ではないようであるが、肩書きは神戸女学院大学の教授である。
このようなバトルは、まあ言ってみればテレビのバラエティ番組に群がるギャラリーの暇つぶしのためにあるようなもので、筆者としては、と言うよりは超心理学を研究されている方々にはすこぶる不愉快なバトルとしか写ってこないだろう。
ここのブログでも何度か超常現象の存在論争を取り上げているが、要は筆者本人としては、我々が生きているこの科学が発展した時代に、要するに21世紀中にこの「存在論争」に終止符を打って後世に引き継ぐことが、21世紀を生きている人類の務めなのではないかと考えている。
挿絵にあげているのは明治大学の石川教授のHPから借用したものであるが、この挿絵は特異現象を頂点にした人間の超能力、死後存続などを体系的に分類したものであるが、要するに我々の周囲で発生する不思議な現象は、この「特異現象」に集約されるということなのである。
筆者はこの「特異現象」は「霊魂」がなんらかの形で関与しているために起こるのではないかと考えているひとりである。
大槻教授と内田教授の「超能力バトル」を面白おかしく見つめられている方々も多いと思うが、世界をリードする「科学立国日本」として他の諸国に恥をかくことがないよう、正しい目線で見つめることが必要である。そして、21世紀に生きている私たち人類に課せられた課題、それが「特異現象」の解明なのではないだろうか。

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2008年11月 9日 (日)

悪魔を見分ける四つの鍵

Vatican01_2 バチカン・エクソシストという本があるので一部を紹介したい。
筆者は何度か霊魂と遭遇し憑依を受けた経験があるので、現代の宗教で実際に悪魔祓いという儀式が実際に行われているという事実に多少興味があった。
この本を書いたのはトレイシー・ウイルキンソンというLAタイムズのローマ支局長である。実際にこのような世界をジャーナリズムの視点から見つめてまとめられているから大変有意義だと思う。
この本の中で人間に憑りついた悪魔を見分ける四つの鍵というのが紹介されている項目を筆者の体験から得られた内容と比較して説明したい。

【悪魔を見分ける四つの鍵】

◎バチカンの考え方
 ・人間の能力をはるかに超えた力を発揮する。
 ・本人が持っている本来の声とはまったく違った声で話す。
  もしくは被術者が知るはずのない言語を話す。
 ・遠い場所で起きていることや、被術者には知りえない事実を
  知っている。
 ・聖なるシンボルに対して冒とく的な怒りや嫌悪を感じる。

以上の四点であるが、これは長いカトリックの歴史のうえで培われた項目なので確かなものであるだろう。
しかしながら、筆者の相手は悪魔ではないが霊魂の憑依については以前このブログでも紹介したが、次の三点を判断基準にしたらよいと考えている。

◎筆者の考え方
 ・身体(特に肩)に異変が生じる
 ・夢でうなされるようになる
 ・身の回りで不思議な現象が起こりだす

以上の三点である。欧米などと日本では文化の違いがあるので、【悪魔】という考え方にはギャップがある。日本ではあくまでも人間に憑依する相手は元は生きた人間や動物たちなのである。

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2008年11月 4日 (火)

大槻教授の素朴な疑問点

Soul01_2  早稲田大学の名誉教授である大槻義彦先生といえば日本国内や世界に知れ渡った反オカルト派の旗手として有名である。
その大槻先生がご自分のブログで霊魂存在についての三つの疑問をあげられている。確かに大槻先生の仰ることは的を得ていると思う。それは霊魂の存在を信奉されている多くの方々が、それらの根拠が「かも知れない」という伝説やら噂話のようなものを引き合いにして話をされているからなのだろう。
筆者は霊魂と何度か対峙したことがあるから、ごく普通に霊魂の存在を「理解」している。一般論は霊魂の存在を信じるか信じないかという論戦で、大体が平行線で終わってしまう。
このような、筆者にしてみれば「くだらない」論戦は止めて肯定派、否定派で相伴って幽霊が出没する場所で現地調査をしてみればいいのではないかと考える。
しかしながら、筆者が奇跡の森と呼んでいる最初に幽霊と遭遇した場所は、筆者本人も先ずは現地入りする人の身の安全が保障できない。地元の人たちも平成元年の幽霊騒動から、奇跡の森には足を運んでいないようだ。要するに奇跡の森に見知らぬ人が分け入って入ったとしたら祟りが起こるということなのである。
これはたんなる脅しではなく現実の話なのである。筆者はこれまでいろいろな人に現地調査の写真を見せて説明してきたが、この祟りについては科学的にはどうしても説明しようがない。
大槻教授の霊魂に関する素朴な質問は次の三つである。

1.「いったい、霊はどこにあるのか?あるなら見せてくれ。霊が情報の類なら、それは存在する。第一、DNAの情報は人が死んだ後も後世に受け継がれていくではないか。その人が死んだ後も、何物かは残る。それは、思い出・写真・文章など、その人が生きたという情報だ。」

2.「しかし死んだ後、肉体的復活も、生まれ変わりもない。」

3.「人の心や魂も脳という物質の活動であり、今や超伝導量子干渉計などで計測が可能になりつつある。」

この三点の疑問点を科学的に説明することが、霊魂存在信奉者の務めなのではないかと考えている。

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