« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

2007年7月31日 (火)

アメージンググレース 本田美奈子

Minako147 ちょっと気分転換に話題を変えて2年前に亡くなった歌手の本田美奈子さんについて話してみよう。
今日、テレビのニュースで埼玉県の朝霞市に記念碑がたてられたと伝えていた。本田美奈子さんという歌手はたくさんのファンがいてその早い死が惜しまれていたのは周知の事実である。
それから、今年の6月に同年代のZARDの坂井泉水さんも亡くなられて大きなニュースとなったのも真新しい記憶のひとつである。二人とも、現世では美しい歌声の歌姫だった。
死というものは生きている人間には誰も体験したものはいないけれど、彼女たちのように周りから惜しまれて旅たった人はうらやましい。
本田美奈子さんも坂井泉水さんも亡くなられてから美しい黄泉の国の天使になられたような気がする。
私は死後の世界を人生のライフワークとして調べているが、まだ死後の世界の謎は大きすぎて私のような小さな人間には捉えるすべがなく、ひとりポツンと入り口に佇んだままだ。

アメージング グレース!
何と美しい響き
私のような者までも救ってくれる
かって私は道を失いましたが
今はもう正しい道を見い出すことが出来ました
盲目の目も見えるようになり
やっとあなたの傍に

アメージング グレース
本田美奈子 坂井泉水

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月29日 (日)

南牧村という村

Nobeyama 千曲川の上流に南牧村(みなみまきむら)という村がある。この村の名前を言っても普通の人はすぐにピンとこないだろう。
しかし、日本一標高の高い(標高 1345m67cm)鉄道の野辺山駅や八ヶ岳が近くにある村だと話をすると多くの人にはよく分かると思う。夜空の星たちはまた格別にきれいによく見える。
面白いことに、この南牧村というのは近隣の群馬県にも呼び方は違うがひとつ存在する。群馬県ではその村の呼び方は南牧村(なんもくむら)である。
この村の呼び名について由来を調べてみると、やはり縄文時代にまで遡ることができるのである。縄文時代、これらの村では馬をたくさん飼育していたので牧(まき)という名前が村の名前として今日まで残ってきたと古代史などに記してある。
そして、この二つの村は私が幽霊と遭遇したM村を挟んだように群馬県と長野県に分かれて存在している。M村を訪ねてみると確かに馬頭観音が道端によく見られ、人々の生活に馬が深く関係していたことを物語っている。
1万年前のプレヒストリックパーク!ここら一帯では馬にまたがった騎馬軍団たちが勇壮に野山を駆け回っていたに違いない。
写真はJR野辺山駅である。(南牧村のHPから)

この間、私は見た
月に照らされた森を
妖精たちが馬で駆け抜けていった
角のひびきや鈴の音を私は聞いた
     ハインリッヒ・ハイネ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月25日 (水)

プレヒストリックパーク

最近、NHK教育テレビでプレヒストリックパークという番組を水曜日に放映しているが、次元が1億年とか3億年にタイムスリップしていてなかなか面白い。
1億年、3億年といっても、凡人の私には想像もつかないほどの年月が経っているのであるが、その時代に生きていた生物たちは間違いなく化石となって私たちの前に姿を現して、その痕跡を見せている。
奇跡の森に話を戻してみると、奇跡の森は2億年前に海底が隆起して誕生したものだと、そこにある大理石の鉱山跡が証明している。
そこに人類が住みついたのは今から1万年前だ。それは千曲川の流域で発見されている積み石塚古墳が証明している。
私は奇跡の森で幽霊に出会ったのであるが、これまでの調査から私が出会った幽霊は、そこにある古墳の姿かたちから縄文時代か弥生時代の人類の御霊なのではないかと考えている。
奇跡の森では、死後の世界の痕跡を数々発見しているので、そこは、 いわば1万年前のプレヒストリックパークそのものではないだろうか。
彼らは部族間の戦いに明け暮れ、そして、その戦いに敗れ去った部族に間違いないと思う。
Morinosei003_2 写真に捉えた幽霊の姿を見れば、その幽霊は頭にかぶとのような飾り物をつけているように見える。彼は恐らく1万年前の戦士だったに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月24日 (火)

反証とは何か

Kisekimap01 霊魂の存在論争には懐疑論者がたくさんいることは承知している。これまでに私はいろいろなところに出かけていって奇跡の森での出来事を写真や映像をもとに話をしてきたが、今のところ私の体験については誰からも否定的な見解は示されてこない。
もちろん、私が説明した方々の中には口うるさい懐疑論者も数人いらっしゃった。この口うるさい懐疑論者の中からも今のところ何も反証的意見も出されてこないから、恐らく彼らも私の体験については信用しているのではないかと思う。
物理や超心理学という世界では、この反証というところがなかなか手ごわい。何しろ、超常現象や超自然現象などと呼ばれるものに対しては、その中のひとつでも人間の錯覚や単なる自然現象だと確認されるものが判明すると全てがインチキとか錯覚などと同じ扱いとなってしまう。
私も霊魂の世界のことを調査している人間であるが、先に紹介したように神秘なオーブの正体が昆虫の放つオシッコだと分ったときには、これまでに体験した霊的な超常現象は全て私の錯覚か単なる自然現象なのではないかと、自身でも自問自答したくなったのは事実である。
しかし、私は奇跡の森での出来事は間違いなく真実であると信じている。幽霊と遭遇して、その後で同じ場所でひとだまに出会った。周囲には古墳群のようなものがあって、その林道の奥には百番供養塔が鉱山跡に建立してある。
これらは全て現実であり死後の世界の痕跡を現しているのではないかと思っている。反証という手法は確かに必要なものだと思うが、場合によっては現地を関係者が調査して第三者の立場から中立的な意見を述べる必要があると思う。それが反証という世界に必要なのではないだろうか。
添付の図は奇跡の森の概略図である。

うすももいろの花びらが
お床の上にふりつもり
お目めさませば ふと消える
だれもみたものないけれど
だれがうそだといいましょう
         金子みすヾ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月21日 (土)

霊魂と不思議な臭い

07natsu さて、奇跡の森の調査に話を戻してみよう。7月16日、新潟県中越沖地震があった日、私は奇跡の森にいた。地震があったAM10時ころは特に私自身は地震の揺れらしいものは感じなかったので、大地震があったとは夢にも思わなかった。この場所は長野県なのだが山梨県、群馬県との県境に近いこともあって地震の影響は余りなかったようである。
この日、不思議な出来事があった。それは午前9時30分ころだった。奇跡の森の林道入り口付近にいると異様な臭いが漂ってきた。その臭いをどう表現したらいいか分らないが、兎に角、血なまぐさいいやな臭いだった。何か手負いの獣が近くにいるのではないか、一瞬、ヒヤリとして辺りをじっと目を凝らしてしてみたものの獣が動くような気配は全くなかった。不思議なことに奇跡の森の林道をちょっと奥に足を踏み入れると、その臭いは全くしなくなった。これは、私が2002年5月にこの場所で幽霊に出会ったときに辺りで花の甘い香りが漂っていたのであるが、その時と状況がよく似ていた。
そのときも、奇跡の森の林道の入り口付近だけ甘い花の香りが漂っていたのである。
私のいる場所の近くに何かいたのは間違いない。ちょっと緊張したひと時だった。やがて、その血なまぐさい臭いは10分くらいで私の周りを通り過ぎていった。
この不思議な臭いの体験は、今回の体験も含めてこれまで3回ある。よく海外のオカルト映画などで霊魂が現れるときに不思議な臭いを感じる場面を見ることがあるが、霊魂と不思議な臭いの発生は何か因果関係があるのではないだろうか。

沈黙の獣たちがひしめいて 明るい
解き放たれた森の中から
ねぐらや巣の中から走りでた
すると分かったのだ
彼等がそのようにひっそりとしていたのは
企みや恐怖からではなく
ただ聴き入っていたためだと
       ライナー・マリア・リルケ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月20日 (金)

霊界と暗黒物質

Ankoku001 暗黒物質がなければ現在の宇宙は存在しない!私にはまだこの科学的な理屈がよく分からないが、ニューサイエンスというものを提唱している科学者も、この説をあの世の存在と併せて説いている。
この暗黒物質をNHK教育テレビのサイエンスゼロの番組から特徴を引用すると、
①見えない
②質量がある
③私たちの周りで飛んでいる すり抜ける
④宇宙の初期に作られ 安定している
以上の4点である。
確かに、私が遭遇した幽霊やひとだまを整理してみると、以上の4点の暗黒物質の特徴とよく似ていると思う。
私が遭遇した幽霊は見事に木立の間を音もなくすり抜けている。さては霊界というのは暗黒物質の世界を指しているのだろうか。
写真はアメリカの科学雑誌ネイチャーの表紙、暗黒物質のイメージ写真である。

シッ!静かに!あの木立の中を
何かが通って行ったようでしたわ
幽霊みたいな姿よ
厳かに、ゆっくりと音もたてずに
まるで良心の気味の悪い影のように、
厳かに音もなく
     エドガー・アラン・ポー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月19日 (木)

超心理学と禅

Jspp001 超心理学という世界は禅の世界に似ていると思う。超能力などと呼ばれてテレビ番組によく自称超能力者が予知や透視などを行っているのを見ることがあるが、これらは真実なのかどうか肯定、否定は両論あることもよく分っている。最近、超心理学という世界にどっぷりと浸かってみると、なんとなく禅の世界によく通じるものがあると思うようになった。
例えば、透視である。透視というのは超心理学の世界では透視するものにある時間、自分の気を集中させなければならない。
超心理学の世界では、ある時間とは30分程度の時間を指している。その時間、自分なりに静かに呼吸を整えて瞑想してみると、いろいろなものが脳裏に浮かんでくるのである。
そのいろいろなものを瞑想しているものの中から、一番印象に残ったものを表現する。これが透視のような超能力に繋がってくるのである。
現在、日本超心理学会では遠隔透視の公開実験を行っているので人生の悩みなどを持っている方などに、このような実験をお勧めする。
神経を集中してみると自分の秘められた不思議な力に時として驚かされ、自分の悩み事などどこかえ消え去ってしまう。
神経を集中するというのは自分なりに静かに呼吸を整えて目を閉じてやればいいから、自宅でも簡単にできる。
日本超心理学会の公開実験のURLは次の通りである。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/japanese/exp/exp.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月17日 (火)

霊魂と超心理学

Jyuuki002 私は超心理学という世界に飛び込んで今年で3年目になる。超心理学ということばをどの程度の若い人が知っているかと某大学の先生が学生に質問したら、殆どの学生から知らないと回答が返ってきたそうである。
確かに超心理学?って感じで知らない人は多い。多分、現在は直接ビジネスに結びつかないから関心がないのだろうと思う。
ここのブログは<心と体>をメインカテゴリーにしている。超心理学という世界は正に人間の心と体がメインテーマなのである。
そしてロボットやコンピュータの研究開発している人の多くが、この超心理学の世界に高い関心を寄せているのも事実である。
現在のロボットやコンピュータは人間が作ったプログラム通りしか動いてくれないという限界がある。
これは私たち人類を見れば分るとおり、私たちは霊魂というもので心と体というものが制御されていると考えられているからだ。
幽霊や霊魂を一般の人は恐ろしいと感じるかも知れないけれど、この怖い、恐ろしいという世界を通り越せば、きっと霊魂というもののしくみが解明できるかもしれない。
新しいしくみのコンピュータやロボットの開発のために、若い人たちが、たくさん超心理学という学問を究めて欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月16日 (月)

地震予知の実験

Jisin001 今日、私は長野県の千曲川上流に出かけていた。奇跡の森の調査を終えて午前11時過ぎにG寺に立ち寄ったところ、あいにくご住職は出かけられていたが奥さんが顔色を変えて先ほど大きな地震があったのだと教えてくれた。
先ずは、新潟県中越沖地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。長野県でも震度6強の場所があったようであるが、千曲川上流は体に感じる地震ではなかった。
地震というのは気象庁の専門家でさえもまだ確率の高い予知が難しいというのだが、へたに地震情報を公的機関が出したら世の中は混乱するから大変といえば大変である。
話は変わるが、超心理学の世界でも地震予知の試みをインターネットを活用してやったらどうかと思う。例えば、自分の脳裏に地震が浮かんできた人が掲示板を使って書き込むのである。
発生場所、時期、規模程度のものを脳裏にひらめいた時点で感じた人が自由に掲示板に書き込んでいく。今回の地震であれば、関東地区で震度3以上、1週間以内に発生するなどと具体的に書き込んでいく。
人間のシックスセンスが正しければ、必ず確率の高いデータが得られると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月15日 (日)

ふうれんもうろう

Gost02_1 台風4号来襲で日本は全国的に雨模様だ。関東地方は、どちらかといえば台風4号は雨台風である。
お天道様は実にえらい。いつも私たちに暖かい光をさしのべてくれるけれど、それは時として大地に干ばつをもたらしてしまう。
人々は天に雨乞いをする。すると、お天道様は口元をちょっとせばめて大地に軽く息を吹きかける。やがて、そこに風が立ち雲が流れて雨が降りだす。誠に自然のなすことは不思議に満ちている。今日は雨の日曜日だ。そっと静かに目を閉じて、遠い昔の雨の想い出を蘇らせてみよう。

ふうれんもうろう あめおんじょ
ふうれんもうろう あめおんじょ
おんもの外のくら闇に 雨はしとしと降っている
ふうれんもうろう あめおんじょ
はよ寝ろ はよ寝ろ さらわれる
         (熊本の民話から)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月12日 (木)

ひとだまは2種類いる

さて、奇跡の森で幽霊と出会った後で同じ場所で私はひとだまに出会ったのだが、私と同じように別々の場所でひとだまを目撃したことがあるという二人の人から先日話を聞いた。
彼らの話をまとめてみると、目撃場所が墓場であるということ、それから姿かたちは白っぽくてぼんやりと宙に浮かんでいたということだった。一人の人は写真に収めようと考えたのだが怖くて止めたそうである。
私もひとだまを目撃した一人なのだが、飛んでいるものは残念ながらあっという間の出来事だったので写真には収めていない。しかし、自宅近くの水汲み場で写真に捉えたものは、どうも昔から伝えられている空中に浮いているひとだまではないかと思う。
ひとだまは昔から幽霊に寄り添っているものと、空中をさ迷うように飛んでいるものが伝えられているように、ひとだまには姿かたちが2種類あることが分る。
奇跡の森が間違いなく古墳群だと証明されたら、私が遭遇した白っぽい物体は墓場に現れたひとだまに間違いないだろう。
ひとだまというものは昔から日本各地で目撃されているものだから、実在するのは間違いない。そして、彼らは間違いなく死後の世界を証明する証人なのである。
Hitodama04 写真は自宅近くの水汲み場で写真に捉えたひとだまらしいものである。同じデジタルカメラで捉えたビデオでは白っぽくフワフワと宙に浮いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 9日 (月)

不思議な花の香り

Niseakasia01 私が最初に奇跡の森で幽霊に出会ったのは2002年5月5日の午前9時頃だった。五月晴れのいい天気で風もなくとてもすがすがしかったのを今でもよく覚えている。
そこで不思議に感じたのはかぐわしい花の香りが辺り一面に漂っていたことである。その花の香りは林道の入り口付近だけで、ちょっと奥に足を伸ばすと花の香りは全く感じられなかったのである。
不思議に思って何度も林道入り口付近を行ったりきたりしてみたが、花が咲いているような樹木は全く見当たらなかった。
3年ほど前に我が家の近くの河原を散歩していたとき、偶然、奇跡の森で嗅いだ花の香りと同じ香りがする樹木に出会った。
急いで我が家へ戻って樹木の文献を調べてみたら、それはニセアカシアと呼ばれる外来種の樹木であることが分った。
しかし、肝心の奇跡の森には5年の歳月を費やして毎年通っているがニセアカシアは見当たらないし、同じ時期に何度行っても、その同じ香りは漂ってこない。
樹木に詳しい人から話を聞くと、ニセアカシアは毎年花を咲かせる樹木ではないという。そうか、ニセアカシアってそんな樹木なんだと納得、納得と考えていたのだが・・・。
今年の5月、我が家の近くの河原に出かけてみると3年前に白い花を咲かせていたニセアカシアが小さな白い花を再びたくさん咲かせていた。さっそく、そのニセアカシアの樹木の下にもぐりこんでみたのだが3年前と全然違う。その時嗅いだ甘い香りなど漂ってこないのである。
樹木のことは私は専門家ではないので何とも言えないが、私の体験から考えると、樹木というものは花以外に自ら香りを放つ時期があるのではないかということである。
全く不思議な世界の出来事だ。写真はウィキペディアフリー百科事典に紹介されているニセアカシアである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 7日 (土)

失われた文明

長野県の千曲川流域で私が幽霊と遭遇した奇跡の森に話題を戻してみよう。
最近、NHKで「失われた文明」というのを放映したのだが、恐らく多くの人がご覧になったと思う。私も興味津々でテレビの画面に釘付けになった。そこでは古代インカ帝国時代のミイラ信仰というのが詳しく紹介されていたが、死者を地中に葬らず生きた人間のように同じ住宅に安置し食事を供えたり、死者の髪の毛を手入れしたりする文化が紹介されていたが、日本人から見たら誠に驚くべき奇習である。
その後、インカ帝国はスペインの植民地侵攻で滅んでしまったが、当時、迫害を受けたミイラ信仰はインカ帝国の子孫たちによって頑なに守られていたのである。
話が変わるが、奇跡の森には小さな古墳のようなものがたくさん点在している。それは地元の人の話からも付近ではやじりなどが出土するというからほぼ古墳群に間違いない。
しかし、ここがかつて縄文人たちの聖地であったことが歴史の中から消え去っているのはどうしてだろう。多分、古代の人々は近年の戦国時代以上に部族間の抗争が激しかったのではないかと考えている。
一般的には古墳というのは一見してお墓だということを知らしめるために大きく目立つように作られているようである。
しかしながら奇跡の森の古墳は背丈が高いもので1mくらいしかない。そういうものが林の中に点在しているのだから、人目につかないように意図的に作られているとしか考えられない。
ここで暮らしていた古代人たちは多分、部族間の抗争を好んでいなかったのではないか。その為に自分たちのお墓も目立たないように小さく作A8 ったのではないだろうか。
奇跡の森の「失われた文明」は遺跡や古墳の中にまだ静かに眠っている。写真は奇跡の森に点在する古墳らしいもののひとつである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 6日 (金)

おり姫とひこ星

明日は七夕だ。おり姫、ひこ星再開のように世界各地でいろいろロマンチックな伝説が語り継がれているように宇宙というものは誠に神秘的で不思議としかいいようがない。
死後の世界についても、どういう訳だか宇宙のことを持ち出す人が多いのにも驚かされる。
確かに人が死んだときに「○×さんは夜空に輝くお星様になったんだよ」などと神話の出来事のように死というものを人類は描写してきたのも事実である。
しかし、地球も考えてみれば広大な宇宙の一員であって、我々も宇宙から見れば地球人と呼ばれる宇宙人である。
宇宙人はいるかいないかというくだらない論争をする人たちもいるが、私はそんな論争をする前に人類の未来という設計図を国際機関で協力して作っていくべきだと考える。
Sun001 死後の世界もそうである。私が撮影した2枚の幽霊の写真は今のところその存在を否定する人たちからも、何の反証も示されてこない。
みな、幽霊の存在を説明できる理屈がまだ分らないからだろう。残念ながら今の私にも宇宙人として説明できない事象なのである。私の目の黒いうちに是非、幽霊の存在を現実の世界として立証してみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 3日 (火)

神秘なオーブの正体は(パート3)

Exploror_1 さてさて、神秘なオーブの正体が解明できて一段落したいところだが、超心理学という世界はこれからが本番だ。
これまで世界の有名な科学者たちは超心理学という世界に何らかの興味をもって足を踏み入れてから歴史に残る発見をしているケースが多いからである。
例えば、ドイツの科学者ハンス・ベルガーは人間の超能力にテレパシーがあるのではないかとの研究を行っているときに、人間の脳波を発見していることがよく知られている。
私のブログにも不思議な世界の出来事に興味をもった方々が多く来訪されていることだろう。神秘なオーブは昆虫たちがカメラのフラッシュの光に驚いてオシッコを放っている現象である訳だから、彼らは瞬間的な発光に敏感であることが分る。
例えば農薬を使わずに害虫駆除をストロボの技術を活かしてできないだろうか?こんなところに今の私は関心を寄せている。他に何か活用方法がないか、この調査結果を科学という世界に是非、活かしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »