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2007年8月

2007年8月27日 (月)

輪廻転生とは

Iseki001 輪廻転生ということばが仏教界にあるが、超心理学の世界ではこれらも前世、来世の世界の出来事として研究されている。
これは超心理学の世界ではいろいろジャンル分けがされているが、こころの研究室(笠原敏雄)や超心理学講座(石川幹人)では、これは生まれ変わりとして正式に位置づけされている。
私もこの生まれ変わりに似た体験をしたことがある。やはり今から15~16年くらい前だったと思うが、友人に連れられて渓流つりに出かけたときのことであった。東京から高速をつかって車で長野に足を伸ばしたときの出来事で、私はその時初めてその場所に行った。
その時は友人3人との釣り行で、私は後部座席で友人には悪いと思ったがグッスリ一眠りしていた。現地についたのは正午ころで、そのころ、私も深い眠りからようやく目覚めかけたときのことだった。
ボンヤリと窓の外の風景を眺めていると、何かがおかしいのに気づいた。それは私が初めて訪れた場所だったのだけれども、車の窓から見える風景が私にとって見慣れた風景だったのである。しばらく目の前の風景が見覚えがないのに深い記憶の中の風景と一致して混乱していたと思う。友人にはそのことは伏せておいたが、その晩泊まった宿も見覚えがある宿の風景だった。それは温泉につかったとき、すぐに自分が以前にこの温泉に来たということが念頭に浮かんできたのである。
翌年、また同じメンバーで釣り行に出かけて、同じ温泉宿に泊まったとき、私は友人にこれまでのことを打ち明けた。
そして、私の記憶にある風景の中で、その温泉宿の前の雑草の奥に小さな池があったり、細い道が小高い丘のところに伸びていることなどを前もって話して聞かせると、それがズバリ的中した。
友人の一人は私の話を聞いて気味悪がって、釣り行を予定より早く切り上げてしまった。このような不思議な体験談は世界各地に残されており、チベットやブータンなどでは現実の世界として今も語り継がれている。これらは死後の世界で魂が肉体から離脱しているからこそ、起こりえる輪廻転生現象なのではないだろうか。

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2007年8月24日 (金)

夢の役割

Jungmod フロイトとユングというと心理学の世界では有名な心理学者である。
ところで心理学と超心理学という世界は大きく違う。心理学というと医学の世界が中心なのだけれども、超心理学というのは主に人間の持つ超能力とか死後の世界を研究する世界なのである。
一部の似非科学と呼ばれる世界では超心理学で扱っているものを癌を治したり精神的な鬱を直したりするものだと信奉する人もいるが、それらは大きな誤解の世界である。
超心理学の世界では人間の癌や鬱を直すことはできない。ただ言えることは、どんな人間にも人を驚かせることができるような能力を持ち合わせているのである。それが超能力と呼ばれる世界であって冒頭で述べたユングは心理学の世界にフロイトとは違って超心理学的な考え方を取り入れた学者だと思う。
彼は彼自身の体験から洪水の夢を見た後に第一次世界大戦が勃発した体験をしたので、このことから夢の役割は何らかのメッセージを運んできていると考えた。要するに超心理学の世界では予知夢と呼ばれる世界なのである。
日本人は身内や親友たちの不幸があるとよく<虫の知らせ>というもので察知することがあるが、これらはフロイトが考えた夢の役割の世界と同じである。
ユングという有名な心理学者も考えた不思議な夢の役割、夢を科学すれば人間に備わっている霊魂というものが解明されるのではないだろうか。
写真はカール・グスタフ・ユングである。

こころの奥底は夢のいとなみに開かれている
閉ざされた室内の亡霊の手のように
夢はぼくらの中にあり、つねに命をもっている
そして三者はひとつだ、人と、物と、夢と・・・
    フーゴ・フォン・ホフマンスタール

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2007年8月21日 (火)

千の風になって

Boti001 千の風になってという作詞者不明の歌が最近、日本人のこころを捉えている。確かにこの歌を聴くとたましいの郷愁らしいものがこころに響いてくる。この歌は詩歌の世界なのだけれども、肉体が滅び去っても間違いなく魂は墓標の前にあって、魂だけは死滅しないということを賛美している歌ではないだろうか。
私は奇跡の森で幽霊と遭遇したのだけれど、千の風になっての歌のように魂は肉体が滅んでも間違いなくお墓の中にあると思うようになった。これは信じる、信じないという論争の世界ではない、間違いなく魂は肉体が死滅しても墓標と呼ばれる付近をさ迷っているのである。
写真は冬の奇跡の森を訪れたときに撮影した古墳らしいものの姿である。この写真には左手に2基、右手に1基、計3基の古墳らしいものが写っている。これまでの調査から私が最初に遭遇した幽霊は左手の古墳から姿を現したものだと考えている。彼はきっと千の風になって、今日も奇跡の森を吹き抜けている精霊なのである。

私のお墓の前で泣かないで下さい
そこに私はいません
死んでなんかいません
千の風に、千の風になって
あの大きな空を吹き渡っています 

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2007年8月19日 (日)

木から鉄ができる?

Eye02 木から鉄ができるというと、普通の人間はせせら笑うだろう。しかし、これは既に現代科学では成しえる力なのである。木を燃やすと途中で木はカーボンになる、そして、そのカーボンを核融合させると鉄ができるというのである。
これが現代の科学の日々進化する常識である。すなわち、死後の世界というものの考え方も同様で、日々過ぎ去った科学の常識で考えるのには無理があるということになるのではないだろうか。
常識というものにとらわれない世界、超心理学という世界は考えてみれば大変面白い世界だろうと思う。超心理学に興味を持った若い人たちが将来活躍する時代が必ず到来するだろう。

一時間に三千六百回、ひそひそと秒はささやく
忘れるな!早口の虫めいた声で
「今」は言う。おれは「昔」さ!
この不潔な吻管でおまえの命を吸いとってしまったぞ
         シャルル・ボードレール  

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2007年8月16日 (木)

ぼんぼりの幽霊

Soul01 話は変わって、私が奇跡の森で幽霊遭遇体験をした後に自宅近くでも数回霊体験をした。そのひとつの場所が<ぼんぼり(盆堀)>と呼ばれるところで地域の人が天然水を汲みにくる場所だ。
このぼんぼりの幽霊は写真撮影をするときに僅か14mmのレンズに結露するように現れてくるから、肉眼で直接見ることができなかった。
その後、4年前の9月12日だったと思うが、ぼんぼりの幽霊は私の前でポルターガイストのように目の前の雑草を動き回った。動き回ったという表現が正しいかどうか分らないが、目の前の雑草がまるで蝶々が群れをなして羽ばたいているように動き回ったという表現が正しい。
こんな話は誰に話しても作り話のように思われて信用してくれるはずはない。しかし、私はデジタルカメラを持っていたので、そのときの状況を写真とビデオ映像に収めている。
デジカメで捉えた写真やビデオ映像は未だかって誰も反論できない確かなものである。その後、この<ぼんぼり(盆堀)>という地名を近くの図書館で調べ上げたが、その昔は<へんぼり>と呼ばれていたらしく、この呼び方が朝鮮系の地名であるというところまでたどり着いたが、その先はまだ詳しく分らない。
今日はお盆の送り日だ。この<ぼんぼり(盆堀)>という地名はお盆と堀を合わせたような奇妙な地名で、なんとなくミステリアスな場所だ。近くには戦国時代に築かれた城跡もある。
Hitodama04 下の写真はぼんぼりの幽霊が私の前でポルターガイストのような行動を起こしているときに撮影したものである。小さな白い煙のようなものが骨格をなしていて、一部に緑色の部分もある。これらを科学的に解明しようとしても現在の科学ではなすすべもない。
兎に角、不思議な体験をしたが、その後ぼんぼりの幽霊は私の前に姿を現さなくなった。

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2007年8月15日 (水)

金鉱と幽霊伝説

今はお盆の真っ最中で、田舎はどこもかしこも帰省客で混雑している。大都会のオフィス街だけがなんとなくサラリーマンたちの姿も消えて殺風景である。
叔母の新盆に呼ばれて、その足で奇跡の森に足を運んできた。この場所は国道からひとやま越えた場所にあるのでお盆も正月も余り混雑はしない。
風林火山でおなじみの武田信玄は領内各所に湯治のための温泉を隠し持っていたと伝えられているように、山梨県や長野県には昔からの温泉がたくさん残っている。
そして、奇跡の森の近くにも鹿の湯という小さな温泉が国道沿いにあって、日中は利用客も少なく私も時々のんびりと利用している。湯代は550円/人である。
さて、今回は百番供養塔周囲の調査が中心だ。村人からこの周辺は大理石の鉱山跡だと話は聞いていたのだが、なんとなく大理石の鉱山跡としては様子が変である。
私は鉱山の知識は余り持ち合わせていないが、それでも鉱山と呼ばれる場所には何箇所かいったことがあるので、鉱山の雰囲気くらいは大体、頭に残っている。
要するに百番供養塔の周囲が単なる大理石の鉱山だったとしたら、この場所では原石の切り出しが主な作業となるのではないか。それから加工場へと運ばれて商品へと加工されていくのが一般的な大理石の砕石システムだと思う。
Kouzan01 それから、この場所ではダイナマイトで原石を切り出したような跡もないし、そこでは小さく切り出されている原石が多く目立つ。写真は百番供養塔から上流50mほど進んだところに残されている砕石機械の残骸である。
鉱山の専門家の方であれば、直ぐにこれが何を意味しているか分ると思うが、専門的知識のない私にも何となくここで砕石後何かが行われていたことが分る。
朝鮮では墓地の跡に金鉱が見つかるという伝説があるらしいが、この場所はさては武田信玄の隠し金山か!正にその朝鮮の伝説そのものの場所なのかも知れない。

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2007年8月12日 (日)

日航機事故から22年・・・

Nikkouki01 1985年8月12日午後6時すぎ、私は東京八王子の屋上のビアガーデンに会社の同僚たちといた。その時、テレビやラジオのニュースでは羽田発大阪行きの日航機のジャンボジェット123便が制御不能となって関東上空を迷走していると報じられ大騒ぎとなっていた。そして、調度その頃、日航機は八王子の上空を迷走していたのである。
あの日も調度、今年の夏空のように暑い猛暑日で当時は日本全国民が日航機123便の迷走を固唾を呑んで見守っていたが、同日18時56分に機影がレーダから消えたとその日報道された。
その後、同機は長野県南佐久郡近郊に墜落したのではないかと報道され、自衛隊が近辺の捜査を続けていたが同日未明に二次災害の危険もあってその日の捜査は打ち切られた。
翌朝、同機は群馬県上野村御巣鷹山の山頂付近でその無残な姿を自衛隊により発見され、その後、4名の生存者、520名の犠牲者という国内最大の航空機事故として歴史に刻まれた。
あれから22年の歳月が過ぎてしまったが、もう若い人たちには悲惨な事故があったことなど余り関心がないだろう。
ところで、私が奇跡の森と呼んでいる場所は、この村の村道を4~5Kmほど進んでいくと事故のあった上野村御巣鷹山につく。事故当時、この村でも近くに日航機が墜落したのではないかと自衛隊や警察、報道関係者たちがたくさん集まって道路が混雑して大変だったと村人が話していた。
奇跡の森で私が幽霊に出会ったとき、一番最初に頭に浮かんできたのはこの事故で亡くなった520名の犠牲者の御霊のことでもあった。
長野県南佐久郡近郊というのは、現在NHKで放映されている風林火山からも分るように戦国時代の主戦場の地でもあって、今でも幽霊やひとだまとの遭遇談がたくさんあり言わば広大なミステリースポットなのである。
それから奇跡の森があるM村の戦国時代の城主の末裔は、現在、この村には住んでいない。村人の話によれば北海道にいるとのことであった。どうして、当時の城主の末裔がこの村からいなくなったのかはまだ分っていないが、現在の私の不思議な難問のひとつである。
私は霊能者と呼ばれる人間ではないので特別な能力を備えていない。ひとつひとつ幽霊が現れた現場に出向いて史跡や歴史などから不思議な出来事を紐解いているが、近くで国内最大規模の航空機事故が発生したという事実も見逃せないポイントである。亡くなった520名の御霊に黙祷。

写真は日航機事故で友人を亡くされた方のHPから http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm

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2007年8月 9日 (木)

霊魂と憑依のこと

Girl02 昨年12月に山梨の叔母が亡くなったとき、東京から車で通夜に出かけたときの不思議な話。
田舎の葬式なので隣近所の人たちがたくさん通夜に集まっていたが、その日はちょっと状況が異様な感じだった。
異様というのは、その通夜の席上、叔母の親類の青年が急に苦しみ出して寝込んでしまったからだ。私もこのような光景を目の当たりにしたのは初めてだったので大変驚いた。
これが、間違いなく霊魂の憑依だとそのとき私は強く感じた。通夜に訪れてきた町内の弔問客たちや親類たちは、そこに叔母の霊魂が間違いなくいるということを理解していたが、誰もそのことばを恐ろしくて口に出せずにいたと思う。
その青年の親御さんは周囲の雰囲気を和ませようと単に息子が風邪をひいているだけだと必死に説明していたが、その青年の苦しんでいる状況は風邪というものでは到底説明できるものではなかった。
この憑依ということばは、霊魂がいると信じられているからこそ昔から存在していたものだと思う。
その青年は今は元気に暮らしているが、多分、いやな体験をしたと感じているだろう。もう直ぐお盆、そのとき黄泉の国へ旅たった叔母の新盆だ。

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2007年8月 5日 (日)

ヨルダン川のこと

Yominokuni3 恐らくキリスト教の世界ではヨルダン川というものを知らない人はいないだろう。
ヨルダン川(Nahr al-Urdunn)は中東の国際河川。ヘルモン山などに端を発し、途中ガリラヤ湖などを通り、死海へ注ぐ。新約聖書によれば洗礼者ヨハネがイエス・キリストに洗礼を行った場所である。(ウィキペディアフリー百科事典より)
以前、このブログでも三途の川という記事を書いたが、キリスト教を信奉する人たちにとってはヨルダン川は三途の川そのものである。その三途の川の先には死海というものが待ち受けているから、現実というのは末恐ろしい。
世界中ではエジプトではナイル川、インドではガンジス川などが三途の川としては有名である。
死後の世界を語る上でこの三途の川は重要な存在となっている。人類はどうして皆、同じ三途の川を夢の中で見るのだろうか。死後の世界を否定している人たちも不思議なこれらの夢体験には首をかしげているから面白いものだ。
私も奇跡の森で幽霊と出会った後に、この三途の川を夢の中で体験した。そこは、川幅は20~30mほどの川で霧深く対岸に3人ほどの人影が見えた。水の量はそれほどでもなく歩いて渡れる程度だった。
私は夢の中で、そこが三途の川だと気づいて逃げ帰ったが、もし渡っていたら今はこの世にいなかったかも知れない。
もうすぐ日本はお盆の季節、静かに向かい火を焚いてご先祖を呼んであげよう。

あの冷たいヨルダンの川を
深い水を
広い川を見てごらんなさい
大きな波のうねりに耳をすましてごらんなさい
イエスをあなたの道ずれにすることです
彼は真実の道ずれ
彼がいなくては
決して天国へ行けないでしょう
           フレッド・リッチ

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2007年8月 2日 (木)

爆心地と霊パワー

Reipower01 さて、もう暦は8月になった。毎日うだるような暑さが続いていて、台風5号も日本列島に襲いかかっている。
8月はお盆があったりしてご先祖様が帰ってくる月でもあるが、何と言っても日本では8月15日に終戦記念日がやってくる。広島と長崎に原爆が投下され、日本は無条件降伏した。戦争というものは歴史が証明しているが大変悲惨な人類の愚行である。
戦争の話を持ち出したのは、奇跡の森の不思議な話をするためである。先に何度も述べているが、奇跡の森には百番供養塔なるものが建立されている。これまでの調査から感じられるのは、この百番供養塔の周囲100mほどが、ちょうど原爆でいうところの爆心地という表現がよく当てはまると思う。
百番供養塔の周囲には何かしら鉱山跡とか古墳のような人工物が当たりに点在しているが、その先はさほどそのようなものは見当たらないのである。
奇跡の森から直線距離で200mほど下流に行くと、そこには弥生時代のものと思われる遺跡がみつかっているのであるが、そこに建設された製材所では奇妙な事件や事故はこれまで報告されていない。
やはり百番供養塔の周囲100mほどが、一番荒涼とした風景であり事故や祟りなどが過去に発生しており霊パワーが一番大きいようだ。最近、M村では私が幽霊調査をやっていると一部の村人たちも認識し出して気味悪がって余り奇跡の森に足を踏み入れなくなった。
不思議な霊パワー!まだこれらを測定する機械は無いが、そこで起こった奇妙な事件や事故を調べていくと周囲100mほどの中心点が爆心地のように見えてくる。

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