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2007年5月

2007年5月29日 (火)

風林火山、そして・・・

Pickup_furinkazan 現在NHKで毎週日曜日に放映している風林火山は私にとっては大変興味深い番組だ。何しろ、私が幽霊と遭遇した村が時々ドラマの中に出てきて時代考証には大変参考になる。
この村は現在公にできないが、仮にM村としよう。このM村にはNHKの風林火山の主人公である山本勘助も一度訪れているのである。
この戦国時代に長野県のあるひとつの村が北と南に真っ二つに分裂してしまう、M村はその片割れで武田家についた。何故、この時代に村が真っ二つに分裂する事態になってしまったのか現在の村人に聞いてみると、それは関東と甲州という気風がそもそもそこの村にあったからだということだった。北は関東の村上家、南は甲州の気風があって武田家についた。成る程、そんなことが過去にあったのかと関心していたが、私が幽霊と遭遇した場所はM村のK地区といい、そこはもともと群馬が地名の発祥だということも分かった。
要するにM村の中でもK地区は本来は関東方に組する場所だったのである。幽霊遭遇体験、そこから判明してきた祟り、村の分裂、誠に謎が謎を呼ぶとはこういうことなのかもしれない。
写真はNHKの風林火山のものである。

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2007年5月27日 (日)

アドナイ・メレク・ナーメン

アドナイ・メレク・ナーメン(主、そして信仰に賢き王よ)、これはカバラに出てくる有名なお祈りするときのことばで略してアーメンとして世界各地で活用されている。
昔から世界中のいろいろなところで自分たちの間でしか通じないようなことばが作り出されていたようであり日本にも同じように方言というものが各地にある。
これらは自分たちの間でしか通じないことばで外部からの侵入者や外来者たちを直ぐに識別できるようにしたものだろうと思う。
Hyakuban002 さて、話は変わるが奇跡の森の百番供養塔に刻まれている文字のことだ。これまでの調査では、この百番供養塔は藤原さんという人が建立したものというのが分かった。
しかし、その右端に刻んであることばの意味が今の私にはよく分からない。誰かが申し出たので建立したと刻んであるようにも考えられる。
兎に角、今の私にはこのことばは難問だ。どなたかこのことばの意味が分かる人がいたら是非教えていただきたい。

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2007年5月13日 (日)

たましいとは何か

Bosatsu01 魂(たましい)とは何か。魂は人や万物に宿り、それらの思考を制御するものであるとある本に紹介されている。
それから、日本の民俗学研究者の折口信夫(おりぐちしのぶ)は日本の魂についてよく調べ上げている。
折口信夫によれば魂とは古くはひらがなで<たましひ>と書かれていたようだ。
このたましひは語源を<たま>と<しひ>に分けられる。ある説によればたましひはたまのひ(火)が語源で、それはひとだまのことではないかと述べられている。
折口信夫はこのひとだま説を否定していて、たましひとは霊魂を抽象的に述べているに過ぎないと述べている。
確かに大和だましいと呼ばれるように日本民族を象徴することばとしては彼の意見は正しいかもしれない。
折口信夫はこの<しひ>には触れていなかったが、私はこれまでの調査から<大室古墳>にヒントがあるような気がしている。
この<おおむろ>という語源は古代人のことばで<たましいが休まるところ>と述べている学者がいる。
私は学者ではないがこれまでの調査から<たましひ>とは静かなるたま(魂)のことなのではないかと考えている。

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2007年5月 5日 (土)

古代のロマン

Bridge01 村道から奇跡の森に行くには小さな橋を通っていかなければならない。
この小さな橋は何の変哲もないただの橋なのだけれども「泉下橋」というメルヘンチックな名前がつけられている。現在はこの橋の近くには泉といえるような場所は見当たらない。
その昔、きっとこの橋のすぐ上流には美しい泉があったに違いない。そんな風にこの小さな橋は私たちに語りかけている。
名前や地名、史跡や古い建造物にはいにしえに起こったことがまちがいなく記憶されている。
恐らく古代史を研究している専門家たちは史跡や地名などから古代のロマンを壮大に思い起こしているに違いないだろう。

分からない書物の名前を究明せよ。
人間の名前を一語一語しらべよ。
他国民の言語をよくかみしめよ。
数少ないもののなかに偉大なものを見つけよ。
           ウエ・ブリューソフ

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2007年5月 3日 (木)

点と線

奇跡の森を調査してから今年で5年目になる。歴史や史跡というものは誠に過去を知る手がかりとしては嘘をつかない。
そして、奇跡の森には間違いなく大量の古墳があると今年になって一段と確信が高まってきた。その理由は長野市にある大室古墳群の存在である。そこは山全体が現代風のメモリアル霊園のようなところで200基以上の古墳が見つかっている。
山中の林の中にこんもりと頭石大の小石が積まれて、それが点在しているところなどが大室古墳群と奇跡の森の状況が大変よく似ているのである。
Oomurokofun1 奇跡の森と大室古墳群は大体50~60Kmほど離れているが、千曲川が近くに流れているのが共通点だ。
ひとつひとつ調べていくと点と点が線となってつながっていく。そのきっかけは幽霊との遭遇なのだから世の中は全く不思議なものだ。
写真は長野市のHPに掲載されている大室古墳館である

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