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2007年6月

2007年6月29日 (金)

神秘なオーブの正体は(パート2)

さて、ではどうして昆虫がカメラのレンズの前でオシッコを飛ばすのだろうか。この問題は簡単に解決できる。例えば昆虫のセミにオシッコをかけられた人は世の中にけっこういるだろう。
電柱や桜の木などに止まっているセミが人間の近づくのを察知してオシッコを放って飛び去っていく。こんないやな体験をした人は数多くいると思う。それと小さな昆虫たちの行動は同じである。彼らが人間の目の前を飛んでいる最中にピカっとフラッシュが光る。すると、フラッシュの光に驚いた小さな昆虫たちはカメラの前でオシッコを放って飛び去っているのである。小さな昆虫たちの大きさは大体1mm程度なので、よく注意してみないと分らない。これはオーブが写った写真の情報を調べてみたところ、全てフラッシュがONとなっているところから判断できる。
それから、オシッコはみなさんもご存知の通りアンモニアが主成分だから、レンズに付着しても小さな水滴は一瞬に蒸発してしまう。
従って昆虫の放ったオシッコは瞬間的にレンズに水滴となって付着するが、すぐ蒸発して消えてしまうのである。だから連続して同じ風景を撮影しても、その中の1枚にだけ不思議なオーブとして写りこむのである。
それからオーブがよく写り出したのはデジタルカメラの普及のせいだろう。フイルムカメラの時代はだいたい皆さん旅行とか結婚式などの記念行事のときぐらいしか写真を撮っていなかった。
なにしろ写真屋にフイルムを持っていって現像、焼き増しという工程が必要だったから、面倒くさい。だからフイルムカメラの時代は多くの人は記念の行事しか写真撮影はしなかったので、オーブが写りこむことは余りなかったのである。
最近、デジタルカメラの性能がよくなるにつれ、多くの人が日常のちょっとした風景なども写真に残すようになったと思う。これがデジタルカメラにオーブがよく写り出した背景である。
なんだこんな簡単な話かと薄笑いする人もいるかと思うが、幽霊に遭遇した後でオーブがよくデジタルカメラに写り出したころは、怖くてとても不安な毎日が続いていた。
オーブということばもその頃初めて知ったし、ここまでたどり着くのに4年の歳月が流れたのであるから、兎に角、小さな昆虫たちに<してやられた>というしかない訳である。
Orb070625 写真は先に紹介したオーブの写真に写っていた別のオーブである。このオーブはご覧の通りレンズの前を右下から左上に向かって伸びている。別の小さな昆虫がレンズの前を飛び去っているものと思われる。
この写真が<神秘なオーブの正体>が小さな昆虫たちのオシッコだという決め手になったことはいうまでもない。

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2007年6月25日 (月)

神秘なオーブの正体は

Orb070624 自宅近くの天然水の水汲み場でオーブの調査を続けているが、最近になってデジタルカメラやフイルムカメラに写るオーブの真の犯人は小さな昆虫のオシッコなのではないかとの結論に達した。
その理由はビデオカメラで現地の撮影を行った映像分析からだ。時々カメラのレンズの前をすごい速さで小さな昆虫のようなものが横切っていくのである。
これはビデオカメラの映像だからオーブは写っていないので、はっきりとした確信をもっている訳ではない。しかしながら添付の写真は最近撮影したものだが、この写真からも分るように、このオーブは左下から右上に向かって伸びている。小さな昆虫がレンズの前を左下から右上に飛び去ったときにオシッコをひっかけて飛び去ったのではないかと考えている。
私たちも時々、小鳥たちの糞が空から落ちてきて爆弾攻撃を受けるように、小さな昆虫たちも飛んでいる最中にオシッコをしても別に不思議ではない。その水滴がフラッシュの反射光で白く光るオーブになって写っている訳である。
これまで神秘のベールに包まれたオーブは霊魂の仕業かと考えていたのだが、小さな昆虫の仕業だと分るとなんとなく気が抜けてくる。

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2007年6月24日 (日)

こころに残るエミルー・ハリス

Emillou01 ようやく関東も梅雨めいた天候になってきた。我が家のあじさいも恵みの雨にすこぶる喜んでいるようだ。
しかし、日曜日の雨模様は骨休みとなってありがたい気がするが、少々たいくつでヒマをもてあそんでいる。
今日、久しぶりにエミルー・ハリスのCDをゆっくりと聞いた。彼女はアメリカのカントリーミュージックの歌手なのだが私たちのこころに残る曲をたくさん歌っている。
今では彼女を知っている日本人は余りいないかも知れないが、ビッグジョンのジーンズのコマーシャルソングとして歌われた<テネシーワルツ>が懐かしい。
もうすっかり60歳のいいおばあちゃん(ちょっと彼女に怒られそう)だが、私のこころの中では若かりし頃の彼女の歌う姿はいつまでも消えることはない。
アメリカ音楽でもジャズやカントリーは、その昔、宗教色がつよくニューオーリンズからミシシッピ川を北上してシカゴにたどりついた。
有名なアメージング・グレースという曲もアメリカではお葬式のときによく歌われるカントリー曲だ。
今日は雨の日曜日、久しぶりにゆっくりしてエミルー・ハリスの歌に私の魂を静かになごませている。

I was waltzing with my darlin'
to the Tennesse Waltz
When an old friend I happened to see
I introduced her to my darlin'
And while they were waltzing
My friend stole my sweetheart from me

懐かしい曲だ。写真はワーナ・ミュージックジャパンのHPから。

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2007年6月21日 (木)

心霊スポットで起きる不思議な現象

Myphoto 最近、私が自宅近くの水汲みに出かけている場所には人の出入りが多くなった。交霊は一人静かに行うものであるから、最近の入山者の多さには大変泣かされる。
この場所は一部の人には詳細を報告しているので、その中から交霊体験を希望している人がいれば是非、体験して欲しいと思っている。兎に角、たくさんの人が幽霊の存在を証明するために交霊体験することが必要である。
この場所で既に数百枚の写真をデジタルカメラで記録してきたが、オーブなどが写る場合レンズの露出が悪くなっているのに気づいた。
要するにオーブがよく写る日は景色が薄暗く写り、オーブが写らない日は景色が全体的に明るく写るのである。いずれも毎年同じ場所で定点撮影している写真を調べていたら、その共通点らしいものが見えてきたのである。これらは添付している2枚の写真の下の写真のように景色全体は明るいときに写しているものだから、明らかにカメラに何らかの異常が起こっているものではないだろうか。当初は電池の寿命の問題かとも考えていたが、新しい電池でも同じことが起こる。TVディレクターの小林先生が心霊スポットに撮影に行くと機材の故障がよくあると仰っていることが頭に浮かんできた。

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2007年6月19日 (火)

人間のもつ超能力とは何か

Yana01 不思議なテレパシーや透視などの超能力を研究している人が世の中にはたくさんいる。最近のテレビで取り上げられる超能力番組は視聴率も高く世論の関心の高さをうかがい知る事ができる。
私も幽霊と出会ってから超心理学という世界に飛び込んで3年になるが、人間の超能力というものを研究している人が多いのには驚いた。
これらの人間の持つ超能力(特殊能力)をESP(Extra Sensery Perception)と呼んでいろいろな世界で研究が進められている。
このESPについては、ある世界ではスプーン曲げなどが紹介されることがあるが、私はこのようなものは真のESPではないと思う。
しいて言えば私たちの周りに存在する動植物たちのESPだろう。サケなどは生まれた川に大洋から数年後ちゃんと戻ってくるし、獣たちは遠くにいる外敵や獲物を臭いで探す。これこそがあらゆる生命が自分たちの種を残すために必要不可欠な能力なのであろう。
このような能力は太古の時代、私たち人類にも間違いなく備わっていた能力だったに違いない。
スプーン曲げなどのESPがあると主張する人たちもいるが、どうして私たちのESPで金属を曲げなければならないのか必要性が分らない。
テレパシーや透視などに代表されるような力こそが私たちの本来のESPなのではないだろうか。(写真はTV朝日テレビのチカラから)

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2007年6月17日 (日)

新手の詐欺

Dokuro01_1 今日、私の携帯電話に間違い電話がかかってきた。電話に出ると「○×さんですか?」と聞いてくるから、違います△□ですと応えると「あれー!?そうですか、すみません」と、ここまでは普通の会話だった。
私が電話を切ろうとすると、相手はすぐさま「失礼ですが△□さんはご結婚されていますか?私は・・・」と切り出してきた。相手の応対はすごく紳士的なので、つい話の内容に知らないうちに引き込まれそうになる。ちょっと話を聞いてみたら、どうも今すぐに申し込めば格安で相手を紹介しますというような内容に変わっていく。
相手には対応マニアルがあるから話の仕方が上手だ。フンフン、ハヒフン!!!詐欺師のにおいがするー!すみませんが電話の相手が間違っていませんかねえ、詐欺師のお兄さん。
どうして、いつの世もこんなサギ商法がまかり通っていくのか、人間の弱い心を食い物にするやからは兎に角、人間の知恵というものをふんだんに使ってくるから幽霊より恐ろしい。用心、用心!

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2007年6月15日 (金)

不思議な臨死体験

Rinsi01 臨死体験というのは最近になって市民権が得られたようなことばで生から死の世界にたましいが移動するときの変則的体験のようである。手術のときに麻酔をかけられた状態の病人や登山家が遭難したときなどに体験することが知られている。
臨死体験の中でもトンネル現象といういうのがあって、それは美しいお花畑の中を自分が何者かに誘われるように先へと歩いている場面である。その花々は自分よりもずいぶんと背丈が高く、何か自分が昆虫のようなものにでもなってさ迷っているような錯覚を覚える。
私も奇跡の森で幽霊と出会ってから一度、夢の中でこのトンネル現象という変則的体験をした。以前、NHKの番組でこの臨死体験というのを特集で放送したことがあったが、人類が何故このような臨死体験をするのかが現代科学ではまだ分かっていないと結ばれていた。
臨死体験、多分、人類はみな一度は必ずこの体験をすることは間違いないだろう。誠に不思議な世界である。

ある時、不思議なことに私は夢花園の中にいた
そこは、美しい花々とすばらしい香りが満ち溢れていた
不思議なことに、そこを通っているのは私一人だけだった
暖かい太陽の光が降り注ぎ、その先に何かが見える
もう光がまぶしくて、とても目を開けてはいられない
              ドナルド・サティ

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2007年6月12日 (火)

フォックス家怪事件の真相

Monomi01 近代の心霊研究ならびにスピリチュアリズムは米国で起こった1848年のフォックス家事件(ハイズビル事件とも言う)に始まると言われている。自分の家でラップ音がしたり、霊魂たちとコミュニケーションができたという内容だ。私は霊魂の調査を始めてからこの事件のことを知ったが、心霊研究家の間ではよく知られた事件のようである。
この事件については肯定、否定の両論が存在するが私は否定の立場になる。何故なら、人前で堂々と霊魂たちがその行動を起こしたならば既に死後の世界は解明されているはずなのである。
死後の世界が間違いなくあって霊魂が存在するというのは、これまでの私の体験や調査から確信しているが、霊魂たちが存在するならば何故、彼らが堂々と私たちの前に姿を現さないのかが今でも疑問なのである。フォックス家事件というのは心霊研究という観点からは価値があったものと考えるが、現在でいうならば単なるテレビのバラエティ番組のようなものだったのではないだろうか、そんな感じがする。

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2007年6月10日 (日)

あゆつり解禁日

Ayu001 今日は太公望たちが待ちに待ったあゆつり解禁日だ。朝から大気が不安定で雷雲が轟いているにも関わらず太公望たちは釣竿を川に伸ばしている。何という根性だろう。
午後になって雨もやんだので近くの河原まで足を伸ばして釣り人に釣果はどうかと尋ねるとニッコリ微笑んで返事を返してくれた。
このにごり水だから釣果はそう望めないと思うが、太公望たちには釣果よりは解禁日に釣竿を川面に出せた喜びのほうが大きいのだろう。
そういえば霊魂たちの世界にも鮎と同じようなテリトリーというものがあるようだ。自宅近くの水汲み場によく現れるジョナサンと名づけたオーブもそうだ。彼には水汲み場付近の10mほどの空間に自分のテリトリーを持っている。
不思議なことに最近、そのオーブのジョナサンは私のカメラの前に姿を現さない。どうしたのだろうか。

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2007年6月 9日 (土)

いたこの口寄せ(転記)

App0001_1 青森のいたこで、唯一の男性である鳴海秀雲さんの講演会と口寄せが以下の日程で行われます。
どのように亡くなった方と交流するか、またいたこの歴史についてご解説いただける講演会と実際に亡くなった近親者と再会したい方にはお勧めです。(写真と文は関係ありません)

講演会 6月16日 〈土〉 19時~21時  
 東宝ビル 別館 会議室301号  渋谷駅から徒歩5分 参加費2300円 

口寄せ 6月17日 〈日〉 9時~21時
 新宿区立 元気館  第1洋室 及び 和室 高田馬場駅から徒歩15分 一人10000円

ご興味のある方は松井珠樹さんまでご連絡ください

tamaki62@khaki.plala.or.jp

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2007年6月 6日 (水)

ピエロタでは

ピエロタでは
たっぷり水をあびてから
なぎさで死人を焼く
ぼくも作法にしたがったまでだ
アンリの灰は流され
その日から
ぼくはアンリの靴をはいている
そして
これもピエロタの作法なのだが
アンリの愛していた
ちいさな野菜畑へ行って
キャベツにたかる
青い虫をとってやったりする
そのときなのだ
なつかしく
「アンリ」とよんで
あの奇妙なむすめが飛んでくるのは
ぼくはなぎさへ行って
アンリの靴をぬいでわたすと
むすめはそれをみがいたり
白い歯でかんだりしていてあきない
ぼくは葡萄酒をなめながら
水が暗くなるのを待つ

「会田網雄詩集」(母岩社版)より

Fusigi4 ピエロタとはどこにあるのかは知らないのだけれども、きっとシャングリラ(地上の楽園)と呼ばれるところにあるのだろう。どういうわけか、私は奇跡の森で幽霊に出会った後この詩が頭に浮かんできた。この詩にはなにか死というものの甘い香りがする。

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2007年6月 4日 (月)

心霊スポットめぐり

Uranai03 奇跡の森で幽霊に出会った後で私は地元のG寺を訪ねて事の一部始終をご住職にお話して供養のご相談をした。
当初、そのご住職は供養に立ち会ってくれる様子だったが、私が幽霊と遭遇した場所を詳しく説明すると数日後に自分は心臓が悪いから供養には立ち会えないと断られた。その時は単純にお寺のご住職にも怖いものがあるんだなあという感覚だったのを今でもよく覚えている。
しかし、奇跡の森を調べていくうちに、そこで実際祟りが起こっていたのを突き止めたときの驚きはことばでは言い表せない。
よくテレビのバラエティ番組などで心霊スポットめぐりをやっている最中に霊能者と称する人たちが座り込んで息苦しそうな格好をしているのを見かけることがあるが、実際はそんなになま易しいことではない。
私が最初に相談にいったお寺のご住職は翌年4月に持病の心臓病が悪化されて亡くなられてしまった。幽霊遭遇との因果関係はハッキリしないが、奇跡の森がある山を本山とするお寺の聖職者が不幸にも亡くなったのは事実である。
私もその年は不吉なことが続き、夜は眠りにつくと重い金縛りなどの変則的体験が3ケ月ほど続いた。その時は自分に何か不吉なことが起こるのではないかと不安な毎日だった。
心霊スポットめぐりなどを安易な感じで考えていると、奇跡の森にある「百番供養塔」のような供養塔を建立しなければならない事態に発展するかも知れないのである。

悪魔のなすことは
常に見事なりと思わしめる
救いがたき運命の
明らかなるいたずら、完全なる「絵!」
       シャルル・ボードレール

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2007年6月 2日 (土)

沈黙の獣たち

Fusigi01 山中で一人静かに不思議な者たちが現れるのを待っていると、本当に林のあちこちから私を何者かがじっと静かに見つめていると思うことがよくある。
これまでに3回、霊魂たちと遭遇しているのだがすべて山の中である。どうして山の中でよく遭遇するのか自分でも不思議であるが、車のGPSは山間部では反応が悪いことがよく知られている。
森林にはなにか私たちがまだ発見していない特別なものがあるのではないかと思うことがある。
しかしながら山中で一人静かに時を過ごしていると、自分が素直に一本の木になって自然と同化しているような気がするのは気のせいだろうか。
誠に人間のこころというものには不思議がいっぱい詰まっている。

沈黙の獣たちがひしめいて 明るい
解き放たれた森の中から ねぐらや巣の中から走りでた
すると分かったのだ 彼等がそのようにひっそりとしていたのは
企みや恐怖からではなく ただ聴き入っていたためだと
               ライナー・マリア・リルケ

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