« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月29日 (金)

墓場に浮かび出る顔!?

Kao00 「墓場に浮かび出る顔!」、ちょっと怖い気がするが、1971年、スペインのアンダルシアのベルメス・デ・ラ・モラレダという村のペレイラ家のコンクリートの床上に不思議な顔の紋様が現れる事件が発生した。
その顔はある朝突然にコンクリートの床上に現れて、それは誰かのイタズラだろうとその家の人は考えていた。しかしながら、床上の顔を水で何度も洗い流してみたものの、その顔は消えることがなかった。
その後、家人が気味悪がって左官屋を呼んで、その奇妙な顔の床上を削って新しいセメントで塗り固めてみたものの、その奇妙な顔の紋様は再び同じ場所に現れたのだという。この話は村外にまで瞬く間に広がって誰かの提案でその場所を掘ってみようということになった。
そして、その奇妙な顔の紋様のコンクリートの下から人骨が出てきたのである。さらに、昔の記録を調べると、このペレイラ家の家屋は17世紀のフェリペ四世時代の墓地の上に建てられているのが分ったそうである。そうすると、私が奇跡の森や近くの水汲み場所で幽霊クリウや幽霊ボンボリと遭遇した場所にも偶然だろうか動物や人の顔に似たような紋様が確かに確認できている。そして、幽霊クリウと遭遇した場所は縄文か弥生時代の古墳群である可能性が高い。
幽霊ボンボリが現れた場所はまだ墓場だと確認できていないが、地名が朝鮮系の名前であることも分っているので時間をかけて調べれば何らかの因果関係が判明するだろうと考えている。
掲載の写真は①スペインのアンダルシアのペレイラ家のコンクリートの床上に浮かび出た不思議な顔、②筆者が奇跡の森で写した動物らしい顔、③筆者が自宅近くの水汲み場で写した人らしい顔である。
もし、このような奇妙な顔の出現と幽霊遭遇体験が偶然に起こったとしても、偶然にこのような現象が発生する確率は375兆分の1と言われるくらいまれな出来事なのである。
「墓場に浮かび出る顔!」これは単なる噂話でなく、現実に起こりえる現象なのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月27日 (水)

「褐色の貴婦人」は幽霊か?

Ghost013 先日、近くの図書館へいって幽霊に関する本を読み漁っていると、1930年代に撮影されたとされる1枚の写真が目に留まった。
これは英国ノーフォークのレイナム・ホールで撮影されたもので、この館によく出る幽霊で「褐色の貴婦人」と呼ばれているそうである。この写真が何故筆者の目に留まったかというと、掲載の比較写真のとおり筆者にも同じような写真が撮れたからである。この写真は既にここのブログでも紹介したのであるが、単なる心霊写真程度にしか考えていなかったのである。
筆者が撮影した写真は近くの鉄道公園のD51機関車の勇士を撮影した何枚かの1枚にだけ写っていたのである。
撮影したのは去年の8月か9月のくもりの日だった。使用したカメラは携帯電話のカメラなので余り写真自体の画質は考えていなかった。
写真に写っている人型のようなかたちのものは、肉眼では何も見えていなかったから心霊写真のようなものかなあと思っていた。
しかしながら、よく見てみると「褐色の貴婦人」に筆者が写したものは姿かたちが本当によく似ているのが分る。
この写真が写ったころもちょっと気になって近くの住民に話を聞いたところ、数年前に近くで首吊り自殺があったと聞いてビックリした。
本当に不思議な話ではあるが、同じような写真が撮れるということは筆者のこれまでのフィールド調査からカメラのレンズと太陽光線が織り成す単なるマジックのような気がしてきた。
超心理学という世界では「超常現象」と呼ばれる不思議な現象も極めれば単なる「通常現象」に変わってくるというのが通説である。
さて、みなさんは「褐色の貴婦人」が幽霊なのか単なる光のマジックなのか、どう考えられるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月24日 (日)

現代版「死者の書」

Heaven001 今晩のNHK特集で末期ガン患者の医療のあり方について、横浜の開業医の自宅訪問医療の取り組みが紹介され大変感銘を受けた。
特に医者から死の宣告をされた若い患者さんについて親御さんのケアを含めて紹介されていたが、人間誰しも死の宣告をされたらいてもたってもいられないだろう。
周囲にはにこやかな表情で接している様子が映し出されていたが、人間誰しも「死」という入り口に立ったら足腰がガタガタ震えて人の言葉など恐怖の余りに耳に入らないかも知れない。
前にキューブラ・ロス女史の「死ぬ瞬間」というのを紹介したが、彼女の研究にも200人余りの蘇生した患者さんの聞き取り調査から、人間は死ぬ瞬間に多くの人が「トンネル現象」という光のトンネルを通過する体験をしたと語っているのである。
それから世界各地には「死者の書」というものがある。これらは殆どが宗教の世界で書かれたものであるが、最近の研究からもキューブラ・ロス女史の調査した内容と一致する部分が多くあるのである。
「死」というものは確かに誰でも人生の最後には体験するものであるから避けては通れないものなのであるが、私は死後の世界を調査研究しているものとして、末期ガン患者さんなどへのホスピスカウンセリングにこの光のトンネルが見えたら恐れず勇気をもって通り抜けるようにアドバイスすることが現代版「死者の書」として肝要なのではないかと考えている。写真は死後の世界へつながる光のトンネルのイメージである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

生命の階層図

Zukei01 死後の世界を科学するというと、ちょっと大げさすぎるかも知れないが、やはり私が遭遇した幽霊クリウ、幽霊ボンボリ、幽霊ニジョウなどのことを考えてみると、どうしても死後の世界というものが果たしてどんな世界なのか想像を巡らしてしまう。
これまで宗教家や作家、自称霊能者と称する人たちが死後の世界のことをいろいろと論じているが、どうしても神話の域を超えることができていない。確かに私が幽霊遭遇を何度か体験した後で超心理学の門を叩いたのであるが、死後の世界を専門的に研究している研究者とは残念ながらまだ、めぐり合っていない。これまでにいろいろな死後の世界に関する書物を読み漁ってみたものの、どうしても死後の世界を科学的に説明できるような書物にもまだめぐり合っていない。
ちょっとこころさみしい気分であるが、明治大学の石川先生が書かれた<心と認知の情報学:勁草(けいそう)書房>に死後の世界の謎解きになるヒントがあった。
それは挿絵にもあるように「生物進化の階層」と呼ばれる階層図である。この図でも分るように生物進化の底辺にあるのが<無機物>という世界だ。併せて心のあり方は<アニミズム:精霊崇拝>と説明されている。この階層図から私たちの死後の世界を推測してみると、私たちは死後<無機物>と呼ばれるものになって自然界で存続しているという仮説が立てられるのではないだろうか。この階層図は<生命の階層図>と述べても過言ではないと感じている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月18日 (月)

超心理学特別企画講座の紹介

Jspp002 国内の超心理学についての特別企画講座が下記のURLで案内されているので、超常現象や超能力に関心のある方に紹介したい。
講師は明治大学の石川先生、蛭川先生、国際総合研究機構の小久保先生、TVディレクターの本間先生で超心理学の世界で活躍されている方々である。
超心理学という世界はこれまでテレビのバラエティ番組などで紹介されることはあったが、本格的な講座が開催されることは超心理学に携わっているものとしてはうれしい限りである。
超心理学に関心がある方は、どうぞ受講をお勧めします。
https://academy.meiji.jp/shop/commodity_param/ctc/60/shc/0/cmc/08160016/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月12日 (火)

墓は生きている

Haka01 M村の林道で幽霊クリウと遭遇した後で、後日調査のため同じ場所を訪問した際に幽霊クリウが現れた場所から林の中に足を踏み入れてみると写真にも掲示しているように人が小石を積んだと思われる無縁墓のようなものがあるのに気づいた。その時は、きっとその昔、誰かがここで死者を弔ったものだろうと考えていたのだがM村は室町時代に庄として歴史に登場しているので、その時代は古墳時代からはるかに時が流れており人を弔うときは墳墓に埋葬する習慣が既にあったと考えられる。従って、この無縁墓は室町時代よりも更に古いものだと考えられるのである。
そして、この林道には同じように人が小石を積んで作ったと思われる古墳らしいものが辺りに点在しているのもその後の調査で判明した。
写真の古墳らしいものは幽霊クリウが現れた林道の林の中で発見したものであるから、恐らく幽霊クリウの墳墓に間違いないと思う。
これまでの調査で判明したものは、その昔(多分江戸時代の後期だろう)M村のT山の麓で大理石の鉱脈が発見された。最初は手を加えるものがいなかったが、間もなく隣村で金鉱が発見されたのを知ってM村でも金鉱がT山の麓に眠っているのではないかと考えられた。
そこで村人はT山の麓に作業小屋を建て、そこに古墳群があるとも知らず鉱山開発のために林道を造ったのである。そして、その林道は不幸にも古墳群を分断するように造られてしまった。
これは現在の仮説であるが、そこから霊魂たちの怒りに触れたM村の村人たちに災いが起こり始めたのである。愛馬が谷底に落ちて死んだり、鉱山関係者の中からけが人が続出したり不幸にも死んでしまったものまで出た。
慄いた村人はそこに百番供養塔を建立して供養を行ったのである。現在でもこの場所は筆者のように何も知らずにその林道を通ったものには霊魂たちの憑依が待ち受けている。
本当に祟りというものは科学的な根拠が見つかっていないが恐ろしいものである。村人の口から林道に建立されている百番供養塔について話を聞いていくと、そこには死後の世界が間違いなく存在していると確信できるものが何点かあった。
墳墓というものは死者が眠る場所なのだけれども、これまでの調査から間違いなく生きているとしか表現ができないものなのである。

私のお墓の前で泣かないで下さい
そこに私はいません
死んでなんかいません
千の風に、千の風になって
あの大きな空を吹き渡っています 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 8日 (金)

キューブラ・ロス「死ぬ瞬間」から

Last_l_01 スイス生まれのキューブラ・ロス女史についてちょっと触れてみよう。2006年にNHKで特集「最後のレッスン」というのが放映されて日本国内でも死後の世界や体外離脱、幽体離脱というものについて関心が深まったのではないかと思う。
<彼女は1926年、スイスのチューリッヒに三つ子姉妹の長女として生まれる。父親が医学部進学に反対で、自ら学費を捻出するため、当初は専門学校を経て、検査技師をしていた。その後、1957年、31歳の時にチューリッヒ大学医学部を卒業している。彼女は医学部での学生時代に知り合ったアメリカ人留学生マニー・ロスと共に1958年学業をさらに続け、また働き口を探すべくアメリカにわたった。>(ウイキペディア・フリー百科事典より)
私はこのテレビ番組をあいにく見逃してしまったのだけれども、彼女の大きな功績の中にあるのが一度は医学的には死んで再び蘇生した人々を200人調査して「死ぬ瞬間」という著書にまとめたことだろう。
その著書の中で、彼女は蘇生した人々からの聞き取り調査では死の印象について殆どの人が「死ぬ瞬間、それは慈愛に満ちた何ともいえない柔らかい光に包まれていた」と語っていることである。
私も幽霊クリウと遭遇した後で同じような夢を見たことがある。自分の体が小さな昆虫のようになって大きな花の並んでいるような並木道を飛び抜けている場面があった。そして間もなく彼方にまばゆいばかりの光が見えていて、そこから目が覚めて現実に戻ったのである。
キューブラ・ロスも私と同じように幽体離脱を体験しているから、人間というものは死後の世界を否定、肯定している人も一様に幽体離脱を体験するのであろう。
写真は2006年にテレビで放映された彼女の特集の画面である。超心理学の世界でも彼女の功績は大変大きいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 6日 (水)

心霊現象?消え行く顔

Kao01 さて、話は変わって我が家の近くの水汲み場には杉の木に不思議なムンクの叫びという絵のような人間のガイコツに似た紋様が浮かび出ている。
もうかれこれ6年近く調べているが少しずつであるがその紋様に変化が起こっている。このような調査は科学的ではないと非難する人も中にはいらっしゃるが、兎に角、世の中の七不思議というしか言葉が浮かんでこない。
Kao03_2 何しろ、そのガイコツのような顔には目が二つあって口と前歯がハッキリと識別できるし全体が一様に傾いているのも偶然とはとても思えない。
幽霊ボンボリが私の前に姿を現した場所でもあるし、何か因果関係があるのではないかと考えたくなる。
ここで、その紋様を「ムンク」と名づけて呼んでみると、ムンクは2003年の頃が一番輪郭がハッキリしていたように思 う。Kao02_2 ムンクはこれまでの調査で分っているのは、単にコケが杉の木に寄生しているものなのである。
2003年といえば私が最初に幽霊ボンボリと対峙していたときである。

その後、何回かムンクの写真を撮り続けているが、最近、その顔の輪郭が崩れてきているように感じられる。
一昔前は人面魚とか人面岩などとテレビの心霊番組でよくMunk03 取り上げられて騒がれていたが、実際にそのようなものが目の前に現れてくると驚きを隠せない。
写真はムンクの姿を4枚に分けて紹介したものであるが、正に「消えゆく顔」という表現しか頭の中に浮かんでこない。さて、みなさんはこの姿を心霊現象と捉えるか他に何と捉えるだろうか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

憑依の終焉

Hyoui002 さて、これまで幽霊遭遇体験からポルターガイスト(超常現象)、幽体離脱体験まで話してきたのだけれど、これらの一連の体験は幽霊クリウと遭遇した後に起こった事象で、霊魂の憑依によるものではないかと考えられる。
この憑依というものは体験した人間でないと分らない点が多いと思うが、この不思議な憑依は4~5年続くものと思われる。
筆者がこの不思議な憑依というものに気づいたのは、自分の周囲で不思議なことや金縛りのような夢を見なくなってからのことである。
要するに山歩きしても身の回りで不思議な現象は起こらなくなったし山中で交霊しようとしてもポルターガイストのような超常現象は全く起こらなくなった。
但し、まだ奇跡の森に調査に出かけたときは、まだ、そこに得体の知れない何者かがいるらしいことを感じるときもあるが、以前と比べると恐怖感は減ったように思う。
この憑依の終焉について気づいた点を述べてみると、2006年10月に体験したものがその終焉に当たるのではないかと思う。
それは挿絵にも示しているように、夜、床について眠りに入ろうとすると鼻の下のところが何やら暖かい感じがした。鼻とくちびるのところがほのかに温かかった。時間的には5~10分程度だったと思う。形状は丸くてパチンコ玉くらいの大きさだった。
この現象も3日3晩続いたのである。とても不思議な感じがしたのだけれども、確かにその現象は4日目以降は感じることがなかった。
その日を境にして身の回りで不思議な出来事は殆ど起こらなくなったのは事実である。この不思議な体験が憑依の終焉なのではないかと筆者は考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 2日 (土)

幽体離脱体験、夢と現実の照合(5)

Piano02 この不思議な夢の体験は筆者の日記を遡って調べていくと2002年から2004年にかけて集中しているようである。
この中で2003年に見た夢では、どこかの大きな屋敷に迷い込んだように入っていったものであった。そこはとても暗い場所で住民は誰もおらず静まり返っていた。
その屋敷の中を入っていくと右手に小さな部屋が見えて、そこをよく見ると挿絵に示すとおりピアノがあった。ピアノのことについては専門家ではないのでよく分からないが、縦型のものでアップライトピアノと呼ばれるものによく似ていた。
この場所は幽体離脱体験、夢と現実の照合(2)~(4)で述べたような怖い場所ではなかった。ただ屋敷の中には人は誰もおらず大変物寂しい場所であったことは間違いない。
この夢は連日続いた訳ではないが、時々夢の中に出て来た場所であった。現実の世界に目を向けて話してみると、昨年4月にG寺を訪問した際に筆者が最初に幽霊クリウの供養の相談をした先代23世のご霊前に線香をあげて来たのだけれども、その時、初めてG寺の本堂に上がってきた。
このG寺は明治後期に大火にあって古いものは余り残っていないが20年ほど前に立て替えられて、本堂はとても豪華絢爛な佇まいだった。
そのG寺の本堂には挿絵にも示しているように、離れの建物から本堂に行けるよう通路が設けられている。その時、筆者が大変驚いたのは本堂に通じるところの6畳ほどの場所にアップライト型のピアノがあったのである。
本当にこれまでの夢の体験から分るように、これらは偶然から起こっているものとは到底考えられなかった。幽体離脱体験、このような不思議な出来事は間違いなく私たちの身の回りで起こっていると言わざるを得ないのではないだろうか。

こころの奥底は夢のいとなみに開かれている
閉ざされた室内の亡霊の手のように
夢はぼくらの中にあり、つねに命をもっている
そして三者はひとつだ、人と、物と、夢と・・・
    フーゴ・フォン・ホフマンスタール

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »