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2007年1月

2007年1月27日 (土)

聖なるオーブを調査しよう!

Exploror 今、霊魂の存在を証明するには聖なるオーブをたくさんの人たちが調査することが一番の早道だと思う。何故なら前の記事でも書いたようにオーブがいろいろなところでデジタルカメラに写りこんでいるからだ。
日本サイ科学会でも今年からUFOとオーブに関する分科会が立ち上がっているから時期としては今が一番いい。日本から世界に向けて死後の世界があることを科学的に証明できる一番のチャンスだ。
この聖なるオーブとは私がつけた名称なのだけれども雨天以外の日に写真に写るもので、そのオーブ自体は霊魂たちの意思表示の一部なのではないかということでつけた。
霊魂というのはこれまでの調査からの仮説なのだけれども、重力のようなものと同じではないかと思う。それは気のようなもので何らかの力はあるが無色透明で普段は私たちの肉眼では見ることができないものだ。
これまで聖なるオーブを撮り続けているのだが、それらの写真のひとつひとつを検証すると彼らが「自分はここにいるよ」という感じで目立とうとして意思表示のために小さな水滴をレンズの前で放出しているのではないかと思われるのである。
聖なるオーブは晴れの日に風当たりの少ない近くの公園や山中に出かけてそこの風景を撮影すればよい。時間帯はだいたい早朝か夕暮れ時だ。そして、出来るだけ一人で出かけて撮影することだ。
もし、聖なるオーブたちが写真に写りこんできたらそこの場所で何度か定点撮影してみるとよい。彼らは間違いなくそこに存在する霊魂たちだ。
それから注意事項としては撮影場所はなるべく自宅から離れた場所を選ぶこと。そして墓地は絶対避けること。霊魂たちが撮影者についてきたりしたらかなわないからだ。供物も忘れないようにしよう。お米、線香、お酒ぐらいはあったがよい。
これは非科学的だといわれてもしょうがないが私のこれまでの霊体験から感じたものだ。みなさんが聖なるオーブの撮影を体験すれば霊魂の存在が間違いないことが理解出来ると思う。

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2007年1月23日 (火)

デジタルカメラに写るオーブ

Mado1 最近、デジタルカメラに写るオーブが話題になっている。それは今日のようにデジタルカメラが普及するに至って、いろいろな人のデジタルカメラにオーブが写りだしたからだ。
これらのオーブはデジタルカメラの構造上写るのではないかと考えている人もいるが、それは違う。写真に写るオーブは1950年ころから既に欧米ではフイルムで撮影する一般カメラでも写っているのが報告され<The Spirit of Orb>などと呼んで紹介されている。
では、どうしてデジタルカメラによくオーブが写りだしたのだろうか。それはデジタルカメラはフイルム方式のカメラと違って撮影嗜好が変わったからだと思う。いちいちフイルムカメラと違って現像という工程が不要となったので、昔のように旅行やハイキングに行くから記念写真を撮ろうとか考えずに、いつでもどこでも簡単に身近な風景などを撮影するようになったのが背景にあるからだと思う。
私もHP掲載用にいつもデジタルカメラは携帯して動き回っている。現地で液晶画面ごしに撮影した映像は確認できるしパソコンで見る画面も、またすばらしい。こんな風にデジタルカメラの出現によって写真撮影の嗜好というものが大きく変わったことは誰もが認めることではないだろうか。オーブは私たちの身近に存在するものだ。従って昔のフイルムカメラと違ってオーブの写る確率が高くなったと言えるであろう。
私がなぜこんなことを書いたかというと、あるデジタルカメラの大手メーカがオーブは塵やホコリが写真に写ったものとHPで公表しているからだ。そのメーカの説明によると部屋の中でふとんをバタバタさせて写真を撮るとオーブが写るのだという。そのHPには確かにオーブが部屋の中に1個ポツンと宙に浮かんだように写っているものが紹介されていた。
このHPを見た人は大手メーカが言っていることだからとついその内容を信じてしまうから誠に情けない。私は何度か自宅でメーカの言うとおり布団のホコリをたてて実験してみたが、オーブは写真には写らなかった。
昨年、日本サイ科学会の方が不審に思ってこのメーカに学会に報告するから正式なコメントを欲しいと要求したらノーコメントの回答だったそうである。私は3年ほどこのオーブを調査し気象データなどと照らし合わせて、昨年、オーブは水滴がレンズに付着して起こるものと答えを出して二つの学会に報告した。オーブは塵やホコリだと公表しているメーカは正式に問い詰めるとノーコメントだ。国内にはたくさんの調査機関があるからオーブの詳しい調査を依頼すれば済むことなのに、それでは大企業の虚偽体質が疑われてもしょうがない。誠に残念だ。

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2007年1月22日 (月)

怪談牡丹灯篭

怪談牡丹灯篭というと日本人にはなじみの深い怪談話だ。その昔、ひとりの浪人に女の幽霊が取り憑いて夜な夜な浪人宅にやってくる話で第三者にはその女の幽霊は全く見えない。
急にこんな怖い怪談話を持ち出したのも私の霊体験と似ているところがあるからだ。それは前の記事でも説明したとおり、私の自宅近くの水汲み場での体験からだ。
3年前の9月に初めてその水汲み場でオーブが写真に写った。この時は誠に仰天したのだけれども、その時はまだオーブについての知識が全く無かったので<不思議な光の玉>だとしてHPで紹介した。
しかし、その水汲み場から100mほど手前にちょっとした坂道があるのだけれども、そこでどういうわけか自然とカメラのシャッターに手がいってしまい、またまたオーブが写ってしまった。
その坂道ではその後も何度か写真を撮っていたのであるが、そのころはよく写真に現れた。これまで泉の森でオーブの写真を撮り続けているのだけれども100個近いオーブが写真に納まっている。そして、その坂道で貴重な写真が1枚撮れた。
Sporb01 この写真は水滴のようなものが調度レンズに付着する寸前の姿を捉えたもので、直径が約0.5mmほどの大きさの球体である。この水滴には内部に何か丸いものが並んでいるようにも見える。自然界の水滴には、このような紋様が並んで現れることは先ずないだろう。
このオーブを撮影した1週間後に私はそこの水汲み場でポルターガイストを目の当たりにした。今はその坂道ではオーブは殆ど写らないが写真によく写りだすころは近くに霊魂たちがいるのは間違いない。
カラーン、コローン、カラーン、コローンと怪談牡丹灯篭のように足音をたてて、その坂道に何者かが私を迎えに来ているのではないかと不安を感じたとても怖い体験であった。

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2007年1月21日 (日)

テリトリー(縄張り)

Jyonathan01 霊魂たちにはテリトリー(縄張り)があるのではないかと思う。それは我が家の近くの水汲み場での霊体験からだ。ここでは不思議とオーブがよく写真に写りこんでくるので昨年、日本超心理学会と日本サイ科学会でこれまでのオーブの調査内容を報告したのだけれども、基本的には写真に写りこむオーブは雨水などの水滴がレンズに付着して写真撮影の際にフラッシュの光にこの水滴が反応して光って見えるものが多く、それらは単なる自然現象だと報告した。
しかし辺りが雨天でなく晴れや曇りの日でも写真に写りこんでくるものがあり、それらは霊魂がその犯人だとして<聖なるオーブ>だと報告した。この聖なるオーブというのには根拠がある。私が水汲み場の付近で写真を撮るとよくオーブが1個だけポツンと写る場所がある。私はそのオーブにジョナサンという名前をつけて現在も調査しているが、そこでは複数個のオーブは写ったことがない。
自然の水滴だとしたらそこで何個か写っても不思議ではない。そのオーブには写真にも見えるように内部に不思議な形のものが見える。これが若し自然界の水滴だとしたらレンズの表面では表面張力が働いて内部の塵は渦を巻いたようになるはずであるがジョナサンには表情のようなものがある。そして彼は同じ場所で自分のテリトリーを守るように今日もポツンと一人佇んでそこにいる。

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2007年1月19日 (金)

変則的体験

私が最近よく霊体験をするので一度脳の調査実験に参加してもらえないかと専門機関からコンタクトがあったことがある。その時は「私は特別な霊能力を持った人間ではない」と丁重にお断りしたのだけれども、最近になって私にもそのような霊能力があるのではないかと思うところがある。
それは私のHPで公開している不思議なものたちの写真を見てもらえれば分かるように、私というものを認識して彼らのほうから姿を現しているのではないかと考えている。
最近テレビなどで超能力者が行方不明者のいる場所を透視するような番組を流しているのがあるが、その超能力者たちがどうして自分にそのような能力がついたかについて話をしているのを纏めてみると、だいたい死線をさ迷ったりしたときに「変則的体験」のようなものを過去に体験しているようである。
超能力の調査研究で有名なアメリカのモンロー研究所を創設したロバート・A・モンローもその一人である。彼は病院で麻酔をかけられて手術中に体外離脱した体験をしている。
私も奇跡の森で幽霊らしいものと遭遇した後、数ヶ月にわたって夢の中で金縛りのような変則的体験をよくした。それはとても怖い夢で三途の川のような夢もあった。今はそのような夢は殆ど見ないのだけれども当時は眠るのがとても怖かったのを今でもよく覚えている。従って今の私の霊能力にはこれまでの変則的体験があるのは確かである。
超能力者や霊能者と呼ばれる人たちは脳の物理的な通常の働きにそTaigai01 のしくみがあるのではなくて“こころ”と呼ばれる人間のソフトウエアの世界に特別な接点があるのではないかと考えている。
写真はロバート・A・モンロー著書の魂が肉体を抜け出す体外への旅(学研 マイスーパ ミステリーブックス)である。

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2007年1月14日 (日)

百番供養塔と祟りのこと

Hyakuban01 百番供養塔というものを私は奇跡の森で初めて知った。幽霊らしいものと遭遇した場所の近くでこの供養塔を発見したときは、それは大きな驚きであった。何しろ供養塔というからには過去にこの場所で何か不幸なことがあったのではないか、そんな心配事が頭をよぎった。
しかしながら、そんな心配事はすぐに消え去った。いろいろ調べた結果、百番供養塔は江戸時代に西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所を巡礼してきた人達が記念に建てたもので、体の弱い人やお年寄り達が地元にある百番供養塔で巡礼をしたと伝えられている。
ちょっと一安心と思いきや、不思議なのは奇跡の森の中にあることだ。どうしてこんな山奥の辺鄙な場所に建立されているのだろうか。全国の百番供養塔を調べてみれば分かるように建立されている場所は大体、村の街道の近くだ。体の弱い人やお年寄り達がお参りするにはこうした場所しか考えられない。
ここで私がいいたいのは祟りのことだ。ここの林道はこの山の木材を運び出すために江戸時代にショートカットの道として作られたのではないだろうか。何故なら百番供養塔は江戸時代に全国で作られたと記録が残っているからだ。そしてこの林道も造成されてからそんなに古くはなさそうである。
要するに、この場所一帯が古い墓地だとしたら、この林道は墓地を分断するように作られているわけであるから当然考えられるのは祟りである。この林道を更に奥に進んでいくと馬頭観音まである。
この調査内容は地元のお寺に報告してあるが、残念ながらここのお寺は70年ほど前に大火にあって昔の資料が殆ど残っていないので推測するしか方法がない。

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2007年1月13日 (土)

積石塚古墳のこと

奇跡の森は長野県の千曲川流域にある。発見場所を非公開にしているのは地元への配慮からだ。わずか1200人程度の人口の村に幽霊騒動などで迷惑はかけられない。
奇跡の森を調べているうちに、どうもこの場所は古い墓地なのではないかと考えるようになったのは3年ほど前だ。それで私の住んでいる市の図書館へ何度か足を運んでいるうちに1冊の本が目に留まった。それは日本全国の古墳を紹介するもので、日本の古代遺跡(保育社)というものであった。そこで長野県の古墳に辿りつき積石塚古墳なるものが千曲川下流で発見されているのも分かった。
この積石塚古墳は縄文時代のもので奇跡の森に点在しているものと姿かたちがよく似ている。ただ保育社の本で紹介されている積石塚古墳は積まれている石ころが結構大きい。それに比べて奇跡の森のものは大体20~30cmくらいの小石が中心だ。
私は古墳についても専門家ではないので、これは古墳だと言い切る自信も50%程度だ。早いうちに奇跡の森の調査を行うよう地元の教育委員会に頼んでいるが、なかなかよい回答が帰ってこない。
Kofun02 ひょっとしたら奇跡の森に眠る御霊たちはこの村のルーツ(先祖)なのかも知れないのに誠に残念だ。
写真は日本の古代遺跡(保育社)に紹介されている積石塚古墳である。

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2007年1月11日 (木)

霊魂存在の証明

Yuurei01_1 霊魂存在の証明はなかなか難しい。それは、私のHPでの公開写真を見ても分かるとおり彼らはガス状の物体として現れることが多いからだ。
「雲をつかむような話」とことわざにもあるように、霊魂を捕まえることは本当に雲をつかむようなものだ。
しかし、森の精の写真を見ても分かるように、彼は頭に何か飾り物のようなものをつけているようにも見受けられる。
奇跡の森の場所が将来発掘されて、もし、そこの古墳らしいお墓の中から人骨と頭に付ける装飾品が出土すれば、それだけでも霊魂存在の証明のひとつになるのではないだろうか。
同じ場所でひとだまに遭遇したとき、それは私の頭上すれすれに飛び去って行った。今考えてもひとだまは私を侵入者と認識して攻撃してきたのではないか、ひょっとしたら、森の精は縄文か弥生時代の戦士だったのかもしれないと思うことがある。

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2007年1月 9日 (火)

あと300m・・・

Kofun01 奇跡の森を調べているうちに、この林道の両脇にはこんもりと小石が積み上げられた無縁墓のようなものが少なくとも6基以上あるのが分かった。これまで発見されなかったのはひとつは山奥にあること、それから緑が生い茂っている時期は林道からは確認が難しいことである。
これまでの調査内容は日本超心理学会の月例会に出向いて2年前に報告したが、心霊のような世界から古代の世界がちらっと顔を覗かせている。
昨年5月に地元の教育委員会に奇跡の森に点在する無縁墓のようなものは古墳群ではないかと届出を行った。ただ、古墳発掘というのは地主の許可を取ったり発掘費用の捻出やらですぐに発掘はできないという回答だった。
しかし、地元教育委員会の担当職員の話では奇跡の森の場所から300mほど下流のところで弥生時代のものと思われる遺跡が既に発見されていて、奇跡の森で古墳が出ても不思議ではないとの話だった。その弥生時代の遺跡らしいものは、村の製材所を建設しようとしたときに偶然発見されたものだ。
現在、その村では約30ケ所の未調査遺跡があって奇跡の森の調査は予算がついても後のほうになるだろう。
あと300m・・・、もう少しの距離で幽霊とお墓の因果関係が証明できたと考えると、ちょっと悔しい長い距離でもある。

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2007年1月 7日 (日)

偶然のできごと

Morinosei003 昨年の暮れ、そろそろ年賀状を印刷しようとしたがプリンタがまたまた調子悪く黒の印刷色が出なくなった。
いろいろ修理にチャレンジしてみたが今回は単なる接触不良などではない。まだ4年程度しか使っていなかったので電気店にいって修理の相談を行ったがつい新品のプリンタに目がいってしまって買い換えのハメになってしまった。
でも4年もつかったプリンタにも愛着はある。何しろこのプリンタの調子が悪いときに森の精の写真印刷を行ったからこそ偶然に森の精の核のようなものが姿を現したからだ。そのときのプリンタ不調の原因は黒インクの電気的な接触不良だったのである。
思えばインクジェットプリンタもメーカの技術者が注射器の針のところに半田ごてを置いて席を離れたあとで偶然にインクジェットの現在の構造原理を発見したのだという。
私も偶然の発見に至ったのだけれども、森の精(幽霊)は単なる影ではなくて間違いなく濃いガス状の物体で人間のような形をした核が中心にあるというのが分かったと言える。

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2007年1月 1日 (月)

ゆめ売り

Misuzu 年のはじめに  ゆめ売りは
よいはつゆめを  売りにくる
         金子みすヾ

謹賀新年。2007年もいよいよスタート。いい初夢は期待したが全然記憶にないから多分見なかったかもしれない。

話は変わるが昨年の春先のこと、長崎に長男夫婦と住んでいる年老いた母が不思議なことを兄に話した。
それは、山梨に住んでいる母方の叔母から長崎に出かけてくると電話があったというのだ。多分、老齢の母のたわごとだろうと私の兄は思ったのだけれども心配になって山梨の親戚に確認の電話を入れた。
山梨の親戚の話では老齢の叔母が長崎に出かけることはないということだった。そんな感じでその時は一件落着したのだけれども昨年12月24日、山梨の叔母は眠るように黄泉の国へ旅立ってしまった。
こういった不思議な体験を超心理学の世界では変則的体験と呼ぶのだそうである。夢は第二の人生と呼ばれるように霊というものの存在がないと、このような変則的体験は説明できない世界でもある。

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